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<ガンバ大阪・定期便96>東口順昭が約7ヶ月ぶりの公式戦で見せた『進化』。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
今シーズン初の公式戦にも終始安定したパフォーマンスを見せた。写真提供/ガンバ大阪

「ヒ、ガ、シ、グチー、ラララララララ〜」

 パナソニックスタジアム吹田で行われた天皇杯2回戦・福島ユナイテッドFC戦前のウォーミングアップ。ゴール裏から届けられる東口順昭の個人チャントを“最初”に聞いたのは、昨年末のJ1リーグ第33節・サンフレッチェ広島戦以来だ。彼にとっては約7ヶ月ぶりの公式戦。前日も気負いはないと話していた。

「公式戦だからと過剰に何かを意識することはない。試合に入れば自然とスイッチが入るはず。ウォーミングアップを含めてゲームの流れにしっかり乗れたら、いつも通りにプレーできるんじゃないかと思っています」

 その言葉通り、愚直に積み上げてきた技術も、試合勘も、体がしっかりと覚えていた。

 昨年の12月29日に、以前から痛めていた右膝の手術に踏み切った。その時点で、今年の開幕戦には間に合わないことは覚悟していたが、残留争いに巻き込まれていたチーム状況を踏まえても、また、できるだけシーズン中の離脱期間を短くする上でも最善のタイミングだと考えた。

 その後、順調に回復を見せ、3月半ばには一旦、戦列に戻ったものの、練習試合で右ふくらはぎを痛め、再離脱となってしまう。

「長いリハビリをようやく乗り越えた後ということもあり、さすがに堪えます。復帰してから、膝も含めて体には敏感すぎるくらい敏感に気を配ってきて、ようやく手術をした右膝にも慣れてきたところでしたしね。ただ、起きたことは仕方ないので焦らず、しっかり治します。それ以外にピッチに戻れる方法はないから」

 そして、5月上旬、東口は再びピッチに戻ってきた。

 リハビリに費やした長い時間も無駄にすることなく、全てを自分の力に変えて。

「膝はもう全然大丈夫ですけど、ふくらはぎはまだやりすぎると張りを感じることもあるので。ケアはより徹底していますし、できること、できないことの範囲をしっかり感じ取りながらプレーしています。3月に復帰した時も思ったけど、試合に出ていない今だからこそ積み上げられるものはあるはずなので。ここ2〜3年くらいかけてトライしてきたものを本当の意味で自分の形にするいいチャンスやとも受け止めているので、今は練習でも繰り返し、そこにトライしています」

 その1つが『シューターとの距離間』だ。以前からリヴァプールFCのGKアリソン・ラムセス・ベッカーのファンだと公言している東口は、繰り返し彼の試合映像を観ながらプレーの研究を続け、多くを学んできた。

「数年前から、GKのシュートストップのトレンドも結構変化してきていて。今はシューターとの距離を結構詰めて、コースを消しながら体に(シュートを)当てるのがトレンドになっている。簡単にいうと、打ったシュートに対するリアクションでのセービングではなく、シューターが足を振り抜く以前のところに詰めて、止めちゃう、みたいなイメージです。そうするとシューターは当然、次に別のところから抜くことを考えるので、それも計算した上で体のどこかに当てる必要があるんですけど。実際、僕も以前は、プレースタイル的にゴールマウスで待って、打たせて、反応の機敏さで止めるタイプだったし、実際にそれで止めることもできていました。でも、シューターとの距離間を詰める方法で止められるようになったら、試合状況や相手のプレーの癖に応じて、どちらかを選べるようになるし、プレーの幅にもつながると思っています」

 また、アリソン以外にも、そのプレーを得意としている中村航輔(ポルティモネンセSC)やフットサルの名古屋オーシャンズの篠田龍馬にも直接、連絡を取り、疑問をぶつけた。

「中村航輔は試合でもよくそのプレーをしているし、フットサルのGKはゴールマウスが小さい分、体で防ぐことが多いので、ほとんどのGKがそのプレーを選択しているんです。そこで知人を通して篠田くんを繋いでもらい直接、電話でプレーのコツとか、感覚的なことを教えてもらいました。映像で観ているのと、実際に話を聞くのとではまた違うヒントを得られたし、よりリアルに自分の中で想像できることも多くて、すごく勉強になりました」

