技能実習生が国会に手紙(前編)「除染をさせられました」、技能実習のやり直し求める

ズイさん直筆の手紙、全統一労働組合提供

 外国人労働者の受け入れ拡大を盛り込んだ入管法改正案の審議が衆院本会議で始まる中、日本で除染労働をさせられた1人のベトナム人技能実習生が国会にあて、手紙を書いた。そこで筆者は今回、このベトナム人技能実習生が手紙を書くに至った背景を報告する。

 手紙を書いたのは2015年に来日した後、福島県の建設会社A社で働いていたベトナム出身の男性技能実習生、チャン・スアン・ズイさん(仮名、35歳)だ。日本での暮らしの中で独学で覚えた日本語を使い、ズイさんは自身の思いを丁寧に書き綴った。

 ズイさんはこの手紙の中で、「除染をさせられました」「専門技術を勉強出来なくて、貯金も出来なくて本当に心配」と説明した上で、「技能実習生にやり直させをお願い申し上げます」(原文ママ)と、技能実習のやり直しを求めている。

 

 11月11日に行われた国会での野党合同による技能実習生へのヒアリングの際、取りまとめ役の議員にズイさんの手紙が渡されたという。

 以下に、ズイさんの直筆の手紙を全文掲載する。

ズイさん直筆の手紙、全統一労働組合提供
ズイさん直筆の手紙、全統一労働組合提供

◆除染労働とは知らされていなかった

 2018年7月、福島県郡山市で、ズイさんに話を聞いた。気温が上がったその日、ズイさんは半そでシャツを身に着け、日焼けした顔をほころばせながら、丁寧に話をしてくれた。初対面でも話しかけやすい気さくな雰囲気の人だ。言葉を選びつつ、自分の経験をしっかりと話してくれる上、自分自身の気持ちを率直に包み隠さずに教えてくれる。

 

 ふと見ると、その体つきはがっしりとしていて、半そでからのぞく腕は思いのほか筋肉質で存在感があった。聞けば、日本では建設会社で技能実習生として働いており、現場で毎日、肉体労働をしていたという。その仕事の中に、除染労働があったのだ。

 

 2015年に日本にやってきたズイさんは、監理団体の施設で1カ月間の研修を受けた後、他のベトナム人技能実習生とともに、福島県内の建設会社A社で働くことになった。建設の仕事は現場が何度も変わることも少なくない。福島県内の複数の地域に加え、宮城や千葉と、いくつかの現場をまわり仕事をしてきた。

 

 その中で、ズイさんたち技能実習生は仕事の内容を知らされないままに、除染労働をさせられていた。

 

 「ベトナムの送り出し機関も、日本の監理団体も、会社も、誰も私の仕事が除染だと教えてくれませんでした」と、ズイさんは話す。

 ズイさんたち技能実習生を支援する全統一労働組合(東京都)の佐々木史朗書記長は、「ズイさんたち技能実習生は建物の新築・改修工事に加え、郡山市内と本宮市内で除染作業に従事していました。避難指示が解除される前の浪江町でも、下水管敷設などの作業に従事させられていたのです」と説明する。

 さらに佐々木書記長は、「そもそも彼らの技能実習の職種は型枠施工・型枠工事作業と鉄筋施工・鉄筋組立作業でした。職種と異なることをさせられていたのです。ズイさんたちはインターネットの報道などによって自分たちの仕事が除染ではないかとの疑問を抱き、支援者と共に郡山市役所(原子力災害総合対策課)を訪れ、作業中の写真を示しました。そこで自分たちが除染作業に従事させられていたことを知ったのです」と語る。

 

 そして「除染作業に先立つ安全教育などは、事実上なにも行われていませんでした。彼らは十分な説明と同意なく除染作業に従事させられたことにショックを受け、とりわけ健康被害の不安を強く抱きました」とする。

 除染労働をしつつも、ズイさんの技能実習生としての賃金は、基本給が13万円程度にとどまっていた。ここから、寮費として月に1万5000円、そして税金や社会保険料などが引かれ、手取りは8万~9万円だけとなる。さらに食費として月に2万円、他に雑費が1万円、合わせて3万円を生活費として使った。この必要最低限の生活費を払い終われば、手元に残るのはたったの5万円だけだった。

 

  佐々木書記長は指摘する。

 「建設会社にとって除染作業者の確保は容易ではない。そのため日本人作業者の3分の1程度、日給5000円台で働く労働者はありがたい存在に違いないでしょう。しかし、いったい誰が技能実習生の健康不安に責任を負うのですか。除染の作業現場の空間線量が比較的低レベルであったとしても、汚染土の身体への付着や、粉塵を吸入する可能性が皆無である保証はありません。

