〈東名高速あおり運転死傷事件〉法律問題を改めて考えてみる

写真は本文とは関係ありません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

■はじめに

 昨日から、〈東名高速あおり運転事件〉の裁判員裁判が始まっています。この事件の概要は次のようなものでした。

 被告人が、2018年6月5日夜、東名高速下り線パーキングエリアで被害者家族の夫から駐車方法を注意されて立腹し、一家4人が乗った車を乗用車で執拗に追跡し、幅寄せや被害者車両の進路に割り込んで減速するなどの「あおり運転」で行く手を塞ぎ、中央分離帯そばの追い越し車線に強制的に停車させ、その後、後続のトラックが追突事故を引き起こし、被害家族夫婦を死亡させ、同乗の娘2人に傷害を負わせた。

 裁判では、被告人は事実関係について基本的に認めているようですが、検察側と弁護側の法律解釈については真っ向から対立しています。そこで、問題となっている法律の解釈について、改めて考えてみたいと思います。

■被告人を〈危険運転致死傷罪〉に問えるのか

*強制停車行為は「危険運転」か

 危険運転致死傷罪とは、平成25年に制定された「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」によって設けられた犯罪であって、自動車の悪質・危険な運転行為のうち、重大な死傷の結果を生じさせる可能性のあるものを類型化し、この基本行為から行為者の予期しなかった重い死傷の結果が生じたことにより成立する犯罪です。

 法律によって類型化されている危険運転行為は、次の6種類です(第2条)。

  1. アルコール等によって正常な運転が困難な状況下での運転
  2. 制御困難な高速度での運転
  3. 制御する技能のない運転
  4. 人や車の通行妨害目的での直前侵入や接近を行い、かつ重大な危険を生じさせる速度での運転
  5. 信号を殊更に無視し、重大な危険を生じさせる速度での運転
  6. 通行禁止道路を進行し、重大な交通の危険を生じさせる速度での運転

 今回問題になるのは、とくに4番目の妨害目的での直前侵入運転ですが、本来この類型では、被害車両の直前に無理に割り込むことによって、被害者が運転操作を誤り、それが事故に直結したといったような場合が想定されています。今回のケースのように、いったん停車させ、その後、別の後続車が(過失で)追突したようなケースについては、そもそも想定されていなかったケースだといえます。

 確かに条文では、「重大な交通の危険を生じさせる速度」での運転行為を処罰しており、「妨害目的」で行われることが必要ですから、急ブレーキなどの「(急な)減速」もこの「速度」の中には含まれると思いますが、道路交通法では「運転」という言葉と「停車」という言葉が区別して使われているので(道交法2条1項17号および19号)、「速度ゼロ」の停車がこれに当てはまるかといえば難しいのではないでしょうか。もちろん、急停車し、引き続いて後続車がハンドル操作を誤って死傷事故が生じたといったような場合は、危険運転致死傷罪が成立しますが、本件のように、停止させた後に若干の時間的経過があり(本件では2~3分後)、後続車が追突したといったような場合に同罪が適用されるとすれば、かなりの拡大解釈になるのではないかと思います。

*途中で繰り返された「あおり運転」は全体として一個の「危険運転」であって、そこから死傷事故が誘発されたから因果関係もあるのではないのか

 検察側の主張としては、強制停車までに危険な〈あおり運転〉が繰り返されており、これら複数の危険運転は一連の一個の〈危険運転〉と見ることができ、しかも、その〈危険運転〉と最終的な死亡事故との間にはトラック運転手の(過失)運転行為が介在しているが、〈危険運転〉が死亡事故を引き起こした(誘発した)と考えられるので因果関係も認められる、というものだろうと思います。

 確かに、エンジンの始動から停車までが「運転」であって、その運転中にいくつかの危険運転行為がなされているならば、たとえば被害者を何発も殴っても法的には一個の暴行(あとは情状の問題)と評価されるように、同一機会における同一の意思から出た危険運転として、全体が一個の危険運転と見るべきだという主張も理解できます。

