選手と監督。日本代表サッカーをリードしているのは。問われる日本人監督のスタンダード

ウルグアイ戦。2点目を決める大迫 写真:岸本勉/PICSPORT(本文中も)

 コスタリカ、パナマに3-0。そして、強豪ウルグアイにも4-3で勝利した。森保ジャパン。就任以来3連勝である。これはどの程度、喜ぶべき話なのか。この際、ひとこと言っておかなければならないのは、ホーム戦がすっかり既成事実化している日本代表の国際親善試合のありようだ。

 基本は半々。ホーム戦とアウェー戦の関係は50対50だが、日本の現実はほぼ100対0。この不自然きわまりないアンバランスな現実について異を唱える人はほとんどいない。「ホーム戦過多は強化に繋がらない」との声は、何年か前まで定期的に挙がっていたが、最近ではすっかり聞かれなくなっている。

 興行色の強いイベント然とした日本代表戦。この産業形態に違和感を覚えないとしたら問題だ。本来ならメディアより不満を抱かなければならないのは、強化の最高責任者である技術委員長であり代表監督のはずだ。アウェー戦の必要性を訴えるのが当然だと思うが、森保監督は「こうした舞台を作っていただいたスポンサー様に感謝します」と、毎度、会見の冒頭で欠かさず、謝辞を述べるばかりだ。

 ロシアW杯後、森保ジャパンと対戦したコスタリカ、パナマ、ウルグアイは、東アジアツアーの一環として韓国とも対戦している。たとえばウルグアイは韓国に敗れた後、日本を訪れ、そして再び敗れた。2連敗で東アジアツアーを終えている。同じ時にホーム2連勝した日本とどちらが代表チームとして有益な時間を過ごしたか。答えは分かりやすい。

 対ウルグアイ。そもそも、出かけていくべきは弱者である日本の方だ。これは強者と弱者の上下関係のコンセプトが崩れた中で行われた一戦だった。日本に求められるのは、この結果を話半分に受け止める余裕だ。勝利にも浮かれない謙虚さだ。むしろ、心配すべき。4-3というスコアの陰に構造的な矛盾が潜んでいることは確かなのである。

活躍したドリブラー中島翔哉
活躍したドリブラー中島翔哉

 心配すべき理由は他にもある。テストの度合いで日本はウルグアイに劣っていたことだ。ウルグアイのオスカール・タバレス監督が6人という規定の交代枠すべてを使ったのに対し、森保監督が切ったカードはわずか2枚。目の前の勝利に目が眩み、テストを怠った器の小さな監督といわれても仕方がない。

 選手は監督のこうした姿勢をよく見ている。これを繰り返せば、選手からの信頼は失われるばかりだ。チームに一体感は生まれない。

 交代枠をいかに奇麗に使うか。これは、代表監督の能力を推し量る大きなバロメータだ。6枠使えるのに2枠しか使わなかった今回の森保采配は、かなり低い評価になる。優秀といわれる監督なら、まず絶対に犯さない失策。イロハのイだ。それを就任3試合目で早くも露呈させた森保監督。その前の2試合でも交代のタイミングは遅く、資質に疑問を抱かせたが、ウルグアイ戦後の会見でも、その件についての反省は出なかった。

 代表監督は日本の指導者ライセンスの最高峰であるS級を取得しなければ、その任に就くことはできない。ということは、選手交代のスタンダードは講習で教えられていないことになる。

 監督のスタンダードについて話を続ければ、新監督が自らの哲学や理念、主義やカラーを伝えることも就任会見におけるお決まりだ。こういうサッカーがしたいのだ、と。それをせずに、何位以内とか、成績目標ばかりを語る監督がJリーグには数多く存在する。Jリーグの監督もS級ライセンスがなければ就けない職域なので、講習で教えられていないと考えるべきである。

