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カンボジア人技能実習生からの相談が増加(後編)高額の手数料と借金漬けでの来日、ベトナムと共通する課題

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
カンボジアの女性たち(写真:アフロ)

  「このところ、カンボジア人技能実習生からの相談が増えています。技能実習生というと、ベトナム人のことがよく報じられていますが、カンボジア人技能実習生にも様々な問題が起きています」

 

 こう説明するのは、佐賀県で技能実習生を支援する越田舞子さんだ。越田さんは日本語教室「国際コミュニケーションネットワーク かけはし」を運営しながら、技能実習生の労働相談を受けるなどして、無償で支援を行っている。

 様々な問題が噴出している日本の外国人技能実習制度だが、最近では、技能実習生の国籍が多様化する中、越田さんのような支援者のもとにはカンボジア人技能実習生からの相談が増えているのだという。またカンボジア人技能実習生の中にも、身地の送り出し機関に高額の手数料を支払うため借金漬けの状況にある人がいるなど、ベトナム人技能実習生と共通する課題がありそうだ。

◆高額の手数料と借金、来日後に就労しつつ返済することが前提

 筆者は、「カンボジア人技能実習生からの相談が増加(前編):言葉の壁・社会的孤立、多様化する実習生の国籍と課題」で、佐賀県で出会ったカンボジア出身の女性技能実習生、エレナさん(仮名)とスレイさん(仮名)の背景を紹介した。2人は出身世帯の経済的課題を受け、日本に技能実習生としてわたることを決めていた。とりわけシングルマザーのエレナさんは娘を育てるためにも、経済力をつける必要に迫られていた。

 

 来日前、日本行きを希望したエレナさんは友人のつてをたどり、カンボジアの首都プノンペンに立地する送り出し機関にコンタクトをとった。この会社はカンボジア企業だというが、社長は中国人だったという。

 そして、エレナさんはこの送り出し機関から、日本行きのための費用として計6500米ドルを支払うことを求められた。費用の中には、「パスポートやビザ(査証)の手続きにかかるお金や健康診断の費用、航空運賃などに加え、様々な手数料が含まれていたと思います」と、エレナさんは説明する

 一方、エレナさんの利用した送り出し機関の”システム”には注意すべき点があった。というのも、この送り出し機関は手数料のうち1500米ドルを来日前に支払い、残りは来日後に働きながら返済する仕組みを取っていたのだ。

 このため、エレナさんはまず、1500米ドルを支払うため、カンボジアの銀行から借り入れをした。この際、彼女の家族が持っている土地の所有権を担保とした。

 「こうした方法で手数料を徴収する送り出し機関はカンボジアではよくあります」と、エレナさんは話す。高額の手数料を来日前に一度に支払いすることも負担だが、来日後に仕事をしながら返済することもまた、技能実習生にとっては負担となる。借金があるため、何かあったとしても、途中で帰国することはできなくなる。

 今回、エレナさんとスレイさんの通訳をしてくれた佐賀大学の博士課程の学生(当時)のリャスマイさんは「もし技能実習生が(受け入れ企業から)逃げたら、この費用は家族が返すことになります」と説明する。これだけのお金はカンボジアでは稼ぎ出すことは難しい。日本で就労して返すほかない。つまり渡航前費用の借金は技能実習生を縛り付け、自由を制限する。

 私が話を聞いてきたベトナムの場合、技能実習生は来日前に手数料を払っていたが、台湾などで家事労働者として働く女性たちについては手数料の給与からの天引きという方法がとられていた。これは技能実習生の出身世帯に比べて、家事労働者の出身世帯のほうが経済力が弱く、事前に用意できる金額がすくないことや、家事労働者の賃金が低いことがある。

 カンボジアの送り出し機関の方法は、ベトナムから台湾への家事労働者の送り出しにあたっての賃金からの天引きというやり方と類似している。この方法では、来日前に渡航前費用を全額用意する力のない人まで、来日を可能にしてしまう。それだけリスクにさらされやすい脆弱性の高い労働者までもが、日本にやってきているということなのだろうか。

◆同じ送り出し機関でも人により異なる手数料

 実はスレイさんもエレナさんと同じ送り出し機関を利用していた。彼女が支払いを求められたのは、エレナさんよりもやや少ない6300米ドル。同じ送り出し機関を通じ、同じ日本の受け入れ企業に送り出されたはずだが、2人の手数料は若干の差異がある。これもベトナムでもよくあることだ。同じ送り出し機関であっても人によって手数料の額が異なるということがある。

