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本田は哲学を雄弁に語れるか。サッカー監督のカリスマ性は元名選手度に比例しない

杉山茂樹スポーツライター
神戸の新監督 フアン・マヌエル・リージョ(左)(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

 名選手名監督に非ず。サッカーはこの傾向がとりわけ強いスポーツだ。プロ野球とJリーグ。監督が元名選手である割合はどちらが高いかを比べれば分かりやすい。

 名波浩(磐田)、長谷川健太(東京)、宮本恒靖(G大阪)、高木琢也(長崎)、相馬直樹(町田)、井原正巳(福岡)。J1、J2計40チームの監督の中で、日本代表で実績を残した元名選手は、せいぜいこの6人ぐらいだ。

 もちろんこれは日本に限った事例ではない。

 そこにサッカーというスポーツの特殊性を垣間見ることができる。現役選手は、プレーと並行して指導者、とりわけ監督に不可欠な資質、能力を学ぶ機会が少ない。選手はサッカーを自分中心に捉えがちだ。そうではない監督とでは見えている世界が全く違う。

 メルボルン・ビクトリー(オーストラリア)で現役生活を送りながら、事実上、カンボジア代表の監督に就いた本田圭佑。彼を元名選手とするならば、それは「名選手名監督に非ず」という格言への挑戦だ。

 選手と監督は近い距離にある職種と考えているのか。選手としての経験が監督業にストレートに反映すると考えているのか。選手として得た現在の財産だけで、監督が務まると楽観的になっているのか。あるいは名監督になる絶対の自信を持ち合わせているのか。

 本田はさらに、監督ライセンスの発行を簡素化すべきだと主張しているという。ライセンスを取得するまでに、受講にそれなりの時間を費やさなければならない日本の現行制度について、異議を申し立てている。

「名選手名監督に非ず」は「監督は元名選手でなくても十分に務まる職業である」とも言い換えられる。世界に目を広げれば、名選手どころか元選手でなくても大丈夫という例がごまんとある。プロ選手としての経験がないのに世界的な名監督になった例は枚挙にいとまがない。

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スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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