 驚くべきは、そのプレーの研究を、2〜3年もの時間をかけて続けてきたこと。それでも、5月末に話を聞いた際は「実戦の中で使えるものになるには、もう少しかかるかな」と言っていたが、その過程は着実に自信を積み上げる時間になっていた。

「試合に出してもらっている以上、自分のプレーを『試す』場にはできないというか。公式戦で失点するわけにはいかないと考えても、自信を持って、自然と表現できるくらいのレベルまで高めないと、公式戦で確認するのはなかなか難しい。チームに迷惑をかけたくないし、自分のリズムみたいなものも崩したくないですしね。実際、ここ2年は、チームが残留争いに巻き込まれていたこともあり、より(止められる)確率が高いプレーを選ぶという意味で、これまで通りのセービングを安定的にやることを選んできた自分もいました。ただ、ふくらはぎのケガから復帰して、継続的にトライを続けてきた中で、ようやく最近は手応えが出てきたというか。あくまで練習や練習試合レベルですけど、結構シュートを止められている感覚もある。ずっと試してきたことが自然と表現できることが増えているのも感じるので、プレーしていてもすごく楽しい。あとはこれが公式戦の中でスムーズに表現できるか、ですね」

 実は、福島戦は、そのことを確認する時間にもなった。

 前半のうちに3点のリードを奪ったガンバは、後半もほとんどの時間帯を危なげなく試合を進めていたが最終盤、5分間のアディショナルタイムに、福島に2度、ゴール前に詰め寄られてしまう。

 だが90+1分のスルーパスに反応してエリア内に侵入された塩浜遼のシュートも、90+3分にクリアボールのこぼれ球を拾った至近距離での森晃太のシュートも、東口がしっかりと体を張る。まさに、積み上げてきた『シューターとの距離間』が表現されたシーンだった。

「あの1対1は二つとも、まさに、っていうシーンでした。点差が開いていたのもありましたけど、理想通りに距離を詰められて、シューターのすべてのシュートコースを消す対応ができた。ああいう1対1のシーンは、練習でも当たる回数がすごく増えていたから自分としても手応えがあったし、それが実際の公式戦でどうなのかっていうところも今日、確認して間違っていなかったと思えたので、それはすごく自信になる。改めてまだまだやることはあるなと思いました」

 もちろん、守備を預かる一人として『完封』で試合を終えられたことにも素直に喜びを口にした。

「前半からシュートを打たれることはそんなになかったですけど、自分自身もビルドアップのところでしっかり関われていたのでゲームの流れには乗れていました。今のチームは、全員がハードワークを欠かさないし、最後のところで体を張ることも徹底できている。そうやって、チームとしての守備がかなり出来上がっている状況で入らせてもらった分、僕もすごく守りやすかったし、僕のプレーがというより、そこが完封に繋がったんだと思います。個人的にも公式戦は7ヶ月ぶりでしたけど、思ったよりいつも通りできたし、いい緊張感でプレーができたので、この先もチームに貢献する姿をどんどん見せていきたいと思います」

 そういえば、5月12日の38回目の誕生日に「もらって嬉しいプレゼント」を尋ねたところ、「レギュラー!」だと即答していたのを思い出す。その時は、言った側から表情を崩し、豪快に笑っていたが、それは紛れもなく本心だったと言い切れる。でなければ、これだけ愚直に自身のプレーを追求し続けられるはずがない。

「レギュラーをプレゼントしてもらえるならもちろん、嬉しいですよ(笑)。でもこればっかりは誰かに与えてもらえるものではないから。プライスレスだからこそ手に入れるのが大変で、難しくもある。でもだから、自分で奪いにいくしかない。リハビリ中は、自分の体のパーツを全部取っ替えて、新しい体でやりたいなって思ったこともあるけど、これまでのキャリアは、この体で積み上げてきたもの。だからこそ、今のこの体を大事にして、この体と一緒に成長を求めながら、練習からアピールを続けようと思います。それを継続できていたら必ずチャンスはくるし、そのチャンスで自分らしい姿を見せられると思うから」

 その言葉通りの姿を示した福島戦での90分。ピッチで示した『進化』に、「まだまだこれから」という確かな決意が透けて見えた。

ガンバクラップでは「誰に押されたんやろ? 気づいたら前に立ってた」とのこと。嬉しかったと表情を崩した。写真提供/ガンバ大阪
ガンバクラップでは「誰に押されたんやろ? 気づいたら前に立ってた」とのこと。嬉しかったと表情を崩した。写真提供/ガンバ大阪

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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