ルポ・技能実習生が「逃げる」ということ(3)逃げても続く搾取の中で日本経済支える実習生、「共生」の嘘

海外に働きに行く人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影。

  外国人労働者の受け入れ拡大が議論される中、法務省の「失踪」技能実習生への聞き取り調査が話題となるほか、外国人との「共生」を声高に唱える報道がなされている。しかし、まずは見るべきものがある。それは、技能実習生が会社から出る/逃げることは「失踪」という言葉で簡単に言い表せない複雑なものである上、会社から出た技能実習生がインフォーマルな労働市場で働き、そこでもまた搾取されながら日本経済を支えているという現実だ。この状況を無視し、「共生」を実現することはできない。

 「ルポ・技能実習生が『逃げる』ということ(2)彼女が決断した『脱出』、極度の長時間労働と搾取への抵抗」で伝えたベトナム人女性技能実習生のグエン・タン・スアンさん(仮名)のように、技能実習生が会社から出る/逃げる背景には、日本政府の言う「失踪」という言葉ではとても言い表せない複雑かつシリアスなものがある。今回は、低賃金での過酷な長時間労働を強いた会社から「脱出」をしたスアンさんのその後を追う。

◆インフォーマルなブローカーシステムと労働市場

ハノイから農村部に向かう道。筆者撮影
ハノイから農村部に向かう道。筆者撮影

 前回伝えたように、90年代半ばにベトナム中部で生まれたスアンさんは、病気がちの母の医療費やきょうだいの学費を稼ぐため、日本への移住労働を決意し、ベトナム側の仲介会社(送り出し機関)に約1万米ドル(約112万8,900)を支払った。手数料は全額借金で賄った。日越間に広がる官民が絡んだ移住産業により、ベトナムでは借金をし高額の手数料を仲介会社に支払い来日するというシステムが構築されている。彼女もまた借金漬けの労働者として、2015年に来日した。

 だが日本の縫製会社では、朝8時から翌日の午前3時まで仕事を命じられた。午前8時に仕事を開始し、正午から午後1時までお昼休憩。その後、午後1時から午後5時まで働き、午後5時から午後6時に夕食。食事の後、今後はそのまま翌日の午前3時まで仕事が続く。1日17時間労働だ。休みは多くて月4日、少ないと3日のみ。過労死ラインの80時間を超える長時間の残業をこなし、心身共に疲弊した。

 さらに「ベトナムに帰れ」と怒鳴られた上、外出も制限された。寮はプレハブ小屋で、そこに2段ベッドが詰め込まれ、共同生活。屋外の簡易シャワーを他の技能実習生の女性たちと交代で使った。給与から家賃と電気代として計3万2000円が引かれた。プレハブ小屋では彼女を含め5人の技能実習生が共同生活をしていたが、その小屋の家賃と電気代は5人分で16万円にも上る。会社は技能実習生を長時間労働させる上、家賃でも搾取する。そして手取りは月8万~9万円。あれほど働いたのに残業代は出なかった。

 その後、スアンさんはSNSを通じ技能実習生を支援している越田舞子さんに苦境を相談した。「国際コミュニケーションネットワークかけはし」(佐賀県)の代表を務める越田さんは各方面に懸命に働きかけ、この結果、会社に役所の調査が入った。しかし就労状況は結局のところ大きな変化はなく、未払い賃金も払われなかった。そのためスアンさんは悩みに悩んだ末、最終的に会社を出ることを決断した。借金漬けの状態で来日してから1年以上にわたり長時間労働をし、借金を返していた彼女は、ある夜、会社の敷地のフェンスを乗り越え、外に出た。そしてバスで一度、町の中心部に出た後、今後は長距離バスで東京を目指した。スアンさんにとって、それは「脱出」であり、過酷な現実に対する精一杯の「抵抗」だった。

 逃げる際にスアンさんが頼りにしたのはSNSだった。彼女はSNSを通じ、とある派遣会社を見つけ、その会社に連絡をとったのだ。この派遣会社は会社から逃げてきた技能実習生など、在留資格外の活動をしたり、あるいは在留資格のなかったりする外国籍者に仕事をあっせんする会社だった。

 会社から逃げたことのある技能実習が「次の仕事」を見つける際のルートと手段をみていると、派遣会社や個人のブローカーなどから成るブローカーシステムを使う例が散見される。ブローカーシステムを利用する場合、仕事が見つかる可能性は高いが、後述するように手数料は決して安くはない。

移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影
移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影

 派遣会社はスアンさんに関東地方の食品会社の仕事を紹介した。そしてスアンさんはこの食品会社で週に6日、1日8時間働いた。そこは一定の規模のある工場で、ベトナム人だけでなく、フィリピン人やインドネシア人などの外国人も働いており、外国人労働者はなくてはならない存在だったという。