 除染や原発廃炉のための作業は社会にとって必要な労働です。でも、その労働は安全基準と労働基準が確実に担保された条件のもとで行われるべきで、技能実習生を使い捨てるような方法であってはならないものです。会社と監理団体の責任は当然ですが、技能実習制度を『技能習得』『国際貢献』の建前から大きく乖離させ、事態を放置させてきた政治の責任はさらに重大と言わなければならないのです」

◆110万円の借金を背負い来日

 ズイさんは1980年代前半、ベトナム北中部の農村で生まれた。両親は1940年代生まれで、父親は従軍経験を持つ戦争世代だ。父と母は農業をして、ズイさんたち兄弟を育て上げた。「兄弟が多いので、家族は貧しかったです」と、ズイさんは語る。それでも、親たちは働き続け、子どもたちを食べさせ、ズイさんは高校に進学し、卒業することができた。

 ズイさんは成人してからは、結婚をし、子どもにも恵まれた。来日前は農作物を売る店を経営するなど、いくかの仕事を経験しながら、子どもを育てていた。

 そんなズイさんだったが、ベトナムで技能実習生や留学生としての日本行きがブームとなる中、「日本の給料は高い」「日本に行けば、技術を学べる」という話を聞くようになる。日本に対するイメージは良く、日本で働くことに憧れを持つようになったズイさんは、技能実習生として来日することを決めた。

 そして、友人から紹介されたハノイ市にある仲介会社(送り出し機関)に110万円の手数料を支払い、この会社を通じて来日する運びとなった。それまでの農産物を売る店の収入はそう悪くなかったとはいえ、110万円はベトナムの経済水準から言っても、あるいは日本から見ても、相当な大金だ。ズイさんはこの全額をベトナムの銀行から借りて工面しており、いわば借金漬けの状態で来日をすることになった。

 「送り出し機関の手数料は高いです。技能実習生のことを考えていない」と、漏らすズイさんだが、それでも「日本に行けば稼げる」という情報があった上、日本ではお金を稼ぎながら技術を学べるという期待が強かった。

 来日前には、3カ月にわたり送り出し機関の日本語センターで日本語を勉強した。授業時間は少なかったものの、日本企業で重視される「5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)」や、日本の文化についても学んだ。

 日本は良い国。お金を稼ぎ、技術を学べる――。ズイさんは日本に期待した。

 しかし、たどりついた先は除染労働だったのだ。

◆借金漬けの労働者を生み出す移住産業

 ベトナムは約9,370万人に上る東南アジア諸国連合(ASEAN)でインドネシア、フィリピンに次ぐ人口を抱える。2017年の国内総生産(GDP)伸び率は前年比6.81%を確保した。各国からの対ベトナム外国直接投資(FDI)も継続しており、経済成長のただ中にある。日本にとっても重要な貿易・投資相手国で、ベトナムで事業展開する日本企業も少なくない。

 だが、それでも1人当たりGDPは2017年時点で2,385米ドルだ。かつてに比べれば、大きく伸びたものの、依然として貧困をめぐる問題がある。社会福祉制度の整備も道半ばだ。特に成長著しい都市部に比べ、農業の近代化が遅れる農村は経済的な課題が少なくないため、移住労働者の主要な送り出し地となっている。

 そんな中、ベトナムでは海外出稼ぎによる外貨獲得に希望を見出す人が出てきた。ベトナムから日本への技能実習生の送り出しを含む移住労働者の海外送り出しが増加している。既に日本で働く技能実習生を国籍別でみると、以前の首位だった中国を抜き、現在はベトナムが1位の座にある。ベトナム人留学生も急速に増えてきた。

 ベトナム政府はかつて旧ソ連など社会主義圏に労働者を送り出してきた歴史があるが、近年は日本、台湾、韓国など東アジア諸国への労働者送り出しを進めている。この中で、ベトナム政府が「労働力輸出(xuat khau lao dong)政策」を掲げ、各種法規制を整備するとともに、送り出しを担う仲介会社に許認可を与える仕組みが構築された。

 注目されるのは、社会主義友好国への送り出し時代とは異なり、近年は、営利目的の仲介会社が移住労働者の送り出しの実務を担い、仲介会社を核とする移住産業が形成されてきたことだ。仲介会社が労働者の採用実務を担い、海外の企業と労働者をつなぐとともに、労働者から手数料を徴収する<ビジネス>を行っている。

 日本の技能実習制度では、送り出し国で技能実習生の送り出しを行う組織を「送り出し機関」と呼ぶ。しかし、ベトナムでは「送り出し機関」はあくまで営利目的の組織で、実際に登記上も会社であり、利益を求めてビジネスをしている。ベトナムの人たちは、こうした仲介会社を「労働力輸出会社」(cong ty xuat khau lao dong)と呼ぶことさえある。

