検事長定年延長問題は、なぜこんなにも紛糾しているのか

「いらすとや」さんのイラストを利用させていただきました。

■はじめに

 検事長の定年延長問題が紛糾しています。この混乱の背景にはさまざまな問題がありますが、ここでは法の解釈運用という技術的な観点から問題を整理したいと思います。

 政府の見解と反対の見解は、おおむね次のようなものです。

 〈政府の見解〉

  • 検察庁法は、国家公務員法(国公法)の特別法である(検察官も一般職の国家公務員)。
  • 特別法に書いていないことは一般法である国公法の規定が適用される。
  • 検察庁法22条には、検察官の定年年齢は書いてあるが、延長については何も書かれていない。
  • そもそも検察官に定年延長がないのはおかしい。
  • したがって、検察官の延長については、その規定がある国公法が適用される。

 〈反対の見解〉

  • 検察庁法の性格と趣旨に照らせば、退官年齢を規定する検察庁法22条は、「定年延長を認めない」と解するのが当然の解釈であり、かつての政府の解釈もそうであった。
  • 国公法81条の3第1項は、「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」と規定しており、一般国家公務員の定年延長は、(検察官には適用されない)国公法81条の2の規定によって退職する者についてのみ適用されると解釈するのが自然な解釈だ。
  • 国公法82条3項は、「(当該職員の)退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」場合に延長を認めているが、「検察官一体の原則」(検察官は検事総長を頂点とする全国的に統一的階層的な組織の中で上命下服の関係で一体として検察事務を行うという原則)からは、そのような事態が生じることはそもそも想定されていない。

 さて、いずれの見解(解釈)が正しいのでしょうか。

■後法優先原理と特別法優先原理

 現在、日本には約1万ほどの法令が有効なルールとして機能しています。これらのルールは、憲法を頂点として、その下に法律(議会が制定する法規範)、命令(行政機関が制定する法規範)、規則などが壮大な法秩序のピラミッドを形成し、憲法に反する法的ルールは無効とされています。これらのルールには、日本という国を形づくる基本的な法的ルールとして、矛盾のない全体的な統一性が要求されます。

 しかし、当然のことながら、それぞれの条文には、その法律が制定された時々の社会的、経済的、政治的な状況が反映されていますし(中には太政官布告のように明治時代に作られたものもあります)、なによりも条文は「言葉」で作られていますので、不明確な内容の条文や法律間で一見矛盾、抵触するような条文も存在します。

 そして、これらの矛盾を解消し、法令に全体的な統一性を与えるために、さまざまな法解釈の技術が用いられています。中でも最も重要なものが「後法優先」と「特別法優先」とよばれる原理です。

(1) 後法優先原理

 これは、たとえばA法がまず制定され、あとから同種の内容をもつB法が制定されたとして、この2つの法律の内容が相互に矛盾、抵触している場合には、時間的にあとから制定されたB法が矛盾するA法の内容を否定して、A法に優越するという原理です。「後法は前法を破る」と表現されることもあります。

 後法優先原理は、憲法に書かれているというものではなく、法というものの本質から生じる当然の原理です。つまり、法はそのときどきの社会的、経済的、政治的要請によって作られるものですから、その基盤となった状況が変わり、新たな法が制定されれば、前法が否定されるのは当然のことであり、かりにA法の中に「この法律はすべての法律に優先する」という条文があったとしても、それはA法が存在していた当時の他の法律に対して主張できるのであって、後から制定されたB法に対してはその主張は無効なわけです。

 ただ、法律によっては、後法優先原理では解決できない場合もあります。

 たとえば、地方公務員である教育公務員を中心にして地方公務員法(地公法)の特例を定めた〈教育公務員特例法〉という法律があります。今後、地方公務員法が改正されたとしたら、この改正に矛盾する教育公務員特例法がただちに無効になるかといえば、そうではありません。なぜなら、教育公務員特例法は、地方公務員に関する一般的ルールである地公法から教育公務員を抜き出して、特別なルールを設定した法律(特別法)だからです。地公法の改正規定に、教育公務員特例法を廃止や改正するという趣旨の規定が存在しない限り、教育公務員特例法は地公法が後法であっても優先すると解釈されます。

