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東名高速一家死傷事件で〈危険運転致死傷罪〉を認めた判決の疑問点

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■はじめに

 本日(12月14日)、横浜地方裁判所で東名高速一家死傷事件の判決言渡しがあり、裁判所は危険運転致死傷罪の適用を認めました(懲役18年)。

 この事件は、被告人が高速道路で被害者の車両を複数回にわたってあおり、最終的に追い越し車線(第三通行帯)に被害車両を強制的に停止させ、その後、後続するトラックがその車両に追突し、被害者夫婦が死亡し、娘2人が傷害の結果を負ったというものでした。高速道路に強制的に停止させるという行為が、危険運転致死傷罪における「危険運転」に当たるのかどうかが争点になっていました。

 私は、危険運転致死傷罪の適用を認めた判決の理由には問題があると思いますので、その点を以下に述べたいと思います。

■裁判所が認定した事実の概要

 裁判所が認定した事実は、おおむね以下のようなものでした。

 被告人は、被害者(夫)からパーキングエリアで駐車方法について非難されたことに腹を立て、被害者(妻)が運転する車両の通行を妨害する目的で執拗に追いかけ、4回あおり運転を行い、最終的に被害車両の直前に侵入して停止し、被害車両をして第三通行帯に停止することを余儀なくさせ、その後、いったん自己の車両から降りて、被害者(夫)に暴行、脅迫を加え、同車両に戻ろうとしたところ、後続するトラックが被害車両に追突し、被害者夫婦を死亡させ、被害車両に乗っていた娘2名に傷害を負わせた。

■判決の要旨(横浜地裁平成30年12月14日判決)

直前停止行為が条文にいう「危険運転」かどうか

  1. 条文では、自動車を進行させていることが前提となっており、そこに停止(時速0km)までが含まれると解釈することは、法律が「速度」という要件を規定していることから無理があり、直前停止行為も「危険運転」であるとの検察官の主張は採用できない(直前停止行為は「危険運転」ではない)。
  2. ただし、直前の4度の〈あおり運転〉は危険運転致死傷罪の実行行為にあたる。

因果関係について

  1. 被告人は、被害者(夫)に文句を言いたいとの一貫した意思のもとで、4度の妨害運転(あおり運転)を行い、4度目の妨害運転後に減速して自車を停止させた行為や、さらに被告人と被害者の両車両が停止した後の被害者(夫)に対する暴行や脅迫も、妨害運転行為開始当初からの一貫した意思に基づくものであり、妨害運転行為と密接に関連する行為である。
  2. 被告人が被害車両を停止させた場所は、高速道路の第三通行帯であり、いったん事故が発生した場合には被害者らの生命身体に対する危険性は極めて高かったといえる。
  3. 本件事故は、被害車両を停止させてから2分後、暴行を加えるなどした後に、被告人が自車に戻る際に発生したものであり、大きな事故が起こる可能性は何ら解消していない状況下のものであった。
  4. 以上によれば、本件事故は、被告人の4度の妨害運転ならびにこれと密接に関連した被告人車両および被害車両の停止、被害者(夫)に対する暴行等に誘発されて生じたものといえるから、被害者らの死傷結果は被告人が被害車両に対し妨害運転に及んだことによって生じた事故発生の危険性が現実化したにすぎず、被告人の妨害運転と被害者らの死傷結果との間の因果関係は認められる。
  5. 以上より、危険運転致死傷罪は成立する。

■コメント

 たとえば、徹夜明けの極度に疲れた睡眠不足の状態での運転とか、スマホのゲームをしながらの運転やメールを読みながらの運転など、緊張感を欠き、ひとつ間違えば大事故になるような危険な運転行為はたくさんあります。しかし、自動車運転死傷行為処罰法はそれらを一括して〈危険運転〉として処罰しているのではなく、とくに6つの〈危険運転〉を取り上げ、「危険運転行為」として類型化し、そのような行為から死傷の結果が生じた場合を「危険運転致死傷罪」として、最高7年の懲役である過失運転致死傷罪よりも重く処罰しています(最高20年の懲役)。つまり、どんなに危険な運転であっても、「危険運転」の類型に当てはまらないならば、「危険運転致死傷罪」として処罰することはできません