 森保監督も日本代表監督就任に際し、その点についてほとんど語ろうとしなかった。西野前監督もしかりである。両日本人監督の誕生は、代表監督はそろそろ日本人でもいいのではないかというムードに後押しされた結果のように思うが、日本人監督に浸透していない世界のスタンダードは厳然と存在する。時期尚早と言いたくなる大きなポイントそのものだ。

森保一監督
森保一監督

 森保監督はサンフレッチェ広島時代、3-4-2-1という布陣で、守備的サッカーを実践してきた監督だ。日本代表監督になっても同じ路線で行くのか。あるいは、従来の日本代表が志向した攻撃的サッカーに舵を切るのか。一番の関心はそこだったが、就任に際し、方向性を示すものとして唯一飛び出した台詞は「臨機応変な対応」だった。

 相手によってやり方を変える。使い分ける。攻撃的なサッカーもすれば、守備的なサッカーもするという意味なのだろう。言葉足らずなので、そうとしか考えられないが、ウルグアイ戦までの3試合を振り返れば、広島時代とは異なる、従来の日本代表と変わらぬサッカーを見せている。AもあればBも、という感じではない。Aしか実践していない。今後、Bを披露するつもりがあるのかよく分からないが、臨機応変な対応を、相手や状況を見て判断するのだとすれば、それは、確固たる信念を持ち合わせていないことを意味する。

 目標は勝利。勝利以外には存在しないことになる。勝っている間は、これで話は丸く収まる。コスタリカ、パナマに3-0で勝ち、強豪ウルグアイにも4-3で勝利したいま、齟齬をきたしてはいない。

 問題は勝てなくなったときだ。敗戦の確率は格上との対戦やアウェー戦で増すが、一方で敗戦とは、臨機応変な対応ができなかった結果でもある。だとすれば、すべてが否定されることになる。勝ち続けなければ、辻褄が合わないサッカーである。

酒井宏樹の空中戦
酒井宏樹の空中戦

 守備的サッカーと攻撃的なサッカーをカメレオンのように使い分けるモウリーニョのサッカーがこれだ。勝っているとき、あるいは、勝ちやすい強いチームの監督に就いているときは称賛されるが、勝てなくなったとき、けっして強くないチームの監督を務めたときは苦しくなる。ただ負けるだけ。その後には何も残らない。

 なにより訴えるものがなくなる。対極に位置するのはグアルディオラのサッカーだ。クライフの系譜上にあるバルサのサッカーである。試合に敗れたとき、何が残るか。日本に文化、習慣として根付いていない考え方はこちらだ。S級ライセンスの講習会でも、教えられていないものと思われる。

 ハリルホジッチのサッカーは確かに問題だった。しかし、自らのやりたいサッカーを明確に打ち出した点は評価できる。サッカー監督としてあるべき姿を彼は貫いていた。日本と合わなかっただけに過ぎない。色が明確だっただけに、相性がよさそうなチームは逆に鮮明になるのだった。そうした哲学や理念が明確な監督には次がある。息の長い監督になれる。主張することが得意ではない、あるいは反論されることを恐れる日本人には、サッカー監督は向いていない職業なのかもしれない。

 選手と監督。日本サッカーをリードしているのは監督ではない。この関係を逆転させないと、日本サッカーはこれ以上、浮上しない。そう思わずにはいられないのだ。

日本代表の新戦力、南野拓実と堂安律
日本代表の新戦力、南野拓実と堂安律

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、2018年ロシア大会で連続10回現地取材となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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たかがサッカーごときに、なぜ世界の人々は夢中になるのか。ある意味で余計なことに、一生懸命になれるのか。馬鹿になれるのか。たかがとされどのバランスを取りながら、スポーツとしてのサッカーの魅力に、忠実に迫っていくつもりです。世の中であまりいわれていないことを、出来るだけ原稿化していこうと思っています。刺激を求めたい方、現状に満足していない方にとりわけにお勧めです。

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