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『アストリッドとラファエル』の静かなヒット──3つの魅力を持つ「方位磁石と指ぬき」のバディドラマ

松谷創一郎ジャーナリスト
フランス・テレビジョン、オフィシャルサイトより。

最上級のクオリティ

 NHKで放送されていたフランスのドラマ『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』(日曜23時)が、昨日シーズン4の最終回を終えた。

 刑事のラファエルと犯罪資料局の文書係だったアストリッドが力を合わせて事件を解決するこのドラマは、ミステリーという広い間口だけでなく、ふたりの関係性や成長、そして現代フランス社会の描写など、多層的な魅力にあふれた作品だ。大きな話題とはならなかったが、そのクオリティは間違いなく最上級の水準だった。

 本国では、公共放送のフランス2で2019年にパイロット版が公開され、2020年から2023年までで4シーズンが放送された。NHKは2022年にシーズン1を放送し、1年半でここまでの32話の放送を終えた。短期間で一気にやったのは、おそらく評判がとても良かったからだろう。

 日本では馴染みのないフランスのドラマが、ここまで人気を得たことにはそれ相応の理由がある。その魅力はどこにあったのか。

ラファエルの突破力とアストリッドの洞察力

 『アストリッドとラファエル』は基本的に一話完結のドラマだ。描かれるのはほとんどが殺人事件だ。

 事件を捜査する刑事のラファエル・コスト(ローラ・ドヴェール)は、直情的な性格でときには無茶な行動もする体育会系だ。銃を構えて強制捜査に入ることも珍しくない。シーズン1の最終話では実際に発砲し、シーズン2の最終話では自らが被弾してしまう。

 そんなラファエルが頼るアストリッド・ニールセン(サラ・モーテンセン)は、もともと犯罪資料室の文書係だった。自閉症スペクトラムの彼女は、他人とのコミュニケーションが苦手で、常に規則的な行動をし騒音を苦手とする。ただしその頭の中には、過去に整理した資料が克明に記憶されており、天才的な分析力を発揮する。

 こうしたラファエルの突破力とアストリッドの洞察力が掛け合わさって、事件は解決に向かっていくのが各話の展開だ。

 そうした対照的なふたりの関係は、ミステリーにおいては定番と言えるものだ。『シャーロック・ホームズ』のホームズとワトソン、『相棒』の杉下右京と亀山薫、『ガリレオ』の湯川学と内海薫等々、非常にオーソドックスなバディ作品だ。そのふたりが女性であることも、海外ではもはや珍しいことではない。

犯罪の背後に見えるフランス社会

 このドラマの魅力は、おもに3つにまとめられるだろう。ミステリーのおもしろさ、現代フランス社会の描写、主人公ふたりの変化だ。

 まずミステリーの側面だが、描かれる事件現場として密室の設定もあり、全般的に古典的な性質をしばしば帯びている。それはアガサ・クリスティにも通じる質とも言えるだろう。

 しかし、古典的なミステリーを現代で成立させるのは簡単ではない。監視カメラ、スマートフォン、インターネット等々、19世紀には存在しなかった多くのテクノロジーは古典ミステリーのハードルを上げた。現代は「密室犯罪」が成立するのが非常に困難な時代だ。

 だがこのドラマはあえてそうしたチャレンジを幾度も見せた。むしろ監視カメラの操作などテクノロジーを巧みに使って、古典的なトリックを成立させているケースも見られた。

 そして、こうして描かれる事件は個人的な怨恨だけでは片付けられないものも目立つ。その背景には、しばしば複雑な現代フランス社会が浮かび上がった。急進的なフェミニスト、陰謀論者、移民等々。事件はそうした彼らの「正義」にも起因した。正義の濫用がネットにとどまらず、現実世界の犯罪に結びつくのは極めてSNS時代の現代らしい。

 古典的なミステリーの背後に、こうした現代特有の社会問題が潜んでいるギャップもこの作品の大きな魅力だ。ミステリーとしての広い間口の先には、現代社会のシビアな出口が待っているからだ。

「指ぬきには方位磁石が必要」

 そしてなによりこのドラマを4年間支えてきたのは、タイトルでもある主人公ふたりにある。彼女たちは、親友としての信頼関係を徐々に深めていくのと同時に、個々も成長していく。

 アストリッドは、日本版のタイトルにもあるように犯罪資料局の記録係だ。しかしラファエルに頼られて捜査に参加するようになり、シーズン3では警察学校に通い、シーズン4からは正式な司法警察員として捜査に加わる。

 同時に彼女は、定期的に行く日用品店の店員である日本人のテツオ・タナカと徐々に距離を縮めていく。他者への共感がとても苦手で、かつひとと物理的に触れ合うことが苦手な彼女にとって、簡単には恋愛関係には発展しない。しかし、徐々にアストリッドもテツオを意識するようになり、昨日のシーズン4最終話では大きな進展が示唆された。

 一方ラファエルは、中学生の子を持つシングルマザーだ。シーズン2ではむかしの恋人で検事との関係が復活したものの、シーズン3では同僚のニコラへ思いを寄せている。今回のシーズン4では、新たに登場したノラとニコラの関係を見て嫉妬するものの、ノラはニコラとラファエルが両思いであることを見抜いている。昨日のシーズン4最終話では、あっさりと大きな進展が描かれた。

 そしてこうしたふたりの関係性は、お互いに贈り合うプレゼントで見事に表現された。

 シーズン1の後半で、アストリッドはラファエルに誕生日プレゼントを贈る。それは裁縫のときに使う指ぬきだった。針作業をするときに指を傷つけないようにする道具だ。

 アストリッドは言う。「あなたは私の指ぬき」。彼女にとってラファエルは守護者であるということだ。

 一方ラファエルは、シーズン2の後半でアストリッドに誕生日プレゼントを贈る。それは方位磁石(コンパス)だった。曰く「指ぬきには方位磁石が必要」。ラファエルにとってのアストリッドは、道に迷ったときに導いてくれる存在であることを意味している。

 方位磁石と指ぬき──アストリッドのラファエルの関係を表す、なんともエスプリの効いた表現だ。こうした文化的なインテリジェンスもこの作品を静かに支えてきた。

シーズン5は来年放送か

 一般的にこの作品は、アストリッドの特徴で強く注目されるところもあるのだろう。天才的能力を持つ自閉症スペクトラムを主人公とした作品は、アメリカや日本でリメイクされた韓国ドラマ『グッド・ドクター』や、最近では一昨年世界的に大ヒットした韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』などが知られる。日本でも2012年に中居正広主演の『ATARU』がヒットし、現在も日本テレビで『厨房のありす』が放送中だ。

 ただやはり『アストリッドとラファエル』の魅力は、ミステリーのおもしろさや現代フランス社会の描写、主人公ふたりの変化などの要素が、細部にまで高い水準で完成していることにある。もちろん、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』と同様にアストリッドの特性を理解して周囲がちゃんと受け入れる豊かな社会関係性もあるが。

 少し残念なのは、今回のシーズン4は昨年に本国で放送されたばかりなので、未放送分がなくなってしまったことだ。シーズン5も撮影に入っているようなので、次回の日本での放送はおそらく来年まで待つことになる。

 次のシーズンでアストリッドとラファエルはどのような姿を見せるのか──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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