 こうして後法優先原理の例外として次の特別法優先原理が登場することになります。

 なお、法令の制定や改正においては、既存の法令の内容を精査して、矛盾抵触する箇所があれば廃止や改正が行われますので、この後法優先原理が問題になる場面は実際上はほとんどありません。

(2) 特別法優先原理

 一般的なルールが存在し、その中で特別なケース、対象、場所などを抜き出して、それらについてだけ適用されるルールが設定される場合があります。一般的なルールを〈一般法〉、特別なルールを〈特別法〉とよびます。

 たとえば、刑法と少年法は〈一般法〉と〈特別法〉の関係にあり、犯罪を犯した者が少年である場合には〈特別法〉としての少年法が適用されます。一般人の取引を定めるのは民法であり、民法は商事を定めた〈特別法〉である商法に対して〈一般法〉の関係に立ちます。しかし、この関係は相対的であって、会社法は商法の〈特別法〉であり、商法は会社法に対して〈一般法〉となります。

 特別法は、一般法の中から特定の事項を抜き出して新たなルールを設定したわけですから、一般法に優先して適用されます。これは、特別法の特例という性質上当然のことです。そして、一般法と特別法の関係にある法令の間においては、どちらが後法であり、どちらが前法であるかに関係なく、つまり、後法優先原理よりも特別法優先原理が優越して働くことになります。

 ただ、実際上は法律関係が入り組んできたりすると、特別法優先原理と後法優先原理のどちらを適用すべきか解釈が分かれるような場面もあります。

 そのような場合は、それぞれの法令の立法趣旨、目的、条文の書きぶりなどを総合的に判断してどちらの原理を優越的に適用すべきかを判断しなければなりません。一例をあげます。

 昭和22年制定の児童福祉法34条1項6号は、「児童に淫行させる罪」を規定し、最高で10年の懲役を科しています。他方、昭和31年制定の売春防止法7条1項は、「親族関係による影響力を利用して人に売春をさせた者」に最高で3年の懲役を科しています。

 この両者の内容は部分的に重複しており、売防法は児福法に対して後法ですが、児福法の淫行罪の重い刑罰は、(法益についての議論はありますが)児童についての売春を含む淫行強要を処罰する〈特別法〉と解釈すべきであり、〈一般法〉である売防法が制定されたあとでも、前法である〈特別法〉が当然に優越して適用されるべきだと思われます。

 これは後法である〈一般法〉に対して前法である〈特別法〉が優越すると解されるケースですが、事例によっては、後法である〈一般法〉が前法である〈特別法〉に対して、後法優先原理の適用を受ける場合もありえます。もちろん、そのような場合は、解釈上の疑問、混乱を解消するためにも、後法を制定、改正する際に、混乱を解消するために直接前法を必要な範囲で改廃して、「◯◯法の第◯◯条は廃止する。」といったような立法上の配慮を行うべきだということになります。

 そして、検事長の定年延長をめぐる解釈上の疑義、混乱もまさにこの点に原因があります。

■検討

 問題を整理すると、次のように言えるかと思います。

  • まず検察庁法は国公法の特別法で、国公法は、検察庁法に対して一般法で、かつ後法の関係に立っている。
  • 検察庁法が制定された当時、そこに定年に関する規定は存在していたが延長に関する規定は存在していなかった。
  • また、当時国公法には定年や延長に関する規定は存在していなかったが、これが設けられたのは34年後の改正国公法(後法)である。

 ここで検察官に定年延長がないのはおかしいという考えから、後法である国公法の定年延長に関する規定を、後法優先原理に基づいて検察庁法に適用することが可能ではないかと解釈される余地が出てくるわけです。これは、論理としては不可能ではありません。しかし、検察庁法は特別法ですから、上で述べたように、両方の法律の趣旨、目的、規定の仕方などを、形式実質の両面からその正当性を比較検討することが必要となってきます。

