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『全裸監督』の大いなる“野望”──日本社会の“ナイスな暗部”を全世界に大発信

松谷創一郎ジャーナリスト
2021年6月26日、渋谷駅構内の『全裸監督』シーズン2の広告(筆者撮影)。

「お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません」

 6月24日、『全裸監督 シーズン2』がついに配信された。

 2年前、Netflixのブレイクスルーとなったこの作品は、実在するアダルトビデオ監督・村西とおるを描いたドラマだ。村西はAV女優やスタッフを巻き込んで成り上がっていき、周囲ではヤクザや警察、販売店などがうごめいている──そうした80年代後半のAV黎明期が活写されていた。

 『2』では、財を成した村西がバブル経済の波に乗ってさらにそのビジネスを拡張しようと奮闘するプロセスが描かれる。

2021年6月26日、渋谷駅ハチ公口の『全裸監督』シーズン2の広告(筆者撮影)。
2021年6月26日、渋谷駅ハチ公口の『全裸監督』シーズン2の広告(筆者撮影)。

バブル景気に乗った村西とおるの野望

「宇宙からエロが降ってくる!」──ビデオで大成功した村西とおる(山田孝之)の飽くなき野望は、こんどは通信衛星放送(CS)に向けられる。

 インターネットがまだ存在しなかった1990年、衛星放送は大きな注目を浴びていた。NHKがBSの本放送を開始するのは1989年、WOWOWも1991年の開業だ。映画、地上波テレビ、ビデオと広がってきた映像メディアに、新たな可能性が見いだされていた。

 村西がAV専門放送を始めたのもこの頃だ。しかも、当時はバブル景気の真っただ中。銀行は企業にも個人にも多額の融資を持ちかけていた。村西は、銀行から金を借りて衛星事業に数十億単位で投資をしていく。AV制作だけでなく、より利便性の高いメディアを志したのだった。

 『2』はこの衛星事業の展開を中心に置きながら、前作同様に村西の周囲の人物も並行して描いていく。村西の相棒だったトシ(満島真之介)はヤクザの道を進み、金庫番だった川田(玉山鉄二)は袂を分かつ。村西は新人AV女優の乃木真梨子(恒松祐里)と距離を縮める一方で、黒木香(森田望智)は酒に溺れていく。そして、刑事の武井(リリー・フランキー)はことあるごとに登場して村西を睨む──。

 事実に基づく物語である以上、その展開は2年前にある程度は予想できた。村西とおるは、バブル景気の興隆と崩壊に歩を合わせていく。そしてその道のりは決してなだらかではない。筆者は「バブル時代の勢いあるAV黎明期から、開拓者が力を失っていくAV成熟期へ──シーズン2はそうした状況が描かれるはずだ」と予想したが、まさにそうした内容となった(「Netflix『全裸監督』が傑作である理由。女性が搾取される構図、AV業界の負の側面も描いていた」2019年8月18日/『ハフポスト日本語版』)。

動物的人間の立身出世

 AVの世界を描いたこの作品は、村西とおるを得体の知れない存在として描く。まさにそれは「山師」と呼ぶに相応しい。博打打ちであり詐欺師的でもある“キワモノ”的な存在だ。

 異様に慇懃な弁舌を駆使し、無鉄砲に直進するだけのそのキャラクターからは、“本心”や“内面”なるものは見えにくい。わかるのは、事業を大きくしたいという野望のみだ。まるで最初からブレーキのない車のように、村西はひたすら突き進む。

 思い起こすのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品群──『ブギーナイツ』(1997年)、『マグノリア』(1997年)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)、『ザ・マスター』(2012年)などだ。ポルノ男優、自己啓発セミナーのカリスマ、石油王、新興宗教の教祖等々、アンダーソンは多くの得体の知れない“キワモノ”を描いて、その本性に迫ろうとする。

