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テレンス・クロフォードがMSGの大アリーナに初登場 トップランクはスピードスターをどう売り出すか

杉浦大介スポーツライター
Photo By Ed Mulholland/Top Rank

5月20日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン

WBC、WBO世界スーパーライト級タイトルマッチ

王者

テレンス・クロフォード(アメリカ/29歳/30戦全勝(21KO))

挑戦者、北京五輪ライトウェルター級金メダリスト

フェリックス・ディアス(ドミニカ共和国/33歳/19勝(9KO)1敗)

MSGのメインアリーナに初登場

「楽しい夜になるだろうね。エキサイトしているよ。テレンス・クロフォードは誰からも逃げない。5月20日はより優れたものが勝つだろう」

4月4日、マディソン・スクウェア・ガーデンで行われたキックオフ会見の壇上で、クロフォードは不敵な笑顔とともにそう語った。

自身たっぷりの態度は普段通り。対戦相手のディアスもアマキャリア豊富な強豪だが、スキル、スピード、フィニッシュ力をハイレベルで備えたクロフォードがやはり断然有利との予想が出されるだろう。

ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、マイキー・ガルシア(アメリカ)などとともに、ネブラスカのスピードスターは今後しばらくパウンド・フォー・パウンドのトップ争いでも常連になりそうな予感を感じさせる。

もっとも、クロフォードの実力を評価した上でも、今回のディアス戦がマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)の大アリーナで開催されることに驚いた人は多いのではないか。

当初、この興行はニューアークのプルデンシャルセンターで行われるはずだった。それが変更され、殿堂と呼ばれる“ザ・ガーデン”での開催になった。

「この時期、土曜日の夜にMSGでイベントを開催するのがどれだけ大変かはわかっている。NBAとNHLのプレーオフでほとんどのスケジュールが埋まってしまっているからね。しかし、”ザ・ガーデン”の方から「可能かもしれない」と声がかかったんだ」

会見の際、トップランクのトッド・ドゥボーフ社長は会場変更の経緯をそう説明していた。

これで確かにイベントの格は一段上がったが、ただ、MSGのメインアリーナは最大で2万人を収容する大会場である。クロフォードには2016年2月のハンク・ランディ(アメリカ)戦で約5000人収容のMSGシアターをソールドアウトにした実績があるが、まだボクシングの範疇を超えた存在とはとても言えない。

そんな29歳の黒人ファイターが看板では、会場は閑古鳥が鳴いてしまうのではないか・・・・・・?

トップランクの底力

しかし、ボブ・アラム率いる百戦錬磨のトップランクにはしっかりとしたプランがある。ガラガラの会場がテレビにも映し出され、雰囲気を白けさせるというPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)にありがちな失敗は犯さないはずだ。

まず今回はゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)戦のように大アリーナをフルに使用するわけではなく、会場は1万人程度収容に仕切られる。そこに8000人前後を動員することが目標になるという。そう聞くと少なく感じるかもしれないが、ミゲール・コット(プエルトリコ)、ゴロフキンでもMSGメインアリーナでの初戦は7〜8000人の集客だったことを忘れるべきではない。

新たに売り出すなら、どこからか始めてみなければいけない。このアリーナでの興行としてはチケットの値段を安価($250、$150、$100、$75、$50、$35の6種類)に設定した興行主は、それを十分に理解しているということだ。

「ディアスはドミニカ共和国出身で、ニューヨークはドミニカからの移民が多い場所だというのも助けになる。そして”ザ・ガーデン”は積極的にマーケティングを行ってくれるという。きっと上手くいくよ」

ドゥボーフはそう述べていたが、この料金設定であれば実際に幅広いファン層の動員が期待できる。他のビッグファイトでは弾き出されてしまう若いスポーツファンも会場に足を運べるはずである。

アンダーカードを充実させるのも重要な要素になる。HBOを満足させるだけの“質”が重視され、セミには少々地味ながら好ファイトが期待できるレイムンド・ベルトラン(メキシコ)対ジョナサン・メイセロ(ペルー)というライト級ノンタイトル戦が組み込まれた。

さらに4月22日のデヴュー戦をクリアすれば、リオ五輪銀メダリストのシャクール・スティーブンソン(アメリカ)も登場予定。MSGから遠くないニューアーク出身の新星は、ホームタウンから少なからずのファンを惹きつけてくれることだろう。

Photo By Ed Mulholland/Top Rank
Photo By Ed Mulholland/Top Rank

パッキャオとの”世代交代戦”の挙行がベストだが

すべてのプラン、配慮が功を奏し、5月20日には8000人前後のファンが集まるのではないか。これにHBO(通常放送)からの放映権料を合わせれば、他アリーナと比べて割高なMSGの使用料と出場選手のファイトマネーは十分に賄えるはずである。

もっとも、さすがのトップランクとしても、クロフォードを全国区のスーパースターに育てていくことは容易な作業ではあるまい。

これまで述べてきた通り、HBOのメインイベンターとして1万人前後は集客できるだろう。ただ、MSG、MGMグランドガーデン・アリーナなどを全解放するほどのファンを集め、PPV興行の主役となるレベルへの到達にはさらに大きなインパクトが必要になる。

クロフォードの比較的地味なパーソナリティは助けになるまい。メディア対応も上手とは言えないだけに、やはり対戦相手、試合内容の質の高さでアピールしていく以外にあるまい。マニー・パッキャオ(パッキャオ)との“世代交代戦”で知名度を上げるのが最も手っ取り早いが、近未来にそれを実現させられるか。パッキャオ側が望まなかったとして、他の強豪選手と効果的にマッチメークできるか。

今が旬のスピードスターを看板選手に押し上げるべく、トップランクの尽力は続く。

昨夏のビクトル・ポストル(ウクライナ)戦ではMGMのメイン(注・会場は小さく仕切られた)を務めたのに続き、MSG大アリーナへの登場はさらなるステップアップ。着実に駒を進める無敗王者を今後にどう導いていくか、トップランクのお手並みを再び拝見である。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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