<ガンバ大阪・定期便94>「弦太のために」心を一つに。記憶に残る『大阪ダービー』。
『大阪ダービー』での勝利を告げる、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、メンバー外になっていた選手や試合を外から見守っていたコーチングスタッフ、メディカルスタッフを含め、ベンチの前で大きな、大きな歓喜の輪ができた。
その少しだけ後ろで喜んでいたのが三浦弦太だ。右膝を受傷した4月28日のJ1リーグ第10節・鹿島アントラーズ戦から8日。輪の中に飛び込む無茶こそしなかったが、彼に寄り添っていたチームドクターと抱き合い、笑顔をのぞかせる。その後、チームメイト、スタッフとも喜びを分かち合うと、決勝ゴールを決めた宇佐美貴史のヒーローインタビューに乱入。宇佐美の「弦太(三浦)のために勝利を届けると約束していたので本当に彼に勝利を届けられてよかった」という言葉に対し「貴史、ありがとう! おめでとう! 貴史、(誕生日)おめでとう!」と声を張り上げ、宇佐美に抱きついた。
「ウォーミングアップの時からみんなが5番のユニフォームを着てくれて、本当に嬉しかったです。試合前にその話を聞いていたので、今日はみんなの姿をしっかり目に焼き付けて、この後の手術とリハビリを頑張ろうという気持ちにつなげようと思っていました。試合中、全員が頑張って、戦っている姿からも力をもらっていましたけど、そこに加えて勝つ姿も見せてくれて、本当に嬉しかった。試合前から『今日は絶対に勝つから』と言ってくれていた貴史くんがゴールを決めた瞬間は、グッと込み上げるものがありました。試合後にはサポーターの皆さんが大きなチャントを歌ってくれて元気をもらったのも本当に幸せでした。ガンバクラップをしながら『またここで、みんなと一緒に喜び合いたい、もっと強くなって帰ってこよう』という気持ちもすごく湧いてきたので、僕は僕にできることに全力で向き合って、また強くなって必ずここに戻ってきます(三浦)」
前十字靭帯断裂、内側半月板損傷というケガのリリースが出された翌日に顔を合わせた際も、三浦は「強くなります!」と笑顔さえ見せていたが、この日もまるでケガなどしていないかのように明るくチームを、仲間を、スタジアムを盛り上げる。
「これも、今の僕がチームのためにできることだから」
まだ腫れの引いていない右足は引きずっていたが、三浦の戦いはすでに始まっていた。
■宇佐美貴史史上初、誕生日の大阪ダービー弾で勝利に導く。
「弦太のために」、心を一つに臨んだ5月6日の『大阪ダービー』だった。
もちろん、宇佐美貴史も、だ。気丈に振る舞う三浦の姿と、かつてアキレス腱断裂の大ケガで離脱を余儀なくされた自分の姿を重ね合わせ「弦太の気持ちは痛いほどわかる」と話していたキャプテンは、自身の誕生日ということ以上に「弦太のために」という思いを強くしていた。試合前日、どんな32歳にしたいか? という質問に「31歳が負け越した1年だったので、今年は勝ち越す1年にしたい。あとは次の33歳の誕生日までに弦太の復帰を待っている」と話していたのも印象的だ。
「チーム状況が良くないからと焦ってリハビリを頑張るという状況にはしたくないということは、僕に限らず、全員が思っていること。これから手術をしてリハビリに向かう弦太に勇気を与えられるように、勝利という『結果』でみんなの気持ちを示したいと思っています(宇佐美)」
もちろん、チームが置かれている現状、この先の戦いを見据えればこそ、公式戦3連敗という状況から是が非でも抜け出さなければいけないという思いも強かった。
「順位が良かろうが悪かろうが、チーム状況の良し悪しを含めて、そういったことに左右されないのが大阪ダービー。ルヴァンに敗れて、リーグ戦も連敗している中で、ダービーほどのビッグマッチを迎えるのはチームにとっていいことかな、と。そういう中で自分たちのサッカーをどれだけできるのかもそうですが、どれだけ苦しい時間帯を耐え凌げるかが大きなキーになると思っています。自分たちのリズムで、志向するサッカーができている時はもちろんいい状態でゴール前まで運べているんですけど、勝っている試合はリアクションで耐え抜いて、という流れの時が多いので。もちろん、理想は掲げますが、その理想のサッカーをするために必要なことをチームとしてもう一回整理してやることで勝ちが近づくのかなと思っています(宇佐美)」