 スレイさんの場合、まず1700米ドルを送り出し機関へ支払い、残りの4600米ドルを来日後に働きながら、支払うことになった。1700米ドルのうち1000米ドルは個人の貸金業者から借り入れた。残りの700米ドルでは愛知県で技能実習生として働くスレイさんの姉が払った。

 その後、エレナさんとスレイさんは来日前に数カ月間、送り出し機関の日本語センターで日本語を学んだ。この来日前の数カ月間にわたる日本語研修もベトナムの送り出し機関のやりかたと同じだ。

 他方、違うのはセンターに通っている間の住まいの在り方だ。ベトナムでは日本語研修の期間、技能実習生の候補者は寮生活をするケースが多い。農村から出て、都市にある日本語センターで学びつつ、他の候補者と共に寮で共同生活を送る。これに対し、エレナさんの通ったプノンペンにある日本語センターには寮はなく、彼女は自分で部屋を借りて、そこから日本語センターに通い日本語を勉強した。この日本語センターの講師は送り出し機関の社員だったというが、日本人の講師は1人もいなかった。

 送り出し機関について、エレナさんは「よくない会社です。手数料が高いです」と漏らす。手数の高さが大きな負担になっている。実際に、エレナさんと初めて会った際、彼女はすでに一定期間にわたり日本で就労していたにもかかわらず、まだ残りの手数料の支払いを終えていなかった。

 スレイさんも「この会社はよくないと思います。費用が高すぎます。それに、送り出し機関が宣伝していたことと、実際の仕事内容は違います。送り出し機関は日本での仕事はもっと軽いもので、簡単だと言っていました。給料も月に15~16万円残ると言われていました。でも実際は違いました」と話す。

◆日本の現実

 エレナさんが来日したのは数年前。他の多くの技能実習生がそうであるように、初めての海外への渡航だった。働くことになったのは佐賀にある会社だった。以前は中国人の技能実習生が働いていたというが、最近、カンボジア人技能実習生を受けている。

 仕事はカンボジアで思い描いていた以上に大変だった。というのも、彼女の仕事は製造部門の中でも力のいる仕事だったからだ。

 「カンボジアでは仲介会社からもっと軽い仕事をするといわれてきました。でも、実際には大変な仕事でした。この仕事は力仕事ですから、女性には難しいと感じます」

 エレナさんはこう漏らす。

 毎朝6時半に起床し、昼食のお弁当を準備したり、朝食を食べたりしてから、7時10分に家を出て、自転車で30分かけて職場に向かう。他に移動手段がないので、雨や台風の日でも移動は全て自転車だ。

 その後、午前8時から午後5時半まで働く。合間に10時からと15時からのそれぞれ10分の休憩と、1時間の昼休みがある。残業はほとんどなく、仕事が終わればそのまますぐに帰宅し、18時ごろに家に着くという生活だ。休みは土曜日と日曜日。以前は、繁忙期には土曜日も出勤することもあったが、最近はそれがない。それでも製造現場での仕事は力仕事が多く、小柄な女性であるエレナさんにとっては楽ではない。

 時給は715円だ。これは当時の佐賀県の最低賃金と同じ額だ。技能実習生の賃金は最低賃金水準というケースが少なくなく、エレナさん賃金もやはり最低賃金と同額だったのだ。残業時給は最低賃金に25%の時間外割増がついて893円となっていた。ただし、インタビュー時にはあまり残業がなかった。

 技能実習生の中には基本給が安いことからより多くの残業をしたいと希望する人も少なくない。渡航前費用のために多くの借金を背負い日本に来たものの、限られた期間の後には帰国することが規定されている技能実習生は、たとえそれが心身の負担になったとしても、残業をして、なんとかより多くのお金を家族のもとに持ち帰りたい願うことがあるのだ。けれど、エレナさんのケースでは残業自体が少ないために、残業代で稼ぐことはできない。

 月給は14万円程度だが、ここから1万5000円の家賃と、水道、電気、ガス、インターネットの料金として4000~5000円、さらに税金や社会保険料が引かれる。このため手取りは残業が多い時期は10万円、残業が少ない時期では9万円になり、10万円を切ってしまう。この中から、さらに食費として毎月2万5000円ほど使っているため、残るのは6万5000円程度だという。