 形式的観点からは、改正国公法の議論の過程で、検察官の定年延長についても話題にはなりましたが、検察官については延長はないという政府の解釈、立場は明快でした。そのため、国公法81条の3第1項は、「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」と限定的に規定しており、一般国家公務員の定年延長は、(検察官には適用されない)国公法81条の2の規定によって退職する者についてのみ適用されると解釈するのが自然で無理のない解釈です。

 実質的観点については、下記の郷原信郎弁護士渡辺輝人弁護士山尾志桜里議員がさまざまな角度から十分に検討されています。とくにこれらに追加すべき点はなく、私はこれらの意見に全面的に賛成いたします。

 数十年間、検察官には定年延長はないという解釈で、検察官の人事がなされてきたわけです。もちろん、法の解釈は不変ではなく、時々の状況に応じて変わっていくものです。しかし、数十年間安定的に維持されてきた法の解釈を変更するには、その変更の必要性と正当性を裏付けるだけの十分な合理的根拠が必要なことは改めて言うまでもないことです。

■まとめ

 森雅子法務大臣が述べた黒川検事長の「勤務延長」の理由は、次のような極めて簡単かつ薄いものでした。

「東京高検検察庁の管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため、黒川検事長の検察官としての豊富な経験知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が不可欠であると判断したため、当分の間引き続き東京高検検察庁検事長の職務を遂行させる必要があるため、引き続き勤務させることとした」

 報道によると、事前に「内閣法制局、人事院とも相談し異論はないとの回答を得ている」とのことですが、正直言って驚きを禁じえません。このような極めて軽い、説得性のかけらもない理由で、閣議決定によって数十年の法的安定性を覆すことができるということに、日本という国が足元からグラグラと揺れるような恐怖を感じました。(了)

[時系列での比較]

1947年4月 検察庁法制定

  • 検察庁法22条 検事総長は、年齢が65歳に達した時に、その他の検察官は、年齢が63歳に達した時に退官する。

1947年10月 国家公務員法制定

  • 定年年齢、定年延長の規定、再任用の規定もない。

1981年 一般職公務員に対する定年制度導入の議論始まる。

1981年6月 国家公務員法一部改正

  • 国家公務員法81条の3第1項(定年による退職の特例) 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定(注:定年による退職)により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、・・・その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

【参考文献】

  • 吉田利宏『法律を読む技術・学ぶ技術[第2版]』(2007年4月、ダイヤモンド社)
  • 吉田利宏『新法令用語の常識』(2016年1月、日本評論社)
  • 吉田利宏『法律を読む技術・学ぶ技術[第3版]』(2017年3月、ダイヤモンド社)
  • 吉田利宏『新法令解釈・作成の常識』(2017年4月、日本評論社)
  • 林修三『法令解釈の常識』(1975年7月、日本評論社)

郷原信郎:黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い(2020年2月1日)

渡辺輝人:安倍政権による東京高検検事長の定年延長は違法ではないか(2020年2月3日)

郷原信郎:「検事長定年延長」森法相答弁は説明になっていない(2020年2月4日)

渡辺輝人:東京高検検事長の定年延長はやはり違法(2020年2月14日)

衆議院インターネット審議中継:山尾志桜里(5時間20秒辺りから)2020年2月10日

山尾志桜里:Facebookへの投稿(「検察官の定年延長の違法性」)(2020年2月13日)

朝日新聞:検察官は定年延長「適用されない」 39年前に政府答弁(2020年2月10日)

毎日新聞:「検察官には定年適用せず」と政府が当時答弁、森法相は知らず 高検検事長の定年延長問題(2020年2月10日)

読売新聞:検事長の定年延長、過去の政府見解に矛盾…山尾議員「違法」と指摘 (2020年2月10日)