序盤はまさに、その言葉通りの展開になった。セレッソ大阪のボール回しに翻弄され、ラインが低くなり受けに回る時間が続く。その時間帯をチーム全体が割り切りを持って守備を徹底し、球際で粘り、戦いながら凌ぐことで先制点につなげたのは28分だ。相手のDFラインでの連係ミスを見逃さず、高い位置でボールを奪った宇佐美は、相手GKの前でバウンドするような弾道でゴール右下を射抜いた。
「コース的に、僕の見え方としてはニアもファーサイドも空いていたんですけど、あの角度からニアに蹴るのが得意なのと、ニアに蹴る方が入りやすいかなと思ってニアを狙った。ちょっとワンバウンド気味のボールを蹴れば入ると思っていました(宇佐美)」
キャプテンの9試合ぶりのゴールに、しかもキャリアで初の『誕生日』の大阪ダービー弾にパナスタはどよめき、揺れ、歓喜が渦巻く。
「ダービーで取るゴールはもう、別格の嬉しさでした。今日もたくさんの人が来てくれていたし、試合前から自分の得点で勝てれば最高、それより上はないな、って思っていた。それが実現すれば最高の誕生日になるかもなと思っていたけど、まさかその通りになるとは思っていなかったです(宇佐美)」
試合後は饒舌だったが、実は試合前には「本音を言えば、誕生日はそんなに自分にとって特別なものじゃない」とも話していた。
「誕生日って誰にでも均等にあるものやから、昔からそれ自体は大して嬉しくないというか。今の時代と違って僕が子供の頃は、友だちを呼んで誕生日パーティをする、みたいな習慣もなく、せいぜい家族で誕生日ケーキを食べるくらいのことしかしなかったから、余計に自分の中で特別感がないのかも。それ以上に、サッカーの試合に勝つとか、ゴールを決めるとか、そっちの方がよほど嬉しかったな。だからサプライズで祝われるのも嫌いやし、かしこまって祝われるのも苦手(笑)。それなら人の誕生日を祝っている方がよほど楽しい。そもそも自分の誕生日と何かを紐づけて考えることもないしね。本音を言えば、大阪ダービーも誕生日やから勝ちたい、ゴールを決めたいんじゃなくて、ダービーやから勝ちたいし、ゴールを決めたいが最上位。いや、厳密にいえばダービーじゃなくても勝ちたいし、ゴールは決めたいんやけど(笑)(宇佐美)」
だが、いざ、誕生日に大阪ダービー、ゴール、勝利という歓喜を味わい、さらに試合後には、ぎっしり詰まったゴール裏サポーターから大きなバースデーソングを贈られたこともあってだろう。「思っていたより誕生日はいいものでした……って言う方が記事の見出しにもなりやすいでしょ?」と笑った。
「実際、あんなたくさんの人にバースデーソングを歌ってもらえる人はなかなかいない。サッカー選手であってもその日に決めて、しかも勝たないと起こり得ない状況ですしね。なので、がめつくサポーターの皆さんに歌ってくれとお願いしました。過去にも誕生日にゴールを決めたことはあるけど、僕の記憶の限り、歌ってもらったのは初めてで…去年、亮太郎(食野)がアビスパ福岡とのアウェイ戦で勝った時に歌ってもらっていたのを見ていいなって思っていたから、僕も機会があったらやってもらおうと思っていました(宇佐美)」
過去に戦ってきた数多の『大阪ダービー』の中では、プロ2年目、10年に戦った同カードを「自分が本格的に試合に絡むようになって出場できたダービーだからと一番印象に残っている」と話していた宇佐美だったが、この日の勝利は、その記憶を塗り替える極上の喜びとして刻まれた。
■倉田秋が強度を与え、福岡将太が鉄壁を築き、鈴木徳真が圧巻の存在感で中盤を制圧する。
そして、その宇佐美のメモリアル弾は何より、この日のチームを勢いづける起爆剤になった。試合前、ポヤトス監督が「貴史が楽しめれば全員が楽しめる」と語った通りに、だ。
「しんどい時間帯だっただけに、あの先制点はかなりデカかった」