 

 寮も用意されていた。技能実習生が会社から出た場合、まず確保しなければならないのは住まいだ。技能実習制度では、技能実習生は会社を変えられない上、住居は会社の提供する寮となっており、転職と転居の自由がない。このため会社から出てしまうと、在留資格と仕事、そして住まいも失うからだ。

 そもそも会社から出るということは、リスクが大きく、逃げたくて逃げるような技能実習生などそうそういないだろう。

 ベトナム人が技能実習生として来日するには、仲介会社(送り出し機関)に高額の手数料を借金して支払うことが一般的だ。この手数料の中に保証金が含まれることもある。保証金は契約期間が終わり無事帰国すれば戻ってくるが、会社から逃げた場合は返ってこない。来日前には渡航前研修センターで数カ月、長いと1年近くにわたり日本語研修を受け、その上で面接を経て来日する。時間と手間をかけ、各種の手続きを経て来日するのだ。来日後も通常は監理団体の施設で1カ月間の研修を受ける。それからやっと実習先企業で就労となり、働きつつ借金を返済していく。貯金できるのは借金を返し終わってからだ。技能実習生は制度的に職場を変えることができず、会社から逃げれば、技能実習生は在留資格、仕事、住まいをすべて失う。そして、たとえ逃げたとしても、仕事が見つからなければ、借金返済も家族への仕送りもできない。技能実習生の「失踪」ばかり注目されるが、こうした構造の中で技能実習生は問題があったとしても、借金や保証金のため容易には逃げたくても逃げられないことを見る必要がある。

 そして、日越間に構築された移住産業により借金漬けの労働者として来日し、過酷な労働を強いられた末に会社を「脱出」したスアンさんのケースでは、公的部門からの支援が十分ない中で皮肉にもインフォーマルなブローカーシステムと労働市場とが、窮地に立たされた彼女の行き場になってしまったのだ。

 同時に、彼女が食品会社で行っていたのは、ごくごく普通の仕事だ。私が聞き取りした他の技能実習生のケースでも、会社から出た後に従事していたのは食品加工、農業、宿泊業、建設業などごく普通の仕事だった。逃げた技能実習生が万引きなどの犯罪に手を染めるケースが報道されているが、それよりもむしろ、技能実習生が会社から逃げる背景を把握するとともに、逃げた技能実習生が「堅気の仕事」に従事し、結果的に日本の産業を支えていることを見るべきだろう。

◆続く搾取

移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影
移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影

 やっとたどり着いたはずの新たな職場だったが、スアンさんはすぐに現実を知らされる。この会社の給与は本来、月20万円程度になるはずだった。だが派遣会社はここから寮費や水光熱費、送迎費、ユニフォーム代などとして計7万円程度の「手数料」を引いていた。手取りは月12~13万円になった。

 

 日越間に広がる借金漬けの労働者を作り出す移住産業だけではなく、逃げた技能実習生を取り込むブローカーシステムもまた、外国人労働者からお金を搾り取る。

 

 とはいえ、これも皮肉なことに、技能実習生として正規の在留資格で働いた際は、朝3時までの長時間労働を休みなく続けたにもかかわらず、手取りは8~9万円のみ。派遣会社に月に7万円もの手数料を徴収されたとしても、彼女の労働状況と収入は技能実習生時代に比べて改善していた。

 

 スアンさんはこの手取り収入のうち2万円を食費など生活費として使い、残りの10万~11万円すべてを故郷に仕送りした。送金は技能実習生として来日するために作った借金の返済に充てた。

 

 この会社で数カ月働いた後、スアンさんは別の会社に派遣される。そちらも食品関係の工場だったが、就労時間は朝6時から夜の6時までの12時間となった。やはり20万円ほどの月給から、寮費、水光熱費、送迎費、ユニフォーム代など計7万円が差し引かれ、手取りは12~13万円だ。

 こうしたスアンさんは会社から逃げた後、派遣会社からさまざまな手数料を引かれたわけだ。私が話を聞いた会社から逃げた経験を持つ技能実習生は、派遣会社や個人のブローカーを経て次の職場にたどり着いた場合、やはりスアンさんのように月給から手数料が引かれるか、紹介料を払うなどしていた。逃げる前も逃げた後も、ブローカーシステムが労働者を取り込み、お金を吸い上げる実態がある。

移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影
移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影

 他方、技能実習生が会社から逃げるのを可能にするのは、インフォーマルな労働市場の存在があるからこそだ。在留資格外の就労をする逃げた技能実習生を雇用する雇用者が存在するからこそ、技能実習生の中に逃げることに希望を見出す人が出てくると言える。

