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検察庁法改正法案―まとめで分かった重大な事実―

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 コロナ禍で国民生活が大打撃を受けている最中、議論がこれだけ紛糾することになった事の発端は、今年(2020年)1月31日の閣議決定です。

 政府は、1月31日に東京高検黒川弘務検事長の定年延長を国家公務員法の解釈変更というかたちで閣議決定しました。

 そして、その後検察庁法を大きく変える改正法案が提出されたわけですが、なぜこのような時期に、しかも今まで準備されてきた法案とまったく異なる唐突な法改正となったのかについては、どうも黒川検事長を次期の検事総長にするためではないか、あるいは解釈変更を後付で正当化するためではないのかといった憶測が渦巻いています。その理由はこうです。

1.現行の人事システム

 まずは現行の人事システムがどうなっているかを確認します。

 検察庁法22条は、「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。」(第22条)と規定しています(図1)。きわめてシンプルな規定です。これは、検察官が犯罪を起訴する権限を独占し(国家訴追主義)、しかも起訴・不起訴の広範な裁量権(起訴便宜主義)をもっていることから、人の裁量が一切入らない年齢という客観的基準で定年を決め、検察権に対する政治的な影響を制度的に排除するということを目的としています。

(図1)現行のきわめてシンプルな仕組み (c) sonoda
(図1)現行のきわめてシンプルな仕組み (c) sonoda

2.閣議決定後の人事システム

 これが、1月31日の閣議決定後にどのように変えられたかは、次の図を見れば明らかです(図2)。

(図2)閣議決定後のイメージ図 (c) sonoda
(図2)閣議決定後のイメージ図 (c) sonoda

 なぜ、このようなかたちに変える必要があったのか?

 今の稲田伸夫検事総長は63歳で、定年まであと2年ほどありますが、慣例に従って今年の夏で退任するだろうといわれていました。そこで、その後任が問題になるわけですが、検察庁内部では7月に63歳の誕生日を迎え、その時に退任となる林真琴名古屋高検検事長を後任に押す意見が多数だと思われてきました。

 ところが、官邸としては、2月7日に63歳の誕生日を迎えて定年退官予定の黒川検事長が現政権と懇意な関係にあるので、なんとか職を延ばして彼を次期検事総長にできないかということを考えたわけです。

 そこで持ち出されたのが、国家公務員法です。人事院は、検察庁法と国公法は(検察庁法が優先適用を受ける)特別法と一般法の関係にあるので、検察官の定年は国家公務員法とは無関係であるとの解釈を何十年も固持してきたわけですが、この解釈運用が閣議決定でいとも簡単にひっくり返されてしまったわけです。

 この点はややこしいので、少し詳しく説明します。

 現行の国公法81条の3第1項は、「定年に達した職員が・・・退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、・・・その職員に係る定年退職日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」と規定しています。

 政府は、この規定の「『定年に達した職員』に検察官が含まれる」と解釈を強引に変更したわけです。それによって、黒川検事長の定年延長が「解釈上」可能になったというわけです。

 しかし、真の問題はこの先にあります。

 すでに3月2日の段階で、水島朝穂・早稲田大学教授が「直言:検察官の定年延長問題――国家公務員法81条の3の「盲点」」(2020年3月2日)で指摘されていますが、黒川検事長に対して国公法81条の3による定年延長をゴリ押しで認めた結果、その延長には、国公法81条の3第2項によって、規定上、人事院の承認を得る必要がでてきたということです(この論理は水島教授の論考で明らかですので、ぜひお読みいただければと思います)。

 国公法81条の3第2項 

 任命権者([注]この場合は〈内閣〉)は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。(太字は筆者)

 人事院とは、国家公務員の採用や給与など、人事に関する事項を掌握する行政期間であって、内閣の下に置かれていますが、人事官の身分は保障され、国会に対して報告や勧告を直接提出できるなど、国家公務員の人事行政をときどきの政治勢力から独立して公正に判断する機関として設けられており、内閣に対してはたいへん強い性格をもっています(国公法第3条以下)。

 そして、人事院は、何十年にわたって準司法官である検察官の人事には介入しないとの解釈を固持してきたわけです。今回の黒川検事長の定年延長については、なんとかゴリ押しが通ったものの、上の図で明らかのように、このままでは検察官の延長について逐一人事院の承認が前提条件だというシステムは内閣にとって必ずしも気持ちの良いものではなかったのでしょう。

 そこで、今回の検察庁法改正法案につながります。

 政府は、今回の改正案が黒川検事長の人事とは無関係だと弁明していますが、はたして本当にそうでしょうか?

