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京都サンガ・キャプテンDF山口智。想いの詰まった、開幕ゴール。

高村美砂フリーランス・スポーツライター

これまで戦ったどの『開幕戦』とも違う、特別な想いでこの日を迎えていたのだろう。京都サンガのDF山口智は、04年以来、11年ぶりに決めた『開幕ゴール』に、チームの勝利に、飛び切りの笑顔をみせた。

■契約満了の日から始まった、移籍先探し。

昨年まで3年間在籍したジェフ千葉で、プレイオフに敗れた直後に告げられた、契約満了ーー。そこから京都サンガへの移籍が決まるまでの時間は、彼が築いてきた長いキャリアの中でも『特別』な時間になった。

彼が千葉から『来季は契約しない」との宣告を受けたのは12月8日のこと。しかも彼は代理人とも契約していない。その中で、移籍先を見つけるために、どんな動きをすればいいのか、そのアプローチの仕方も分からず、不安は募った。

ただ、一方で、分からないからこそ、精力的に動き回った。この世界で築いてきた人脈を辿り、各クラブの情報を手に入れたり、移籍の可能性を探ったり。『トライアウト』に参加したのもその1つだ。本音を言えば、「できることなら、行きたくないという思いもあった」が、プライドは封印した。

「とにかく、今の自分のプレーを1人でも多くの人に観てもらうことが最優先だな、と。自分自身は『まだまだやれる』と思っていても、それを評価してもらえなければチャンスは生まれない訳ですからね。それに、こうした状況に自分自身が置かれるのが初めてだった中で、自分がそこに立つことによって何を感じるのかを純粋に知りたかったというのもある。何より、プレーするためには、プライドなんて言っていられないっていうのが第一でしたけど(笑)」

そんな中で京都サンガから正式なオファーが届いたのは12月の下旬。それまでもギラヴァンツ北九州ら、水面下では声を掛けられていたチームはいくつかあったが、正式なオファーは京都が最初で、だからこそ決断は早かった。

「話をもらって、すぐに決断しました。もらったチャンスに応えるためにも、京都のために自分の全ての力を注ぎたい。また新たな気持ちで挑戦できるのが楽しみです。」

■ぶれない、キャプテンシー。

『京都のために自分の全ての力を注ぐ』との言葉に嘘はなかった。いや、これまでもそうだ。プロとしてのキャリアをスタートさせた千葉でも、01年から11年間在籍したガンバ大阪(注:うち、01年は期限付き移籍で在籍)でも、そして12年に再び戻った千葉でも、常に自身が持ちうるサッカーへの『熱』をチームに注ぎ続けてきた。

「チームが勝つために自分に何ができるか」

常に、自身にその問いを投げかけながら、プレーでも、精神的にも『リーダー』としてピッチの内外で存在感を示し続けた。ピッチを離れると穏やかで、優しい顔を覗かせる反面、ピッチ上では時に仲間に強い言葉で檄を飛ばすこともあったが、それも全てはチームが勝つため。その想いを感じ取っていたからこそ、仲間も彼に呼応し、チームは一つになった。

そんな彼のキャプテンシーは京都でも評価され、今年、彼は在籍1年目にも関わらず、キャプテンに指名された。

「まずは自分ができることをしっかりやることが大前提ですが、チームがシーズンを通して一体感を持って戦っていけるように自分の役割を果たしたい」

これは、和田昌裕監督からの指名を受けての決意表明だが、「口だけではなくプレーで信頼を勝ち取ること」も彼が長いキャリアで大切にしてきたことの1つだからだろう。仲間を鼓舞する一方で、その分のプレッシャーを自身に課し、結果に拘った。だからこそ、3月8日、アビスパ福岡とのJ2リーグ開幕戦で決めたゴールは、素直に嬉しかった。

「こうやって結果を残すことでみんなの信頼を勝ち取ることも自分がやらなければいけないことの1つだと思っていましたから。単にゴールを決めたということではなく、開幕戦という独特の雰囲気の中で、チームを楽にする先制点を決められたのが嬉しかったし、何よりそれがチームの勝利に繋がったことが嬉しい。」

■プロ20年目。新天地での新しいスタート。

実は、この開幕戦を戦った福岡のホーム、レベルファイブスタジアムは、山口がG大阪に移籍した初年度、01年のJ1リーグ1stステージの開幕戦でデビューを果たしたスタジアムでもある。その時は0−2で敗れ、新天地での苦いスタートとなっていたことも脳裏に残っていたのだろう。試合後には、こんな言葉も残している。

「いくつになっても移籍1年目というのは、選手にとって特別なシーズン。特にこのオフは、自分なりにいろいろと苦しんだ中で、京都でプレーするチャンスを与えてもらったという経緯がありましたから。その中ではいろんな人に助けてもらって、今の自分があるからこそ、例年以上に、開幕のピッチに立てたことに対してありがたい気持ちは大きかったし、プレーで恩返しをしたいという気持ちも強かった。しかもガンバに移籍した時と同じスタジアムでの開幕戦でしたから。そういう意味でも、最初の試合で結果を残せたことにもホッとしています。」

もっとも、長丁場のJ2リーグの戦いを思えば、まだ1試合。『開幕戦』で好スタートを切れた事実は間違いなくチームの勢いに繋がるが、一方で、ここから先の戦いを踏まえ、課題も口にする。

「試合終盤、少し後ろが重くなってしまったし、ああいう状況でチームとしてどう戦うかということも全員で確認しながら戦えるようにならなければいけない。もちろん、3点のリードを奪っているからああなったというのもあるだろうけど、ここから先の戦いを思えば、そこはシビアに考えなければいけないとも思いますしね。3-0で終わっても、3-1で終わっても、同じ勝ちには違いないけど、その1失点を問題にしていくことが自分の仕事、役割でもあると思っているので、そこはチームメイトとしっかり言葉をぶつけ合いながら、突き詰めていきたいと思います。」

96年3月20日。山口は、当時の最年少出場記録となる「17歳354日」でJリーグ史上初の高校生Jリーガーとして、京都サンガ戦でデビューを果たした。あの日から、20年目という節目を迎えた今季、彼は何の因果か、京都サンガのユニフォームを着て、J2リーグ開幕戦のピッチに立った。当然ながら月日を経た分だけ年齢は増え、『ベテラン』と呼ばれる域に達している。だが、そうして年を重ねても、ピッチには今も変わらず、真摯に、まっすぐに『サッカー』に向き合い、ボールを追い掛け、結果を求める彼の姿がある。その事実が、彼が36歳になった今も現役選手としてプレーを続けられる理由なのだと再確認した『開幕戦』だった。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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