 仲介会社が労働者から徴収する手数料は、移住労働先や職種ごとに「相場」がある。例えば台湾では家事労働者の手数料のほうが、工場労働者の手数料より安い。そして、とりわけ高額な手数料が要求されるのが日本への移住労働だ。筆者が出会った技能実習生や元技能実習生の中で、手数料の最高額は約200万円。多くが100万円程度の手数料を払っている。

 同時に、銀行が海外での就労を希望する人に対し、仲介会社に支払う渡航前費用を融資することも進められている。移住労働の希望者の多くは農村出身者だが、銀行の借り入れに際しては、土地使用権を担保にすることが多い。つまり借金を返せなければ土地を失う。

 その中で、仲介会社に高額の手数料を支払うために、労働者が銀行や親族などから借金をし、借金漬けの状態で移住労働を行う仕組みができあがっている。それは日本での移住労働にとどまらず、台湾などへの移住労働でも同様だ。だが、前述のように手数料の額が高いため、日本に来る技能実習生はとりわけ借金額が大きい。技能実習生は大きな借金を抱え、それを返済しつつ、この日本で働いている。

◆人手不足という言葉で覆い隠す搾取と差別

 読者もご存じの通り、技能実習制度をめぐっては、全統一労働組合や愛労連(愛知県労働組合総連合)、岐阜一般労働組合など各地の労働組合、 外国人技能実習生弁護士連絡会(実習生弁連)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館 、2007年)を発表した安田浩一氏らジャーナリストが、技能実習生への人権侵害や制度自体の構造的な歪みをかねて指摘してきた。そして全国レベルで技能実習生問題が噴出する中、個人の支援者も技能実習生の相談にのるなど、各地で草の根の支援が展開されている。

 ベトナム人の留学生や新聞奨学生についても、『ルポ ニッポン絶望工場 』(講談社+α新書、2016年)を執筆したジャーナリストの出井康博氏が指摘するように、過酷な状況に置かれた人がいる。ベトナムでは留学生も、仲介会社に高額の手数料を借金して支払い来日するケースが少なくない。仲介会社が、「vua hoc vua lam(勉強しながら、働く)」というスローガンを掲げ、日本に留学に行けば、アルバイトで稼ぐことができると煽ることがある。

 筆者が聞き取りをしたベトナム人の留学生や元留学生の中には、誘い文句に促されるように100万円を超える大金を仲介会社に払い来日した人がいた。中には、日本の介護法人が設置した日本語学校で「留学生」として学びつつ、その法人の介護施設で「アルバイト」として介護労働を低賃金で強いられていたベトナム人の若者もいる。この若者は「日本は稼げる」「勉強もできる」と仲介会社に言われ、借金をし高額の手数料を仲介会社に支払い来日。しかし日本の介護施設の時給は低い上、留学生が労働できる時間には週28時間という制限がある。その上、当初はこの介護施設と日本語学校から、アルバイト先を変えることや日本語学校の寮を出ることを禁じられていたという。とらわれの身のような状況で意に反する介護労働を強いられながらも、賃金が低く借金を返すあてもなく、途方にくれるほかなかった。

 

 最近では、エンジニアのビザで来日したベトナム人の労働問題も聞かれる。ベトナムと日本の間の人の移動が拡大する中で、労働問題や人権問題に巻き込まれるベトナム人が増えている。

 ベトナムでは、1975年にベトナム戦争が終結し、翌76年に現在のベトナム社会主義共和国が成立したが、同国は「戦後」においてもカンボジア侵攻、中越戦争という軍事紛争を経験し、対越禁輸措置が発動されるなど国際社会で孤立した。海外とのつながりは社会主義圏に限られ、依然として経済問題に直面していた。市場経済の導入と外資への門戸開放を柱とする「ドイモイ(刷新)」政策が採択されたのは1986年。その後、ドイモイ政策が本格的に実施され、外資の投資が広がるのは、90年代に入ってからだ。

 80年代生まれのズイさんはそうした「戦後」の混乱と経済問題のさ中に生まれ、現在の出稼ぎブームに直面した世代だ。筆者がこれまで聞き取りをしたベトナム人技能実習生の多くは20代だったが、ズイさんのような30代の技能実習生も少なくない数が存在する。20代の技能実習生についても、経済的な課題を抱える地域や家庭の出身者である例も少なくない。

 日本という国は「人手不足」という言葉を免罪符とし、経済的に不利な暮らしを経験した人々、それゆえに教育や職業経験において不利になりがちな、<交渉力の弱い>労働者をベトナムから呼び寄せてしまっている。それも、日越間に形成された国境を超える移住産業により借金漬けの労働者が作り出されていることや、「もう一つの日本」ともいうべき外国人を低賃金で雇用する労働市場が形成されていることを看過しながら。(「技能実習生が国会に手紙(後編)」に続く。)