そう振り返ったのはリーグ戦では4試合ぶりの先発出場となった倉田秋だ。試合前日「ダービーのようなビッグマッチではうまくいくことばかりでは絶対にない。どんな戦いになっても、最後に僕らが勝っていたらいい、というくらいの気持ちで戦う」と話していた彼は、流れに応じて守備を助け、攻撃を加速させながらピッチを縦横無尽に走り回った。
「みんなの気持ちのこもった最高のダービーになった。本来なら最初からボールを持ちたかったけど、相手もボールを回すのがめちゃめちゃうまくて、なかなかハマらなかったこともあり、しっかりブロックを作ってショートカウンターという狙いに切り替えた。このチームはその形も得意なので、我慢しながらみんなで(好機を)狙っていたら貴史がエグいゴールを決めてくれた。あれはかなり、めちゃめちゃ、デカかった。サポーターの皆さんが今日も申し分のない最高の雰囲気を作ってくれていたし、ここ最近は勝てていない流れがありましたけど、今年はブレずに戦えていることへの自信もあった。崩れないチームになってきているという手応えは持てているのでこの先はもっと良くなっていけると思っています(倉田)」
先制点の効果を口にしたのは福岡将太も同じだ。三浦の離脱を受け、ここ2試合、右サイドバックから本職のセンターバックにポジションを変えていた福岡は、おそらく本人にしかわからない特別なプレッシャーとも戦っていたと想像する。今シーズン初めてセンターバックで先発したルヴァンカップのFC琉球戦での敗戦後、これまで見たことのないような険しい表情を浮かべていたことを踏まえても、だ。
だが、アビスパ福岡戦に続き、この日も中谷進之介と好連携を示した福岡は試合前に話していた「弦太くんのために、って思いは持ちながらも、弦太くんの代わりではなく自分のできることを精一杯やろうと思います。奥さんにも『自分を出して頑張って』と背中を押された」という言葉通り、彼らしく長短のパスで攻撃のスイッチを入れるプレーを随所に光らせながら、安定したパフォーマンスで壁を築いた。
「前線が得点を取ってくれたことで気持ちの面でも、体の面でもすごく動くようになったし、去年なら前半の最後に追いつかれて…となりそうな前半の終わりも無失点で凌いで、折り返せたのも良かった。チームとして、6戦連発のレオ・セアラ選手に仕事をさせなかったのも自信になった部分。前半から仮に僕が(競り合いで)潰されそうになってもシン(中谷進之介)が後ろにいてくれたり、徳真(鈴木)といい連係を築きながら守備ができたりと、お互いがお互いを信じて守備をできた。もちろん、それは前線の選手がしっかり走って守備をしてくれていたからこそ。福岡戦は不用意な失点で負けてしまっていただけに、今日勝てたことが1つ大きいし、何よりクラブとしても、僕たちも、弦太くんへの想いを込めた試合でもあったので、結果が出せて良かったです(福岡)」
90分を通してチームとしての狙いを揃えながら攻守を展開した中で、『大阪ダービー』が、昨年まで在籍したセレッソとの古巣戦でもあった鈴木の存在も忘れてはならない。「これまで一緒に戦ってきた選手と対戦できるのはすごく嬉しかった」と振り返った彼は、その喜びを球際の強さと、ゲームコントロール力で表現し、チームを操縦した。この日の走行距離は11.395キロ。連戦の疲れなど微塵も感じさせず、90分を戦い抜いた。
「ガンバがしっかりプレスをはめて、全員で守備をして、ショートカウンターでしっかり取れたことが勝利につながった。相手はアンカーもいるチームでしっかりボールを回してくるイメージもあったので、そこでズレが生まれないような入り方をしようとみんなで話していました。球際で負けたら結果でも負ける、と思っていたので、絶対に球際では負けたくないと思っていた。2連敗した後のダービーで、ここを落としてリーグ3連敗になるか、勝って連敗を阻止するかで、この先のチームとしての士気は大きく変わる。その点においても、本当にいいゲームになったんじゃないかと思っています。今シーズンは、チームとして38試合を終えた時の結果を求めて、ある意味、目の前の結果だけに左右されない1試合1試合の『積み上げ』を大事に考えて戦ってきた中で、ここ数試合は、自分たちがボールを持つ中での戦い方を積み上げていたのに対し、今日はボールを持つ相手に対してどう戦っていくのかということを積み上げられた。そんなふうに、対戦相手によってどういう戦いをするのか、という経験を積み上げていくことでもっともっと順位を上げていけるんじゃないかと思っています(鈴木)」