 なかでも、『全裸監督』がもっとも重なるのは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』だ。石油採掘で一発当てた男は、周囲を巻き込んで突き進む。その明確な動機は不明で、あるのは野望だけ。

 村西とおるも同様だ。内面的な奥行きが感じられない彼の生き様は、まるで動物のようですらある。しかし、そうした存在が地位と名声と金を欲求し続ける。構図としては、動物が人間社会において立身出世しようとしているようなものだ。この作品の奇妙な魅力は、この動物的な存在と社会とのミスマッチから湧き立っている。

出典:Netflix。
出典:Netflix。

DMMになれなかった村西とおる

 『全裸監督2』の舞台となる80年代後半から90年代前半とは、そのままバブル景気と重なる。それは単に日本経済が活況に沸いていただけでなく、メディアが変化して、ひとびとの生き方にも変化が生じ始めていた時期だ。村西もメディアの移り変わりとともに成功し、失敗した。

 たとえば80年代はビデオデッキが普及したことでAVも浸透したが、村西はさらにそこから通信衛星事業(CS)に未来を見る。それは、方向性としては決して誤っていなかった。もちろん、その後を生きてきたわれわれは、思ったほど衛星放送が広がらなかった過去を経験している。しかし、村西が思い描いた未来──好きなときに好きな映像コンテンツを簡単に観られるニーズ(たとえばビデオ・オン・デマンド)は、かねてから期待されていた未来だった。

 それが広く普及したのは、この10年ほどだ。ただし、それは衛星放送ではなくインターネットだった。その代表格が、WOWOWの会員数を4年で抜いてしまったNetflixだ。他にもAmazonプライムやHulu、アダルトであればFANZA(旧DMM)が大きな勢力となっている。

 つまり村西とおるは、20年以上も早すぎた。しかし彼の嗅覚は正しかった。間違ったのは、その手段として通信衛星放送に目をつけたことだ。村西は、同じくAV販売・製作を機に成功した亀山敬司(現・DMM会長)のような実業家になる可能性を秘めていた。

村西とおるは海野晃一(伊原剛志)に衛星放送事業への参入を繰り返し求める(出典:Netflix、撮影:Mio Hirota)。
村西とおるは海野晃一(伊原剛志)に衛星放送事業への参入を繰り返し求める(出典:Netflix、撮影:Mio Hirota)。

自己啓発セミナーと新興宗教

 バブル期は、社会の成熟によってひとびとの志向性がさらに多様化し、混迷を見せ始めた時代でもあった。その豊かさと明るさにノレないひとは、「自分が相手にどう思われているのかわからない」といった対人関係における苦悩を抱えたり、「自分がなんのために生きているのかわからない」という実存的な懊悩に陥ったりした。そして、前者のひとたちは「自己の変革」のために自己啓発セミナーにハマり、後者のひとたちは「真理の探究」のために新興宗教団体に駆け込んでいく。

 本作では、こうした側面もしっかりと押さえられている。

 『2』の冒頭、インタビュアーであるテレビレポーター(水川あさみ)に対し、村西は言葉を乱射してAVに誘引する。まるで自己啓発セミナーかのようなその人格改造メソッドは、90年代中期の『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビシリーズに繋がっていく不安な時代性だ(そもそも、黒木香がAVで自己変革をした存在として描かれている)。

 新興宗教の存在も描かれる。村西が購入する建物はもともと宗教団体のものであり、黒木香は新たに宗教団体を興そうと持ちかける。ただそれ以上に宗教の存在を感じさせるのは、1989年の参院選への出馬表明だ。実際に村西の立候補はかなわなかったが、翌1990年の衆院選にはオウム真理教による真理党が多くの候補者を擁立する。後に重大なテロ事件を起こすオウム真理教は、この選挙の惨敗によって過激化していく。村西とおるのあのカリスマ性も、麻原彰晃と同じ土壌から生まれたのだった。

