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『ミステリと言う勿れ』が示した2022年・地上波ドラマの最適解──視聴者を掴んだ“二段構え”

松谷創一郎ジャーナリスト
GYAO!より。

「シーズン1終了」な結末

 3月28日に最終回を迎えた、菅田将暉主演のドラマ『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ/月曜21時)。当初から高く評価されたこの作品は、続編への含みを強く残して幕を閉じた。あの終わり方は、全12話の「シーズン1終了」を意味するのだろう。

 とてもセリフが多いドラマだったという印象だ。警察の取調室や洋館、新幹線の車内など閉鎖的な空間のシーンも目立った。狭い空間で、主人公の大学生・久能整(くのうととのう)が滔々と話すシーンが多い。原作マンガの作者・田村由美は「舞台劇のようなイメージ」(1巻/2018年/小学館)でこの作品を始めたそうだが、たしかにそういう趣もある。

 物語の軸は、この整による語りだ。彼は鋭い洞察力で眼前の謎を解き明かしていく。

 だがこのドラマが面白かったのは、このミステリ部分がメインではないことだ。各話の多くは、半分を過ぎたあたりで謎が解明される。見どころはその後だ。犯人など登場人物の背景に迫り、そこでミステリ作品とは異なる一面が見えてくる(だからこそタイトルは『ミステリと言う勿れ』)。

 ドラマのコピーは「真実は一つじゃない、人の数だけある」。ひとつの事実があっても、ひとによって認識は異なる──それを複数の“真実”とこの作品は言う。事実はひとつ、真実は複数ということだ。専門的に言えば、それは非常に社会構築主義的な視座である。

視聴者を掴んだ“二段構え”

 構造的には、前半で事実の解明、後半は犯人などが事件を起こした独自の動機=真実が明らかになる。本格ミステリかと思いきや、他者性をしっかりと描く人間ドラマの側面に比重が置かれる。この“二段構え”が多くのファンを掴んだ理由だろう。

 そのバランスも極めて巧みだった。地上波ドラマらしいセリフを中心とした万人受けする演出と、その一方で視聴者をドキッとさせる奥深さ──この両者が絶妙のバランスで両立していた。

 そしてこれこそが、現段階における地上波ドラマの最適解でもあるのだろう。

 現在は、地上波から動画配信への過渡期にある。いまはその折り返し地点くらいだろうか。日本では他国よりもまだまだ地上波の影響力は強いが、その一方で多くのひとがNetflixで強力な韓国ドラマを楽しむようにもなった。

 『ミステリと言う勿れ』は、映像メディアの大勢が不安定なこうした現状で見事に結果を出した。地上波でも数字を獲得し、配信(海外)でも十分に勝負できる内容だった。広い間口(地上波)と深い出口(配信)──現在のドラマが直面するこのふたつの“真実”にともに対応したのである。

 この結果は、おそらく『コンフィデンスマンJP』などを手掛けたフジテレビの草ヶ谷大輔プロデューサーの手腕によるものだろう。そのバランス感覚は見事というほかない。

フジテレビの未来観が問われる

 しかし、問題はこの後だ。重要なのは、この優れたコンテンツ(資産)をいかに運用して最大化していくかだ。

 残念ながら、民放でもっとも配信事業に後れをとっているのはフジテレビだ。動画配信サービス・FOD(フジテレビ・オン・デマンド)は相変わらず低迷したまま(「GEM Standard」2022年2月18日)。会社がしっかりとこの資産を活用する筋道をつけなければ、草ヶ谷Pの努力も報われない。

 かと言って、スピンオフ映画で公開日に同局でキャストが丸一日宣伝して興行成績をあげる──90年代後半から続いてきた相変わらずの内向きなビジネスモデルを続けるのであれば、それはただの撤退戦だ。

 こうした状況からいかに脱却し、新しい“真実”を発見するか。このドラマの今後の運用が、フジテレビの未来観を示すことになる。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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