 「焼肉を食べに行ったことはありますが、それ以外、外食をしたことはないです」

 エレナさんはこう説明する。借金の存在、家族への仕送りの責任、娘のこと。それを思うと、切り詰めて暮らさざるを得ない。

 ボーナスはないため、これ以上の収入は望めない。エレナさんは基本的には外食はせずに、自炊をし、余計なお金をつかわないようにしつつ、残ったお金は家族に送っている。ぎりぎりまで支出を抑えて暮らしている。さらに送り出し機関への借金の返済もしなければならない。

  エレナさんは「カンボジアでは送り出し機関がチラシを配り、日本に行けばお金が儲かると宣伝しています。私自身も、送り出し機関からは日本に行けば良い給与をもらえると聞いていました。でも、実際にはそんなにもらっていないですし、税金や社会保険料の支払いについては知りませんでした」

 ベトナムと同じことがカンボジアでも起きている。

 現地で送り出し機関が「日本に行けば儲かる」と煽り、来日を誘っているのだ。遠く離れたカンボジアという国でもまた、日本への労働者送り出しがビジネスとして広がっている。

◆救いは人のつながり

 救いは受け入れ企業や地域の人とのつながりができたことだ。

 受け入れ企業の社長は、仕事に厳しいものの、クメール語の「1、2、3」や「ありがとう」を覚えてくれるなど、すこしだけでもカンボジアのことを知ろうとしてくれているという。社長の家族や、他の日本人従業員もカンボジアからやってきた彼女たち技能実習生に優しく接してくれ、気にかけてくれている。社内では、日本語で話すほか、わからないことはジェスチャーを交えて、なんとかコミュニケーションを取っている。

 もう一つの救いは、佐賀市内で開催される日本語教室「国際コミュニケーションネットワーク かけはし」に通うことだ。教室に行けば、日本語を学ぶだけではなく、ほかの技能実習生や日本人のボランティア日本語教師と交流できる。かけはしの主催者である越田さんは、技能実習生の労働相談にも力を尽くしており、エレナさんはじめ教室にくる技能実習生に気を配っている。借金返済と仕送りのために節約しているエレナさんは交際費などを気軽には出せない。それでも会社や地域の人との関係の中で、なんとか孤立せずに過ごすことができているという。

◆「日本での仕事や給料には満足していません」

 とはいえ、彼女の仕事は力のいる仕事で、実際のところ体力的にはきびしい。休日は時折、佐賀市内を散歩したりすることもあるが、疲れて寝てしまうことも多い。それでも、彼女は日常を過ごしながら、遠く離れた娘のことを思いながら、ここで日々黙々と職場と寮を往復する生活をしている。

 「日本に来たけれど、いまの状況はあまり満足できるものではないです。日本に来たというのはよかったけれど、仕事の内容や給料には満足してないです」

 

 エレナさんはこう話す。

 娘のために、家族のためにとやってきた日本。仕事はきつく、給料も安い。借金はまだ帰せていない。日本語もそこまでできない。かけはしのメンバーの支えがあることでやっと社会とのつながりがあるが、それでも孤独感は募る。

 「カンボジアに帰ってからいま日本でしている仕事をすることはないです。日本とカンボジアの事情は違うので、カンボジアで日本でやっているような仕事をすることはないです」

 エレナさんは振り絞るような声で、こうつぶやいて、下を向いた。

 技能実習生は家族を連れて来日することはできない。技能実習生は単身で来日し、家族と離れた状態で決まった期間を就労に充てる。かといって、シングルマザーのエレナさんがカンボジアで子どもを育てつつ、仕事をしても、満足のいく収入を得ることは難しいだろう。それでも子どもを育てていくためには現実的にお金が必要だ。切実な思いを抱えた彼女にとって、日本に来るという選択は、自分自身と家族のために欠かせないものだった。しかし、借金を背負ってまでやってきた日本での仕事は思ったよりもきつい力仕事で、賃金も期待ほどではなかった。けれど、それが彼女が経験した現実だったのだ。

 カンボジア人技能実習生もまた、ベトナム人技能実習生と同じような課題を抱えている。

 

 そんな中で、賃金未払いや性暴力を含む様々な課題にさらされるカンボジア人技能実習生が出てきている。支援体制の整備が急務だ。

 越田さんはこう語る。「カンボジア人技能実習生はこれまで、問題があっても、なかなか声をあげられなかったと思います。それでも最近はカンボジア人技能実習生からの相談が増えていますから、やっと声を出せるようになってきたのかなと思います。きっとこれからカンボジア人技能実習生からの相談はもっと増えるのではないでしょうか」(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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