 かように『全裸監督』は、バブル期に日本を覆っていた豊かさと明るさが生んだネガ(陰画)をしっかりと押さえている。

村西とおるは全日本ナイス党で国政を目指そうとする(出典:Netflix、撮影:Mio Hirota)。
村西とおるは全日本ナイス党で国政を目指そうとする(出典:Netflix、撮影:Mio Hirota)。

「芸能界・20世紀レジーム」の超克

 作品内容以外でも、『全裸監督』は日本のエンタテインメントにさらに新しい風を吹き込んだ。前作同様に潤沢な予算による制作やグローバル市場への進出はもちろんが、それに加えて『2』では従来の日本芸能界では考えられない自由な製作状況が見られる。具体的には、ピエール瀧と西内まりやの出演だ。

 ピエール瀧は、2019年3月の薬物事件によって多くのテレビ・ラジオ番組が打ち切りとなり、出演ドラマや映画も降板した。石野卓球とのユニット・電気グルーヴの楽曲も、一時期ストリーミング等の配信がなくなり、店舗からもCDが消えた。そんななかで、撮影済みだった『全裸監督 シーズン1』は予定どおり配信された。

 その後、裁判で執行猶予付きの有罪判決が下った以降も、以前ほど仕事をできていない状況にある。『2』はそのなかで製作されて配信された。思考停止の右にならえ状態でピエール瀧の存在を抹消しようとした日本のエンタメ界を、Netflixはまったく意に介さない(参考:徳力基彦「『全裸監督2』のピエール瀧さん快演から考える、『失敗』した人に必要なこと」6月27日)。

 『2』にはもうひとり、日本の芸能界から姿を消していた人物が登場している。それが、ヤクザの愛人・サヤカ役を演じた西内まりやだ。2018年3月に所属していた大手プロダクションを退所した西内は、3年以上もドラマや映画の仕事をしていなかった。月9で主演まで務めた女優が消えたのは、前プロダクションとの関係悪化が報じられたからだと見られる。詳細は不明だが、実質的に彼女は“干された”状態となっていた。

 そんな彼女にとって、『全裸監督2』は本格的な復帰作となった。ギョーカイ作法によって3年以上も“干された”ことに、Netflixはまったく興味がないかのようだ。なぜなら、ドラマに必要なのはギョーカイの忖度や圧力ではなく演技力だからだ

 かように、『全裸監督』では長らく日本で続いてきたギョーカイ作法=「芸能界・20世紀レジーム」がまったく機能していない。それどころか、もはやハードルではないかのように超克している。外資なので当たり前といえば当たり前だが、公正取引委員会にマークされてしまうほど旧態依然としたシステムを続けてきた日本芸能界はこうして相対化された。

ヤクザの愛人でホステスのサヤカを演じた西内まりや(出典:Netflix)。
ヤクザの愛人でホステスのサヤカを演じた西内まりや(出典:Netflix)。

AV女優の「忘れられる権利」

 もうひとつ押さえてなければならないのは、前作の公開後に問題視された点──黒木香の件だ。

 『全裸監督』では、登場人物の多くは、実際のモデルはいるものの実名(本名だとは限らない)は使われてはいない。ただし、例外が3人いる。それが主人公の村西とおると黒木香、そして『2』から登場する乃木真梨子だ。

 批判されたのはこの点だ。黒木の存在を実名を使って当時のキャラクター性も再現して描いている。この点が多くの批判を呼んだ。現在のAV界では、発表から5年が経過したビデオの販売停止など「忘れられる権利」がかなり一般化しているが、複数の裁判で勝訴している黒木もそれを望む立場なのではないか──という前提における批判だった。つまり、黒木香の許諾を得たのかどうかが問題化された

 この件について、Netflixは「作品制作にあたって、村西さん同様、黒木さんご本人は関与されていません。あくまでも本橋信宏著『全裸監督』という原作に基づいた作品です」と『女子SPA!』の問い合わせに回答している(満知缶子「話題沸騰、山田孝之主演ドラマ『全裸監督』黒木香さんの同意は?Netflixに聞いてみた」2019年8月19日)。