3.検察庁法改正法案における人事システム

 (1) 以下はすでに述べたことの繰り返しですが、改正法案では、すべての検察官の定年は、現行よりも2歳引き上げられて一律65歳になります(22条1項)。ただし、検事総長に対しては、任命権者である内閣は国公法81条の7の規定(国家公務員の65歳定年の延長を規定した条文)の読み替え(下記参照)によって、内閣の定めによってその職のまま1年(66歳)まで勤務させることができます(22条2項)。そして、これは最大3年まで延長可能です(改正国公法81条の7第2項[の読み替え])。つまり、検事総長は最長で68歳まで勤務が可能だということになります。

 (2) 他方、法務大臣は、次長検事検事長が63歳になったときは、翌日にその者を次長検事あるいは検事長から解き一般の検事に任命します(22条4項)。これがいわゆる〈役職定年〉です。ただし、内閣は、63歳になった次長検事と検事長を、職務の遂行上の特別の事情を勘案して、公務の運営上著しい支障が生じると認めるときは、その職のまま1年延長させることもできます(22条5項)。

 そして、この期限が来たときは、延長した次長検事と検事長はその職を解かれ(65歳未満の場合は)一般の検事となるわけですが、22条の2項、つまり改正国公法81条の7の規定の読み替えによって定年延長された場合はこの限りではないとされ、国公法によってさらに1年の役職の延長が認められることになっています。

 (3) 検事および副検事については、任命権者である法務大臣は改正国公法81条の7の規定の読み替え(下記参照)によって、法務大臣が定める準則で定める場合は1年(66歳)まで勤務させることができます(22条3項)。そして、これは最大3年まで延長可能です(改正国公法81条の7第2項[の読み替え])。つまり、最長で68歳まで勤務が可能だということになります。

 以上、かなり複雑な仕組みですが、あえて図解すれば次のようになるかと思います。

(図3) 改正法案におけるイメージ図 (c) sonoda
(図3) 改正法案におけるイメージ図 (c) sonoda

 図に明らかなように、出来上がった法案では、人事院の影がすべて消されています。現行の(図1)と比べれば一目瞭然ですが、すべての検察官に内閣あるいは法務大臣の人事裁量が及ぶような仕組みになっています。

 そもそも、検察官の任免権は法務大臣が持っていて、内閣が検察権の行使については国会に対して責任を負うことになっています。しかし、検察権は法の厳格、公平公正な執行という意味では司法権と密接な関係にあり(憲法77条2項は、「検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。」としています)、検察権の行使が時の政党の恣意的な判断によって左右されるようなことがあれば、法に対する国民の信頼が地に落ち、国家の土台が崩れることになりますから、検察庁は法務大臣からは一定程度独立した組織として位置づけられています。

 法務省内に設置された特別な機関としての検察庁と、検察権の独立という2つの課題に配慮して、検察庁法は〈法務大臣は検察官を一般的に指揮監督するが、個々の事件については検事総長のみを指揮する〉という指揮権についての規定を置いたわけです(検察庁法14条)。つまり、検事総長がいわば緩衝帯として機能することによって、法務大臣の権力がダイレクトに個々の検察官に及ぶのを防止しようというわけです。なかなかよく考えられた仕組みだと思います。

 このような観点から見ると、今回の改正案は、すべての検察官に対して内閣あるいは法務大臣の強い影響力が直接及ぶのを認めるような内容になっているといわざるをえません。現行では、検察官は、検察官適格審査会の職務不適格議決か、職務上の義務違反などによる懲戒免職以外では検察官を辞めさせることができませんが、定年を延長するかどうか、つまり退官させるかどうかという重大な問題に政治的判断が絡まる危険性があるということは問題なくいえるかと思います。

 すべての検察官の定年を一律に68歳とする

 なぜ、これでだめなのでしょうか!(了)

資料

内閣官房:国家公務員法等の一部を改正する法律案(第201通常国会)

  1. 概要(pdf
  2. 要綱(pdf
  3. 法律案理由(pdf
  4. 新旧対照表(pdf
  5. 参照条文(pdf

【検察庁法改正案第22条2項における検事総長・次長検事・検事長に関する改正国公法81条の7の読み替え条文】(取消し線の箇所を太字に読み替える)

―改正国公法第81条の7―

 任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係る定年退職日が定年に達した日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該定年退職日を当該職員が定年に達した日において従事している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、第81条の5第1項から第4項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第1項又は第2項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して3年を超えることができない。検察庁法第22条第5項又は第6項の規定により次長検事又は検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該次長検事又は検事長の官及び職を占める職員については、引き続き勤務させることについて内閣の定める場合に限るものとする。

(1) 前条第1項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で内閣が定める事由

(2) 前条第1項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

2 任命権者は、前項の前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項各号前項第1号に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、人事院の承認を得て内閣の定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が63年に達した日)の翌日から起算して3年を超えることができない。

3 前2項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、人事院規則で内閣が定める。

【検察庁法改正案第22条3項における検事・副検事に関する改正国公法81条の7の読み替え条文】(取消し線の箇所を太字に読み替える)

―改正国公法第81条の7―

 任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係る定年退職日が定年に達した日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該定年退職日を当該職員が定年に達した日において従事している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、第81条の5第1項から第4項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第1項又は第2項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して3年を超えることができない検察庁法第9条第3項又は第4項(これらの規定を同法第10条第2項において準用する場合を含む。)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という。)で定める場合に限るものとする

1 前条第1項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則準則で定める事由

2 前条第1項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

(2) 任命権者は、前項の前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項各号前項第1号に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、人事院の承認を得て準則で定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が63年に達した日)の翌日から起算して3年を超えることができない。

(3) 前2項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、人事院規則準則で定める。

[参考URL]

政権介入「検察全体が萎縮」 定年延長法案、改めて反対 日弁連

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園田寿:検事長定年延長問題は、なぜこんなにも紛糾しているのか

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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