■坂本一彩、半田陸がそれぞれに示したプライド。そして中谷進之介が『5』に込めた思い。
また、強度の高い前線からの守備を示した坂本一彩や、右サイドバックで先発した半田陸の存在にも触れるべきだろう。
坂本は、珍しく足を攣って交代になる84分まで、半田は前日にカタールから帰阪したばかりという強行出場ながら90分間、絶えずチームに『強度』をもたらした。
「前半は相手にボールを持たれることが多かったこともあり、いい守備から入ろうという狙いがあった。宇佐美さんのゴールが決まったことでチームの雰囲気もすごく良くなって、チーム全体の守備の強度も上がった気がしました。僕自身、前線でボールを奪い切れたり、後半は攻撃でもいい形を作れたのは、チームに貢献できた部分だと思っています。大阪ダービーに向けて、勝つことだけを考えて準備してきたのですごく気持ちも入っていたし、リーグ戦は2連敗していた分、みんながここは絶対に落とせないという気持ちになっていた。その気持ちがプレーとして表現できたと思っています(坂本)」
また、半田はU-23日本代表として出場し、優勝した『AFC U-23アジアカップ カタール2024』において、体調不良やケガが重なって思うように試合に絡めなかった悔しさもあってだろう。時差ボケも払拭しきれていない状態ながらも前日には「ダービーなので絶対に勝たなければいけない試合だし、個人としてもこれからリーグ戦でアピールしていかないといけない立場。タフさを見せられるいい機会」だと気を吐いていたが、ガンバでは1ヶ月強ぶりに先発のピッチを預かると、攻守に躍動。相手の攻撃を自由にさせない守備もさることながら、機を見た攻撃参加、長距離のオーバーラップも圧巻で、時計の針が進むにつれてより強度を増していくような輝きを見せた。
もちろん、ここに名前を記した以外にもピッチに立った選手たちはそれぞれに役割を遂行しながら躍動し、チームに力を与えた。右に左にポジションを変えながら、両チーム合わせても最多のスプリント数『24』という脅威の数字を叩き出したウェルトン。途中出場ながら前線で強度の高い守備力を示し、スライディングでセレッソの攻撃の芽を刈り取るなど、鬼気迫るプレーでインパクトを残した山下諒也。福岡とともにDFラインを統率しながら、この日も試合終盤まで声を張り上げてチームを叱咤し続けた中谷の存在も、特筆すべきだろう。
この日、メンバー入りした選手たちはウォーミングアップ前と、試合入場時、そして試合後と三浦の『5』のユニフォームを纏ってピッチに立ったが、これは三浦の検査結果が明らかになった直後に中谷が「選手みんなの総意」だとして提案し、クラブもそれに賛同したことで実現したシーンでもあった。
「弦太のために、選手、スタッフ、クラブ、サポーターが一つになりたい。5番のユニフォームをみんなで着たい(中谷)」
三浦の受傷についてのリリースが出されたのは5月4日。連戦の最中ということもあり、準備する時間も短く、そこに多くのチームスタッフ、クラブスタッフの尽力があったことは容易に想像できる。試合前のスタジアムの大型ビジョンで流された「弦太のために」作成された映像も含め、クラブをあげてこの一戦に心を注いだことも、紛れもなく勝利を後押しした要因だと言えるだろう。
そしてサポーター。この日、スタンドを埋め尽くした彼らの声、熱、想いは、選手たちの心を震わせ、まさに12番目の選手としての威力を発揮した。
「声の大きさ、手拍子、太鼓の大きさ、それら全てが後押しでした。彼らの思いに結果で応えられて嬉しかった(鈴木)」
それら全部をひっくるめて、ガンバに関わる全ての人たちの魂で勝ち取った、記憶に残る『大阪ダービー』だった。