 この回答を受けて、ネットでは「Netflixが黒木の『同意』を得ていない!」との批判が拡大して沸騰状態となった。

 しかし今回の続編公開によって、この2年の間に黒木サイドから訴訟が起きていないことが推察できる。つまり、おそらく法的な問題はクリアされている。その可能性は以下の3つになるだろうか。

・1:黒木が描かれることに不満を持っていない

・2:黒木に勝訴できる見込みがない(プライバシーの侵害にはあたらない)

・3:黒木が訴訟を起こせる状態にない

 この3つすべて可能性があると考えられるが、もちろん2であれば法的に問題がなくとも道義的な問題は生じるかもしれない。つまりAV女優の「忘れられる権利」は、AVではない地上波テレビの番組やNetflixのドラマにも適応されるべきか──という問いだ。この点は、AV女優が非ポルノコンテンツにも多く出演している現在はより議論される必要があるだろう。

 ただ、そもそもNetflixは日本の製作作品でもハラスメント講習を取り入れており、個人の権利への意識は強い(「『孤狼の血』続編でリスペクト・トレーニングを実施!』」『映画.com』2020年12月21日)。それを踏まえると、『全裸監督』だけルーズに処理したとはなかなか考えづらく、2ではない可能性もある。

 一方でいまもFANZA等で黒木香の出演作が村西とおるの会社から発売されていることを踏まえれば、前述した1か3の可能性が高いだろう。つまり、黒木香は「忘れられる権利」を行使していないのではないか。

乃木真梨子(恒松祐里)は黒木香に憧れてAV女優になったと描かれている(出典:Netflix)。
乃木真梨子(恒松祐里)は黒木香に憧れてAV女優になったと描かれている(出典:Netflix)。

日本社会のヤバさを全世界に発信

 動物的存在と社会とのミスマッチ、進展する映像メディア、自己啓発セミナーと新興宗教、「芸能界・20世紀レジーム」の超克、そしてAV女優の「忘れられる権利」──ここまで見てきたように、『全裸監督』にはさまざまな論点が見いだせる。

 もちろんこの作品がヒットしたのは、山田孝之演じる村西とおるの特異なキャラクターによるところが大きいが、AVというメインストリームから外れた世界を入念に描いたからでもあるだろう。原作ではあまり触れられない暴対法施行前の裏社会の描写や、警察と事業者団体との癒着なども、この作品の重要なアクセントとなっている。

 こうしたアウトローたちの世界は、現在の日本では地上波はもちろんのこと、メジャーの映画でもなかなか見られない。少ない予算のインディペンデント映画にしかできなかった題材だった。それをエンタテインメントとして描き、さらにNetflixで全世界に伝えていくことには大きな意義がある。日本社会の“ナイスな暗部”をちゃんと発信しているからだ。クールジャパンではなく、これはナイスジャパンなのである。

 今後気になるのは、さらなる続編だ。

 いまのところ発表されていないが、おそらくこの作品はここで打ち止め(完結)となるだろう。実際の村西はこの後に再度衛星放送にチャレンジするがパッとせず、そして販売店「ビデオ安売王」の登場で販売網にも変化が生じ、90年代半ばのパソコン普及にともなうCD-ROM展開を経て、2000年頃からはDVDが普及する。村西はその過程でプレゼンスをどんどん失っていき、一方でソフト・オン・デマンドやDMMなどの新興勢力が覇権を握っていく。黒木香が地上波テレビから姿を消した数年後には飯島愛が登場し、後に人気タレントとして活躍していく。

 栄枯盛衰と言えばそれまでだが、活気のあったAV黎明期は村西とともに過ぎ去り、ひとつの産業としてさらなる拡大をするAV成熟期が到来する──。

シーズン2は全8話、計6時間44分の尺(出典:Netflix)。
シーズン2は全8話、計6時間44分の尺(出典:Netflix)。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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