 しかし、因果関係というのは、行為に内在している危険性が具体的に顕在化したのかどうかという判断です(危険の現実化という判断)。

 以前の裁判所は、ドミノ倒しのように、単なる物理的な力が連鎖的に作用して犯罪的な結果に至れば因果関係が認められるとしていましたが、最近は、因果関係を限定的にとらえ、問題となっている行為に内在している危険性が実際に重大な結果に現実化したのかどうかを検討するようになっています。本件では、被告人が被害車両を強制的に停車させた後に車から降りて被害者に対して暴行や脅迫行為を行っているところから、運転行為は客観的に終了しているのではないかが議論になります。「減速・停車・事故」という経過が、短時間のうちに間断なく連続して起こったような場合は、危険運転に内在している危険性が致死傷の結果に具体的に実現したといえますが、本件の場合には2~3分という時間が経過し、しかも停車と事故との間に被告人の暴行・脅迫行為が介在していますので、危険運転に内在する危険性が現実化したといえるのかどうか疑問だと思います。

■監禁致死傷罪の可能性

*そもそも監禁とは

 監禁とは、本来は部屋や倉庫など、一定の空間に被害者を閉じ込めて行動の自由を奪う犯罪です。しかし、裁判実務では、監禁の概念が徐々に広げられてきており、たとえばバイクの荷台に被害者を乗せて疾走し、被害者が逃げられなくした事案で監禁罪が認められており、被害者を必ずしも一定の「囲い場所」に閉じ込めることは必要ではなく、一定の区域・場所からの脱出を不可能あるいは著しく困難にして、被害者の行動の自由を奪うことであるとされています。

 現実の事例ではありませんが、説明のための事例として、たとえば露天風呂に入っている女性の服を持ち去って、露天風呂から出られなくするような場合も監禁であると説明する学説もあり、これを支持する学者も少なくありません。

 このような判例や学説における「監禁」の定義から判断すれば、本件では、被告人は、高速道路の追い越し車線という非常に危険な場所に被害車両を停車させ、被害者家族をそこから動けなくしているわけですから、「監禁」行為と評価することは必ずしも不当だということにはならないと思われます。

*監禁の故意はあったのか

 本件では、被告人に「監禁」の故意はあったのかということも問題になっています。

 まず、故意とは、(自分が犯そうとしている)犯罪事実の認識・認容のことです。その際、自分が犯そうとしている行為を刑法的な専門的概念で認識する必要はありません。たとえば、自分が所持している物は「覚醒剤」ではなく、たえば「シャブだ」と認識していても、覚醒剤所持罪の故意は肯定されます。この点の誤認は、違法な事実そのものを認識している限り、故意が否定されることはありません。

 本件の被告人は、被害車両をきわめて危険な高速道路の第三通行帯に強制的に停車させ、被害者家族をその場から動けなくしているという、その事実は認識しています。このような被告人の行為が刑法第220条の「監禁行為」と評価されるならば、被告人はそれとまったく同一の違法な事実を認識していたことになりますので、監禁罪の故意はあったということになります。

*拘束時間が2~3分という短い時間だった点は影響するのか

 弁護側は、拘束の時間が短いので監禁には当たらないと主張しているようです。確かに、拘束時間が短時間であるならばそもそも「監禁」とはいえません。しかし、本件のように被害者に死傷の結果が生じている場合、監禁の手段から致死傷が生じたならば監禁致死傷罪が成立します(判例)ので、元の行為が「監禁行為」だとされるならば、これも大きな問題ではありません。

 たとえば、被害者をだまして監禁しようとして車に乗せて走り出した瞬間に、被害者がだまされたことに気づいて自らドアを開けて逃げ出し、転んでケガをしたような場合も監禁致傷罪が成立します(死亡すれば監禁致死)。監禁時間が短いからという理由ならば、この事例は無罪になってしまいます。

*他人(トラック運転手)の行為によって死傷の結果が生じている点は

 判例では、被害者を車のトランクに閉じ込めて、その車を道端に停車させていたところ、後続車の運転手が過失によって追突し、トランクの中の被害者が死亡したという事案があり、最高裁は監禁致死罪を認めています。この判例も、本件の判断においては参考になるでしょう。

■まとめ

 以上、危険運転致死傷罪と監禁致死傷罪という、法廷で議論になっている2つの犯罪について、検察側と弁護側での解釈の相違について解説しました。判決は、今月14日に言い渡されますが、裁判所がどのような解釈に立って判決を下すのか、大変興味があります。

 また、本件のような高速道路での「強制停車」がきわめて危険な運転行為であることは間違いありませんが、現行法ではこれが「危険運転」として明確に類型化されていませんので、今後、このような行為を類型化し、法改正につなげるかは当然議論になるでしょう。(了)

【参考】

 次の拙稿も合わせてお読みいただければ幸いです。