 派遣会社は確信犯的に逃げてきた技能実習生に仕事を紹介し、代わりに手数料をとっていたが、スアンさんの派遣されていた食品会社2社については、彼女が逃げてきた技能実習生であり、技能実習以外の仕事をすることが違反だということを知っていたかどうか分からない。ただ、ほかの逃げた経験のある技能実習生のケースでは、派遣会社経由ではなく直接雇用されており、会社側は在留資格外の就労であることを認識していた。

 他方、彼女が働いた2つの会社にとってみれば、若い働き手であり、稼ぐという明確な目標を持つ外国人労働者は、正規だろうが、非正規だろうが、ありがたい存在となっていただろう。中小・零細企業をはじめ日本の各産業部門では、技能実習生や留学生、日系人、日本人と結婚した外国人をはじめとする外国人労働者は以前からなくてはならない存在となっている。スアンさんは逃げる前も、逃げた後も、ブローカーシステムに搾取され続けながら、結果的に日本の産業を根底から支えてきたのだ。

◆去るも地獄残るも地獄

ベトナムの若者。海外への憧れを持つ人も少なくない。筆者撮影
ベトナムの若者。海外への憧れを持つ人も少なくない。筆者撮影

 食品会社で働いたスアンさんだったが、ある日、彼女を驚愕させる出来事が起きた。派遣会社が提供した寮に入管の調査が入ったのだ。その寮には外国人が多く住んでおり、入管が在留資格を持たない外国人の摘発を行ったのだ。このとき、スアンさんはその場にはいかなかったものの、寮の住人が入管に捕まったことを知り、いつか自分もまた捕まってしまうのかと心配するようになった。

 スアンさんはそのとき、まだ来日前に仲介会社に払った手数料のために借り入れた借金を返し終わっていなかった。故郷には病気の母や学費のかかるきょうだいもいる。家族のためになんとかお金を稼がなければならない。

 けれど、不安には勝てなかった。スアンさんはある日、この寮を出て、知人の部屋に駆け込んだ。そして、そこで暮らしながら、何もすることなく身を潜めて過ごすほかなかった。次第にお金もなくなってきた。来日するに当たり仲介会社に払った手数料の借金はまだ残っている上、故郷の病気がちの母や年下のきょうだいのために仕送りをしなければならない。けれど、彼女にお金を稼ぐすべはなかった。スアンさんは会社から「脱出」したものの、待っていたのはやはり困難だった。

 一方、スアンさんが逃げてきたあの縫製会社にはまだ、女性技能実習生が数十人残っていた。会社に残った数十人の女性たちはその後も長時間労働と低賃金、ハラスメントにさらされ続けていた。

 

 スアンさんをはじめ技能実習生を支援してきた前述の越田さんはこう話す。

 「縫製部門では、スアンさんのように技能実習生を働かせることは別の会社でも起きています。スアンさんの職場以上のもっとひどい悪質な事例もあります。

 最近は愛媛県の縫製会社で働く女性技能実習生から相談がきました。彼女たちは残業代どころか、給与をきちんともらっておらず、ここ3カ月間の給与は合計でも4万円だけ。1カ月分ではなく、3カ月分です。毎日大量の仕事をしても、これしか収入がなく、来日して1年以上経ちますが、家族に仕送りもできません。通帳、パスポート、在留カードも会社が実習生から取り上げた上、近くのスーパーに食べ物を買いに出ただけで、怒鳴られ、外に出ることができない状態です。自転車の鍵も会社に取り上げられています」と説明する。

 逃げたけれど、またも困難に直面したスアンさん。そして借金に縛られ、日本社会とつながることができずに孤立し、我慢し続けている「逃げられない」技能実習生。「失踪」技能実習生に注目することで、その人たちがなぜ大きなリスクをおかしてでも会社から逃げなければならなかったのかを考えることは重要だ。しかし同時に、「逃げられない」技能実習生に目を向けなければならない。

◆戦い 

移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影
移住労働に出る人の多いベトナム北部の農村部。筆者撮影

 その後、スアンさんはどうしたのか。

 

 技能実習生として働いた会社から「脱出」し、さらにまた別の場所へと逃げた彼女だが、縫製会社の未払い賃金はあきらめることができなかった。そんなとき、彼女は技能実習生をはじめとする外国人労働者を支援している全統一労働組合(東京都)を知り、そこに駆け込んだのだ。

 スアンさんを支援した全統一労働組合の佐々木史朗書記長は、「全統一労働組合は、過労死の危険レベルを超える長時間労働や残業代の未払いなどの労働基準法違反や、劣悪な居住環境と不正な寮費の徴収、技能実習法に違反する数々の不正行為、著しい人権侵害による被害の救済を求め、会社と監理団体に対して団体交渉を申し入れました」と説明する。