 本件では、妨害目的で被害車両の直前に侵入し、被害車両を(高速道路という危険な場所で)強制的に停止させる行為が、「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」(第2条4号)に該当するかどうかが問題になりました。

 そして、裁判所は、法律が「速度」と書いている点を強調して厳格に解釈し、(時速0kmの)直前停止行為も「危険運転」であるとの検察官の主張を排斥しました。この点は、道路交通法が「運転」という言葉と「停車」という言葉を区別して使っているので(道交法2条1項17号および19号)、妥当な解釈ではないかと思います。

 ただし、直前の「あおり運転」は「危険運転」であることは間違いなく、直前停止はこのあおり運転と、同一機会、同一意思に出た行為だから(その後の暴行を含めて)、全体が一個の「危険運転」だと判断したわけです。

 しかし、このような裁判所の考え方については、次の点において疑問があります。

 まず、被告が強制停止までに行った4度のあおり運転は間違いなく非常に危険な行為であり、これが「危険運転」と評価されるべきであることについては異論はありません。しかし、実際には、このあおり運転に内在する危険性が死傷の結果に現実化したわけではありません。

 というのも、被害車両を運転していた被害者(妻)は、被告人にあおられる中で、たいへんな恐怖と闘ってハンドルを握り、必死になって車を制御し、その結果、なんとか奇跡的に事故を回避することに成功しています。つまり、危険運転致死傷罪は、(法律がとくに危険だとして類型化している)「危険運転」に内在している危険性が現実化したことを根拠に、通常の過失運転致死傷罪よりも重く処罰しているのですが、あおり運転という危険運転に内在する危険性が、本件では、被害者の必死の努力によっていったんは消滅しているのです。

 そして、その後に行われた被告人の強制停止行為が死傷の結果につながっているのですが、裁判所は、この強制停止じたいは法にいう「危険運転」ではないと断言しながらも、その危険性は肯定し、強制停止させた後の危険な状況が解消されないまま死傷の結果が生じたとしています。

 裁判所は、これらの行為を全体として一個のものと評価し、全体が死傷の結果と因果関係があるとしているのですが、そうだとすると、危険が消滅した「危険運転」(あおり運転)が、危険を生じさせた「危険運転」でない(!)強制停止行為を取り込んで、全体が「危険運転」となるとしていることになり、論理がどうも上手く繋がりません。

 そこで私は、監禁致死傷罪の適用が妥当ではないかと思っているのですが、これについては、下記の別稿で説明していますので、その理由についてはそちらを参照していただければと思います。あえて補足すれば、現在は「監禁」という概念はかなり広がっているので、本件では上のような無理をしないでも、十分に監禁致死傷罪として処罰できたのではないかと思います。

 なお、本判決の影響は予想以上に大きいものがあると思います。

 たとえば、本件のようなあおり運転から強制停止という危険な行為は、何も高速道路に限ったことではなく、一般道でも起こりうることです。たとえば、一般道で被害者の車をあおり、見通しの悪いカーブなどに強制的に停止させ、後続車がこれに追突したような場合、従来はおそらく過失運転致死傷罪(最高7年の懲役)で処罰されていたと思いますが、今後は、危険運転致死傷罪として一挙に最高20年までの懲役で処罰される可能性がでてきました。もちろん、悪質で危険な運転者に対する厳しい処罰は社会的に求められるところでしょうが、そのような実務の重大な変更は、法の解釈ではなく、立法によって行うべきではないかと思います。

 法を改正して、たとえば「危険な場所への強制停止行為」を、危険運転の新たな類型として処罰の対象とすべきではないでしょうか。

 最後に蛇足ですが、本件では事実認定についてはほとんど争われておらず、もっぱら法の解釈が問題となりました。このような専門的な議論が裁判員裁判に馴染むのかも、将来の検討課題ではないかと思います。(了)

【参考】

 次の拙稿も合わせてお読みいただければ幸いです。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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