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〈東名高速一家死傷事故〉どのような犯罪が成立するのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
朝日新聞2017年10月9日の記事より

■はじめに■

 東名高速で起こった悲惨な事故、事件の詳細はマスコミ報道から推測するしかありませんが、おおむね次のような事実であったと思われます。

 今年の6月9日の夜9時頃、神奈川県大井町の東名高速で、追い越し車線に停まっていたワゴン車が大型トラックに追突され、夫婦が死亡、娘2人がけがをした事故があった。ワゴン車の前には、逮捕された容疑者が運転していた別の車が停車しており、ワゴン車は追突された衝撃で前の車の先に弾き飛ばされた。その後の調べで、直前の休憩所で容疑者がワゴン車の進路を塞ぐように車を停めていたところから、被害者が注意したところ、逆恨みされ、高速道路上を追いかけ、後方から接近し、前方に割り込み、進路妨害を繰り返したすえ、減速してワゴン車を追い越し車線に停車させたことが判明。容疑者が車から出て、死亡した夫に暴行を加えた直後に、後方から走ってきたトラックがワゴン車に追突した。

 以上のような事実について、警察は容疑者を過失運転致死傷罪(7年以下の懲役または禁錮もしくは100万円以下の罰金)で逮捕しました。ワゴン車の前で減速し、ワゴン車を「高速道路の追い越し車線上で停車させた行為」を「過失」と評価したのだと思われます。

 このような警察の逮捕罪名については、危険運転致死傷罪を適用すべきであるとか、殺人の故意があるのではないかなど、ネットでさまざまな意見が飛び交っています。

 そこで、この事故(あるいは事件)について、罰則の適用はどうなるのかということを法律家の立場から考えてみたいと思います。

■過失運転致死傷罪■

 まず、今回の逮捕容疑である過失運転致死傷罪です。

 過失とは、危険な行為を行う際には、精神を緊張させ十分に注意をして行うべきですが、それをうっかりと「危険でない」と判断したり、あるいは注意散漫になって、人の死傷などの違法な結果を発生させてしまったような場合です。わき見運転による死傷事故などがその典型例です。

 今回のケースで言えば、高速道路の追い越し車線という、非常に危険な場所であるにもかかわらず、不用意にワゴン車を停車させたということが過失に当たると判断されたものだと思います。

 このようなケースについては、すでに最高裁の判例(最高裁平成16年10月19日決定)があります(事案はかなり複雑ですので一番下の【参考図】を参照していただければと思います)。

 単純化していえば、被告人(X)が、Aの運転態度に立腹し、Aに謝罪させるため、夜明け前の暗い高速道路上に自車およびA車を停止させ、Aに暴行を加えたが、さらにこれにいくつかの過失行為が重なり、これらが結果的に死亡事故につながったというものです。最高裁は、この被告人の行為は、〈それ自体において後続車両の追突等による人身事故につながる重大な危険性を有していたというべきであり、他人の行動等が介在して事故が発生したものではあるが、それらは被告人の上記過失行為およびこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであるといえ、被告人の過失行為と被害者らの死傷との間には因果関係がある〉と判断しました。

 本件は、この最高裁判例が参考にされたのだろうと思います。ただ、過失運転致死傷罪ということは、被害車両の前に回って減速し、停車させるという行為だけが問題にされているわけですが、本件の場合は、被害車両を停車させるまでに、かなり執拗で危険な妨害運転がなされていたようですので、この妨害運転が評価されていない点で不満が残ります。そこで、次の危険運転致死傷罪の適用が問題となってきます。

■危険運転致死傷罪■

 危険運転致死傷罪とは、酩酊運転や未熟運転などの自動車の危険な運転によって人を死傷させた際に適用される犯罪類型で、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(いわゆる自動車運転死傷行為処罰法)の第2条および第3条に細かく規定されています。本件は、同法第2条4号の妨害運転(「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」)に該当します(罰則は、被害者を負傷させた場合は15年以下の懲役、死亡させた場合は1年以上の有期懲役[20年])。

 本件では、危険な妨害運転の後で被害者の死傷が生じていますので、致死の点についてまで責任を問えるのかが問題になります。

 致死の点について責任を問うためには、妨害運転と死の結果との間に因果関係が認められることが必要です。ただこの因果関係は、ドミノ倒しのように単純に物理的につながっているということではなく、あくまでも妨害運転に内在する危険性が死亡の結果という形で現実化したことが必要です。そうでないと、責任が無限に広がる可能性がでてくるからです。たとえば、危険な運転はしていたが、脇道から突然飛び出してきた人を轢(ひ)いてしまったような場合、その結果は危険運転が招いたものとはいえない可能性があり、通常の交通事故として考えることになります。

 本件でも、容疑者がワゴン車の直前に進入し、進路を妨害し、減速するまでは典型的な危険運転と評価できますが、容疑者はその後、被害車両を強制的に停車させ、車を降り、ワゴン車のところまで歩いて行っています。そして、危険運転が終了したと評価される直後に後続のトラックが追突していますので、その事故は危険運転に内在していた危険が現実化したとは言えないのではないかという疑いがあります。たとえば、容疑者が急に割り込んで被害者が思わず急ブレーキをかけて、そこにトラックが追突したといったような場合ならば危険運転致死罪の適用は可能でしょう。

 このような理由から、危険運転致死罪の適用は難しいのではないかと思います。

 なお、付言しますと、上記のように、自動車運転死傷行為処罰法第2条4号は、危険運転として、妨害目的での〈直前進入〉、同〈接近〉、同〈危険速度運転〉の3つの類型を規定していますが、「減速」が場合によっては〈危険速度運転〉に当たるとしても、本件のような〈強制停車〉は想定されていなかったのだと思います。今回のようなケースは、立法者の想定外の行為ではなかったかと思われるのです(この点で、本法は改正の余地があるように思います)。

