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今年の中国公船の尖閣接近が過去最多を更新――日中の武力衝突を防ぐために「棚上げ合意」を

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
日中両国の国旗(提供:Panther Media/アフロイメージマート)

今年に入り、中国海警局の公船による尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領海外側にある接続水域で確認された隻数は12月21日時点で1194隻となり、中国公船が初めて領海侵入した2008年12月以来、既に今年は過去最多となった。これで2019年から3年連続で過去最多を更新した。

世界最大の海上法執行機関である中国海警局は、中国共産党中央軍事委員会の指揮下に置かれ、「第2海軍」とも呼ばれている。中国が尖閣周辺で軍事的存在感を強めている格好だ。

那覇市にある第11管区海上保安本部によると、日数でみても、中国公船の接続水域(領海の外側約22キロ)での確認は今年既に326日に達し、昨年の333日に迫っている。一方、領海侵入(沿岸から約22キロ)は今年既に40日目で、過去最多の2013年の54日に次いでいる。昨年は29日だった。

中国公船が尖閣周辺の領海内で、あたかも自国の領海内であるかのように、操業中の日本漁船に接近して追尾をするなど自らの法執行の動きを強めている。

こうした中国公船の動きは、尖閣周辺で警戒監視活動を続ける海上保安庁の巡視船との偶発的な事故を招き、両国の緊張や対立を一気に高めかねない危険なものだ。両国の軍が出動する武力衝突にも発展しかねない。

現場で中国の公船とにらみ合いを続ける海保巡視船乗組員の日頃の負担は想像を絶するものがある。日本はいったいどのように対応すればよいのか。

中国海警局の巡視船(写真:ロイター/アフロ)
中国海警局の巡視船(写真:ロイター/アフロ)

主に2つの考え方がある。1つ目の考えは、現状変更を試みる相手には決して譲歩や妥協はしないとの強いスタンスの下、海保が国際法に則り、今後とも冷静かつ毅然とした対応を取ることだ。この場合、中国の隻数以上の巡視船や大型の巡視船を現場に配備し、臨機応変な対応ができる体制を構築していかないといけない。現に石垣島を中心にした尖閣専従体制が築き上げられている。

第11管区海上保安本部広報室は「事態をエスカレートしないよう対応している。域内では海保の巡視船の数は中国公船より多い」と説明する。

しかし、中国海警局の船は大型化と武装化が進み、1000トン級以上の隻数も海保の約2倍となっている。中国海軍の艦艇を海警局の公船に転用し、海警局の海軍化の動きが起きている。日本としては、これに対応するため、今後も海保の能力強化がますます求められるだろう。

もう1つの考えは、力に対して力で対抗することは、今後ますます状況を深刻化させるとの認識の下、中国と武力衝突の防止に向けた協議を始め、事態のエスカレーションを回避していくことだ。中国海警局がますます増強される中、日本の海保が今後現実的にどこまで対応していけるのか。さらに言えば、岸田政権が尖閣諸島を含む南西諸島地域での防衛態勢強化を急ぐ中で、日本は防衛予算をどこまでも増やし続け、中国との軍拡競争にいつまでも耐え切れるのか。国家財政が厳しさを増す中、せめて日中対立のトゲとなっている尖閣問題を沈静化させ、中国とはできれば友好な関係を築く努力をすべきではないか。

中国海軍に詳しい米戦略予算評価センターのトシ・ヨシハラ上級研究員は著書『中国海軍VS.海上自衛隊』の中で、尖閣諸島が中国人民解放軍の手中に落ちる中国側のシナリオを次のように解説している。

「中国海警局や中国海軍は日本の戦術指揮官に最初の発砲を行わせようと意図的に誘導、あるいは挑発した可能性がある。言い換えれば、日本は中国船を攻撃するように追い込まれた可能性がある」

つまり、海保の巡視船と中国海警の公船が衝突した場合、中国海軍がそれを口実にして尖閣諸島の奪取に乗り出す可能性が指摘されている。

●インド「中国との無用な緊張対立は避けざるを得ない」

インドの外交官は筆者の取材に対し、インドは日米豪とともに「クアッド」に参加しているが、クアッドが反中国の軍事的な包囲網になることを望んでいないと述べた。そして、インドは3000キロ以上も中国と国境を接しているため、無用な緊張対立を避けざるを得ないと言い、直近では中印は2014、2017、2020の各年に国境で実際に武力衝突が起きた事実を指摘した。

日本も尖閣諸島を含む全長1200キロに及ぶ南西諸島を中心に、今後も中国と向き合わざるを得ない。その際、尖閣周辺を含め、偶発的な衝突が起き、両国のナショナリズムが一気に高まり、日中紛争に発展するリスクシナリオも危惧される。

日中関係について、岸田首相は21日の記者会見で、「この大切な2国間関係をいかにコントロールしていくのか。これがわが国の国益として大変重要であると思っている」と述べた。

ならば、日中衝突のリスクを回避し、事態を沈静化させるために、日中国交正常化50周年を来年控える中、尖閣諸島の「棚上げ論」について検討すべきではないか。日本が現に尖閣諸島を実効支配している中、「日中双方とも尖閣周辺に公船を送り込んでの不要なイタチごっこを止めよう」と日中で政治合意し、尖閣問題を棚上げするのだ。ここで言う「棚上げ」の定義については、「領有権問題の棚上げ」、「尖閣周辺への両国の公船の派遣中止」、あるいは日本と台湾が2013年に尖閣の主権問題を棚上げして締結した漁業協定の日中版などが考えられる。

尖閣問題の棚上げ論については、1972年の日中国交正常化の際に、当時の周恩来首相と田中角栄首相が合意したのではないかとの説がある。しかし、日本政府は一貫して尖閣諸島について「領土問題は存在しない」との立場にあり、国交正常化交渉における両首相の「棚上げ合意」を否定してきた。

いずれにせよ、尖閣問題を筆頭にさまざまな問題で日中対立が続く中、岸田首相はどのように事態悪化を防いでいくのか。台湾海峡や尖閣諸島周辺、南シナ海などで米中、日中の緊張対立が続き、偶発的な武力衝突がますます心配される中、その打開策が今ほど問われている時はない。

中国の海洋進出をめぐり、筆者が尖閣問題の棚上げの是非と日本の原子力潜水艦保有の可否についてメールで岸田首相に質問したところ、24日午後、内閣広報室を通じてメールで以下のような回答があった。

「尖閣諸島は歴史的にも国際法上も我が国固有の領土であり、現に我が国はこれを有効に支配しています。したがって、尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在していません」

「このような我が国の立場は一貫しており、中国側との間で尖閣諸島について『棚上げ』や『現状維持』について合意したという事実はありません。この点は、中国側にも幾度となく明確に指摘してきています」

「自分は総理就任後、早速、首脳電話会談で、直接、習近平主席に対し、尖閣諸島をめぐる情勢についても率直に提起しました。今後とも、ハイレベルの機会も活用しつつ、主張すべきは主張し、具体的な行動を強く求めていくとともに、冷静かつ毅然と対応していきます」

「また、現在、原子力潜水艦を保有する計画はありません」

【追記:2021年12月24日午後1時43分】筆者は21日の岸田文雄首相の記者会見に参加したが、質問者として指名されなかったため、岸田首相に書面で質問した。岸田首相は24日、内閣広報室を通じて回答したため、追記した。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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