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アメリカによるシリア攻撃の意味

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

2017年4月7日深夜(現地時間)、アメリカ軍はシリアのホムス県にあるシャイーラート空軍基地を多数の巡航ミサイルで攻撃した。この攻撃は、直接的には4月4日にイドリブ県ハーン・シャイフーンで化学兵器が使用されたとの情報に反応した「懲罰」なり「メッセージ」ということになる。その一方で、攻撃に北朝鮮や中国に対するけん制やメッセージであるとの意味づけを与える見解もある。アメリカの政局や、アジアの国際情勢について論評することについては、筆者は役者ではないので控える。ただ、この攻撃がシリア紛争や周辺地域に与える影響という観点からは、攻撃をしようがしまいがアメリカにとって望ましい結果が出るかに疑問符が付く。今後の影響を展望する際の着眼点は、アメリカが行った/将来行うシリア軍に対する攻撃の量と質である。やりすぎれば人道危機のさらなる悪化、イスラーム過激派増長など、シリア紛争の被害が国際的にさらに拡大することになる。だからと言って攻撃をしない、或いは「象徴的な」攻撃に止める程度では、欧米諸国の利益を反映しない方向でシリア紛争が推移する流れを止めることはできない。

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シリア紛争に対する欧米諸国の政策は、オバマ政権期も含め「中途半端で無責任」と評してよいものだ。アメリカをはじめとする欧米諸国や、サウジ、トルコ、カタルなどは、紛争勃発当初からシリア政府に「ダメ出し」し、その放逐を紛争に介入する目標としてきた。アメリカが自ら軍事力や資金を費やしてそれを実現しようとすれば、ロシアや中国、イランがいくら頑張っても阻止することはできないだろう。しかし、アメリカはそれをしなかった。その理由は、シリアでの政権打倒、その後の国づくりや地域の安全保障環境の管理のために生じる人的・経済的負担をアメリカの世論が望んでいないことであろう。アメリカは、既にアフガニスタンとイラクでそうした出費を強いられており、それが終わる目途が立っていない。

これと並んで、アメリカの政界には、シリア紛争は放置し極力長期化させた方がよいという考え方があった。現在シリアで争っているのは、イスラーム過激派とシリア政府、及びシリア政府を支援するイランやロシアだが、これはいずれもアメリカにとっては「敵対者」である。そうすると、可能な限り長期間「敵対者」同士をつぶし合わせることがアメリカにとって最も得策となる。こうした考え方を推進した人々は、この方針を「燃えるがままにせよ」と称した。その結果、アメリカとその同盟国はシリア紛争に対し、収束に向けて自ら努力も負担もせず、収束させようとする他者の行動は妨害するという態度に終始した。これらの諸国によるシリアへの介入の程度は、「紛争を終息させる(=アサド政権を打倒する)には過少、紛争を長期化させ被害を嵩ませるには過大」となった。

そこに、トランプ大統領が就任し、イスラーム過激派の根絶を優先、ロシアとの協調を表明するようになると、変化の兆しが現れた。「イスラーム国」や「ヌスラ戦線」への対策を優先し、当座はシリア政府・ロシア陣営の政治的・軍事的優位を是認するという方針は、シリア政府やロシアに対する主観的善悪好悪の判断はさておき、紛争から生じる悪影響やコストを抑えるという意味では現実的で前向きなものだった。ところが、今般の攻撃により、こうした機運は消し飛んだ。トランプ大統領は「独裁者アサドが民間人を化学兵器で攻撃した」と述べ、ロシアのプーチン大統領は攻撃を「国際法に反する侵略」と断言した。当分の間、協調機運は望めなくなった。

しかし、現時点では、アメリカがシリア紛争の現場での優劣を覆すような攻撃を行った/今後行うようには思われない。シリア空軍を真剣につぶすつもりなら、1カ所に巡航ミサイルだけで攻撃するのは過少だし、アメリカはロシアに対し攻撃を事前通告したようだ。要するに、攻撃の「成果」はトランプ大統領の下で生じかけていた協調機運を殺いだことであり、シリア紛争に対するアメリカの政策は、依然として「中途半端で無責任」なままなのである。この点において、オバマ政権とトランプ政権との間に顕著な差異はない。しかも、今般の攻撃により、シリア政府が国際的な正統性を回復する機会も長期にわたって望めなくなった。これは、紛争中、紛争後の人道援助や復興に、欧米諸国は協力しないことを意味する。それで一番困るのは、各国が「保護・支援している」はずのシリア人民である。

イスラーム過激派には絶好の援護射撃

それと同時に、今般の攻撃は「イスラーム国」や、「反体制派」の主力であるイスラーム過激派諸派にとって絶好の援護射撃である。シリア政府やイラン、そしておそらくはロシアから見ると、アメリカなどは邪な意図をもって世界中からテロリストを送り込んでシリアを攻撃していると見えるだろう。そして、アメリカ軍には、2016年末にダイル・ザウルでシリア軍を1時間以上にわたって「誤爆」し、同地での「イスラーム国」の進撃を促進したり、「イスラーム国」によるパルミラ方面での大規模な攻勢をそれと知りつつ放置したりした「実績」がある。今般の攻撃でも、攻撃実施から数時間しかたっていない段階で「イスラーム国」がホムス県にあるシリア軍の重要拠点を襲撃したとの情報がある。悲しいことだが、アメリカの意図が何であれ、シリア軍に打撃を与えることはイスラーム過激派にとっては援護射撃に他ならないのである。

そのうえ、今般の攻撃は、イスラーム過激派が自らに有利なようにアメリカを「操る」手法について重要なヒントを与えた。アメリカ軍は、今般の攻撃に伴ってイスラーム過激派が体制を立て直したり、攻勢にでたりするのを防止する策を一切講じていない。そのような「副作用」が出ることに全く無頓着だったようにすら見える。そうなると、例えば「化学兵器」、「民間人」、「虐殺」、などのキーワードと視聴覚素材を上手に用いれば、アメリカ軍がシリア軍を攻撃するよう仕向けることが可能だという教訓を得た者がいたかもしれない。攻撃を受けたシリア軍の総司令部が、「テロリストが困ったときは化学兵器使用との情報を流せばよい、という誤ったメッセージ」との趣旨の解釈をしたのはばかばかしい反応だろうか?アメリカ軍が、今回のような攻撃はイスラーム過激派への援護射撃になるという「副作用」を自覚していないのならば、これも相当深刻な問題である。

徹底的に疎外されるシリア人民

シリア国営通信によると、攻撃により民間人9人が死亡した。事実関係や今後死傷者が増える可能性について考えるべきところがあるが、シリア政府が制圧している地域での「民間人の被害」は白いヘルメットやツイッター少女の関心の埒外にあるので、少なくとも欧米諸国の報道機関の関心や人々の同情を集めないだろう。そうなると、アメリカ軍はこれらの犠牲者について「事実関係の調査」も、「釈明・説明」もしないだろう。つまるところ、シリアの民間人は、特定の紛争当事者の政治的利益や得点を上げるネタかコマとしての価値がない限り、援助も同情もしてもらえないのが実態に近い。彼らは、政治改革、権利や生活水準の向上、そして何よりも身の安全や生活の安寧という最低限の要求さえ一顧だにされず、紛争当事者や紛争についていろいろ論評するコメンテーターらから無視される存在に貶められてしまっているのである。アメリカが今回の攻撃を本当に中国や北朝鮮へのメッセージとして用いるのならば、そのような態度こそがアメリカがシリア人民のことを政治的なネタかコマとしか扱っていない何よりの証だろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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