■殺人罪■

 高速道路の追い越し車線は、時速100kmを超えるスピードで車が走行することも珍しくはありませんから、あのような場所に停車させるということは、当然、事故になった場合は人が死ぬかもしれないと思っていたはずであり、殺人罪が適用されてもよい、という意見があります。

 確かに、それはそうなのですが、殺人の故意が認められるためには、犯人が、〈自分の行為が被害者を死なせる可能性がある〉という認識の他に、少なくとも〈そのような結果が発生しても構わない〉という心理状態(認容[にんよう])にあったことが必要です(両者を合わせて「殺意」と呼ぶこともあります)。実際には、自分の行為が相手の死亡につながる可能性のある危険なものだと認識していても、相手の死を受容していない場合には、その受容がたんなる願望であれば別ですが、殺人罪の成立に必要な〈殺人の故意(殺意)〉があったとはいえません。

 本件の場合、容疑者は、ワゴン車の前に停めた自分の車から降りて、ワゴン車のところまで歩いて行っています。彼には、そのようなところに停車させるのは危険だという認識は当然あったでしょう。しかし、被害者の死までは認容していたとはいえません。なぜなら、彼も同じ場所に立っていたからです。被害者の死を認容していたならば、自分が死ぬことも認容していたということになり、それはありえないからです。こうして、私は、容疑者に殺人の故意(殺意)を認めることはできないと思います。

■結語■ ―監禁致死罪の可能性ー

 では、本件の容疑者に対する適用罪名としては、過失運転致死傷罪(最高で7年の懲役)しかないのでしょうか。

 実はもう一つの可能性があるのです。

 それは、監禁致死罪(刑法221条)です。

 〈監禁〉と言われると驚かれるかもしれません。実は、憲法学者として有名な棟居快行(むねすえ・としゆき)専修大学教授と本件について話をしていたときに、棟居教授が「監禁致死になるのではないか」と言われ、私もその発想に意表を突かれる思いがしました。改めて考えてみると、〈監禁致死〉という罰則の適用も可能であり、本件ではこの解決がもっとも無理がないのではないかと思えてきたのでした。

 まず、〈監禁〉とは、人を一定の場所に拘束して、その行動の自由を奪うことです。その〈場所〉は、普通は(壁などで)物理的に区切られた空間を意味しますが、必ずしもそれに限られるものではなく、一定の〈区域〉からの脱出を不可能か、あるいは著しく困難にすれば監禁罪が適用されます。判例では、バイクを疾走させ荷台から降りられなくする行為や、円陣やスクラムを組んで脱出できなくした行為などに監禁罪を適用したものがあります。

 では、本件ではどうでしょうか。

 被害者は、ワゴン車を高速道路の追い越し車線に無理やり停車させられ、前には容疑者の車が停まっていて、車でその場から脱出することは当時の状況からかなり困難です。かといって、被害者夫婦は娘2人を連れて、あの場から走って逃げることもできません。あの状況下では、危険な区域に留まらざるをえない状況にあったと言えます。上のような〈監禁〉の定義から言えば、まさに被害者一家は容疑者によって〈あの場所に監禁されていた〉と言えるのではないでしょうか。

 そして、この〈監禁〉から結果的に死亡の結果が生じています。これもこのような〈監禁行為〉に内在する危険性が現実化したと言えます。つまり、あのような場所に被害者を留め置くことはいつ大惨事が起こってもおかしくはないわけですから、そのような危険性がトラックの追突によって現実化したといえると思います。

 なお、これに参考になる事案としては、最高裁平成18年3月27日決定があります。事案は、被告人が被害者を車のトランクに監禁したまま路上に停車していたところ、そこに自動車が追突して被害者が死亡したというものでした。

 最高裁は、この事案について、「被害者の死亡原因が直接的には追突事故を起こした第三者の甚だしい過失行為にあるとしても、道路上で停車中の普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を監禁した本件監禁行為と被害者の死亡との聞の因果関係を肯定することができる」としています。

 本件でも、追突したトラック運転手の過失が認められるかもしれません(直前に回避したトラックがあった)。しかし、第三者の過失が介在した場合であっても、監禁行為に内在する危険性(本件では、大惨事になる可能性)が現実化したと言えるならば、監禁致死の責任を問うことは不合理なことではないのです。

 以上のように考えますと、本件においても、監禁致死罪を適用することは十分に可能であり、しかも、私はこれが現行法の解釈を前提とする限りもっとも妥当な解決であるように思います。なお、監禁致死罪が成立した場合、法定刑は最高20年までの懲役となります。(了)

〈追記〉

 本件について、主としてFacebookで多くの専門家と議論することができました。その過程で、私の考えもまとまっていきました。議論に付き合っていただいた先生方、そして棟居先生に、この場を借りてお礼申し上げます。

〈追記〉

 本件については法律家の間でも見解が分かれています。

 壇俊光弁護士の見解「高速の追い越し車線で停車させたら何罪なのか

【参考図】(最高裁平成16年10月19日決定の事案)

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*2017年10月14日 本文に一部加筆(論旨に変更はありません)

*2017年10月15日 壇弁護士から最高裁判例の日付の間違いを指摘していただきましたので、訂正しました。

*次の拙稿も合わせてお読みいただければと思います。

高速での〈あおり運転〉に暴行罪が適用される理由

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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