「東南アジアのバッテリー」の大誤算、ラオスでダム決壊:「売電」収入による経済成長とその“限界”
近隣諸国への売電収入を見込み水力発電所の開発を推し進め、「東南アジアのバッテリー」を目指してきたラオス。しかし、この成長モデルの問い直しが迫られている。というのも、ラオス南部アッタプー県サナムサイ郡で7月23日、建設中のセピアン・セナムノイ水力発電所のダムが決壊し、周辺地域に被害をもたらしているのだ。
◆ダム決壊で死者、多数が行方不明
ラオス英字紙ビエンチャンタイムズ電子版(7月25日付)や英BBC(7月24日付)などによると、ダムの決壊により近隣の複数の村に大量の水が流れ込み、これまでに数人の死亡が確認された上、多数が行方不明になっている。BBCはダム決壊により、6600人超の住民が家を失ったと伝えている。
セピアン・セナムノイ水力発電所は、ラオス、タイ、韓国の企業が出資する合弁会社セピアン・セナムノイ電力会社(Xe Pian-Xe Namnoy Power Company 、PNPC)が、2013年から建設を進めてきた。
PNPCには、ラオス政府傘下の持ち株会社ラオ・ホールディング・ステート・エンタープライズ(LHSE)が26%、タイのラトチャブリ・エレクトリシティー・ジェネレーティング・ホールディング(RATCH)が25%、韓国電力公社(KEPCO)の子会社である韓国西部発電(KOWEPO)が25%、韓国のSKエンジニアリング・アンド・コンストラクション(SK E&C)が24%、それぞれ出資する。
同水力発電所の総工費は10億2000万米ドル(約1134億9540万米ドル)に上り、BOT(建設、運営、譲渡)方式で建設が進められてきた。これまでに90%近くの工事が完了しており、2019年に稼働する見込みだった。完成すれば、出力は410メガワット(MW)となり、年間1860ギガワット時(GWh)の電力を供給する能力を持つ見通しだったという。
ダムの決壊を受け、RATCHは7月24日、ホームページに声明を出し、ダム決壊は「継続する暴風雨により大量の水がダムに流れこんだことで引き起された」と説明する。また、「PNPCと関係当局は、緊急対策に基づき、安全を確保するために周辺住民の一時避難所への避難を図っている。また、事態の解決を迅速に実現するため、ダム決壊に関する緊急評価を実施しているところだ」としている。
◆売電収入を期待しダム建設を拡大
ラオスは東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国。地理的にはインドシナ半島に位置し、中国、ベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマーに国境を接する。ASEANの中で唯一の内陸国だ。
ASEANは全体で計6億4739万人の巨大な人口を誇り、インドネシア(人口約2億6399万人)、フィリピン(同1億492万人)、ベトナム(同9554万人)といった人口大国を抱える。他方、ラオスの人口は686万人にとどまり、シンガポール(同561万人)、ブルネイ(同43万人)に並ぶASEANの人口小国となっている。(日本外務省アジア大洋州局地域政策参事官室「目で見るASEAN-ASEAN経済統計基礎資料-」、2018年7月)
内陸に位置することで、貿易をはじめとする経済活動に必要な港湾施設を持たないという地理的制約と、その少ない人口は、ラオスの経済成長にとって、マイナス要因となっているだろう。
さらに歴史を振り返れば、ラオスの経済成長を阻んできた事柄として、植民地支配や紛争が挙げられる。
ラオスがフランスの植民地支配から脱したのは1953年。同年に仏・ラオス条約により完全独立した。しかし、その後は何度も内戦が起こり、現在のラオス人民民主共和国が成立したのは1975年12月のことだ。(日本外務省「ラオス基礎データ」)
インドシナ半島における軍事紛争としては、ベトナム戦争とカンボジア内戦がよく知られるが、ラオスもまた長きにわたる戦火を経験してきた。
こうして植民地支配と内戦という苛烈な時代を経験した上、地理的な制約や少ない人口という特徴を持つラオスだが、近年では経済成長路線を歩んでいる。
ラオスの貧困率は2015年時点で23%とまだ高水準にあるものの、1人当たり所得は2017年に2330米ドル(約25万9259円)となった。過去10年のラオスの国内総生産(GDP)は毎年平均7.8%のペースで伸びてきたという。(UNDP、“About Lao PDR”、世界銀行のラオス紹介ページ)
経済成長をけん引してきたのが、鉱物事業や林業に加え、水力発電所の開発だ。ラオス政府は以前から水力発電所の開発を進め、同国では2017年時点で稼働中の水力発電所が計46拠点に上るほか、54カ所で水力発電所が建設中だ。発電した電力をタイを中心とする近隣諸国に「輸出」することで、外貨を稼ぐ戦略をとっている。水力発電所で発電した電力の3分の2は輸出しており、ラオスの輸出全体の30%程度を電力が占めているという。(英BBC、7月24日)
◆ダム開発への批判は以前から、生態系や住民の生活にリスク
他方、積極的なダム開発には、以前から近隣諸国や環境団体などから懸念の声が出ていた。
日本の特定非営利活動法人メコン・ウォッチはホームページで、ラオスでの水力発電所の開発事業は、「住民の移転を余儀なくするほか、水質の悪化や漁獲量の減少、河岸の畑への浸水など生態系への影響を引き起こし、結果的に近隣住民の貧困を深刻化させている」と、指摘する。
また、ラオス北西部、メコン川流域での「サイヤブリダム」の開発をめぐっては、カンボジアやベトナムといった近隣諸国が、漁業への打撃とそれによる周辺住民の生計への影響、水量の減少などを理由に、開発の見直しを求めてきた経緯がある。
◆国境を超える企業活動と開発課題
他方、前述のタイや韓国の企業だけではなく、日本の企業もラオスにおける水力発電所の開発にかかわっており、ラオスでの水力発電事業は同国だけではなく、外国が関与してきた。ラオスという一つの国のおける電力開発事業とそれを受けた近隣住民の暮らしは、各国企業の国境を超える経済活動と関係しているのだ。
経済を成長させ、貧困を減らしていくことは、ラオスの人々の暮らしの改善につながる。水力発電所の開発と運営が安全に進められ、それが周辺住民にきちんと恩恵をもたらす形で行われるのであれば、ラオス社会にとってメリットがあるだろう。だが、環境への負荷に加え、今回のような大きな事故は、人々の生活に大きな打撃を与えてしまう。
「東南アジアのバッテリー」を目指し、水力発電所の開発を積極的に推進してきたラオスだが、その経済成長モデルが今、問われている。
同様に、ラオスでのダムの建設に関与してきたタイ、韓国、日本など各国の企業や政府についても、ラオスをはじめ近隣地域の持続可能な成長を促すため、水力発電所事業とどのようにかかわっていくのか、そして、どのように事故や環境破壊を防止することができるのかを共に考える余地が大きい。(了)