 その上、全統一労働組合と連携するカトリックコミュニティーの支援を受けることもできた。労働組合など支援者に保護された技能実習生にとって重要になるのは、会社との交渉とともに、生活面だ。繰り返しになるが、技能実習生は会社から出てしまうと、仕事も住まいも失う。スアンさんは知人宅にいたものの、全統一労働組合に駆け込んだころには生活費もなくなりはじめ、生活は困窮していた。そんな中、カトリックのコミュニティーが生活面でスアンさんを支えたのだ。

 そして、交渉開始から数カ月――。

 会社と監理団体は当初、団体交渉に応じる姿勢を示さないなど、すぐには解決に至らなかったものの、佐々木書記長らの粘り強い働きかけにより、最終的に会社と監理団体はスアンさんに謝罪し、未払い残業代などを支払った。スアンさんはやっと自分の権利を取り戻したのだ。

 借金漬けで来日し、過酷な就労環境のもとで就労したスアンさんだったが、様々な支援者との出会いにより、やっと彼女の権利は回復された。支援者の協力に加え、会社から「脱出」するなど、彼女が自分の権利回復をあきらめなかったことも大きいだろう。

 ただし、帰国した元技能実習生に話を聞くと、大半が労働組合などの支援者や労基署といった公的機関の情報を知らずに日本で働いていた。ベトナム側の仲介会社(送り出し機関)と日本の監理団体が技能実習生からの相談に乗り、問題解決を図る例もあるが、そうではないことも少なくない。そして、技能実習生の多くは外部に相談先を持たない。

◆継続する外国人労働者の使い捨て

ベトナムの若者。筆者撮影
ベトナムの若者。筆者撮影

 日本政府は会社から逃げた技能実習生をその理由いかんに問わず「失踪者」と呼び、取り締まりの対象にする。そして在留期限が切れれば「不法就労者」と呼び、技能実習以外の仕事をすれば「不法就労者」と位置づける。逃げた技能実習生の中にはスアンさんのような過酷な状況から悩んだ末に会社を出た人がいる。その人たちは未払い賃金を取り戻すなど、自身の権利回復を図る必要がある、しかし、筆者の聞き取りでは、労働組合など支援者に保護されない限りは、逃げた技能実習生は最終的に当局に拘束され、権利回復できないまま、強制送還により日本の領土の外に投げ出されただけだった。

 こうした外国人労働者の使い捨ては、今に始まったことではない。

 80年代以降、興行ビザで来日したフィリピン人など東南アジア出身女性の人身取引や搾取が問題となりながらも、受け入れが継続した。日系人が日本の労働市場に入る一方で、不況になれば職を失った。

 さらに、留学生についても、特にベトナム人などの場合は仲介会社に高額の手数料を払い借金漬けの状態で来日し、食品会社や宅配会社、コンビニエンスストアなどでアルバイトをしながら借金を返しているケースがある。エンジニアのビザで来日したベトナム人が労働組合に相談する例もある。日本社会は継続して外国人労働者を受け入れ、その労働力の恩恵を受けつつも、その人たちが周縁化され、搾取されることを看過してきたのではないか。

 その一方、<人手不足>という魔法の言葉を駆使しながら、「外国人がいなければやっていけない」と言い、技能実習生や留学生のような諸権利の制限された期限付きの入れ替え可能な外国人労働者の受け入れを進めている。そして、技能実習生や留学生が借金漬けの状態で来日していることや、外国人労働者への権利侵害の実態に蓋をし、技能実習生や留学生が各地の職場で働く様子を伝えつつ「共生」の重要性をうたう報道さえ散見される。

 だが、外国人労働者と本当に共生するには、技能実習生や留学生、日系人、日本人の配偶者、外国にルーツを持つ子どもたちなど、さまざまな外国人が置かれた現状を直視することが必須だ。そして人権侵害の温床となっている技能実習制度を廃止し、外国人労働者の家族帯同や、転職・転居の自由を保障した上で、定住政策をとることが求められる。借金漬けの労働者を生み出す技能実習制度をそのままに、「共生」をうたう神経では、外国人労働者の権利侵害はなくならない。そして、こうした状況が続けば、労働者は日本から離れてしまい、各地の中小・零細企業を苦しめるだけではないか。

 借金漬けの状態で来日し低賃金で就労する外国人労働者について、借金を生み出す移住産業の実態や厳しい就労状況を問わず、なくてはならない存在だから<共に生きていきましょう>というのは、微笑みながら相手を殴ることに等しい。「失踪」「共生」――。多用されるこうした言葉を何も考えずに受け入れることは、結果的に外国人労働者が直面する課題を放置するとともに、日本という国の課題を等閑視することにつながる。(「ルポ・技能実習生が「逃げる」ということ(4)」に続く。)