Yahoo!ニュース

日本人の“忘却癖”を利用した安倍政権のイメージ戦略──安倍ポピュリズムの実態とは

松谷創一郎ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

イメージ戦略に長けていた安倍政権

 8月28日、安倍晋三首相が辞任会見をおこなった。7年8ヶ月にわたる憲政史上最長の安倍政権がついに終わる。

 その中心に置かれていたのは「アベノミクス」と呼ばれた経済政策だ。大胆な金融緩和・機動的な財政出動・民間投資を喚起する成長戦略からなる「三本の矢」、そしてそれをアップデートした「新・三本の矢」が、その目玉だった。

 だが、それらの政策よりも安倍政権が注力したのは、やはり政局だ。安保法制における解釈改憲、森友・加計学園、公文書改ざん、桜を見る会、新型コロナ対策等々、多くの疑惑と問題が生じたものの、支持率は概ね安定していた。

 これほどまでの長期政権となったのは、やはり政局のわたり方が巧みだったからだ。それは、極めてイメージ戦略に長けていたことも意味する。この点において、間違いなくポピュリズム政権だったと言える。

 この記事では、安倍政権のポピュリズム戦略について検証・総括していく。

6回の選挙ですべて完勝

 まず確認しておくのは、選挙において安倍政権は極めて強かった事実だ。

 政権交代を含めた衆参6回の選挙では、すべて完勝している。当然ながらこの選挙結果が長期政権をもたらした。

 獲得議席の割合(参院選は改選議席のみ)は、与党の自民と公明を合わせると50%台後半から60%台後半を維持した(グラフ参照)。得票率でも常に自公で50%弱を獲得しており、小選挙区制(衆院)を活かして政権基盤を安定させた。

筆者作成。
筆者作成。

 しかし2014年12月と2017年10月の解散総選挙は、争点がさほど明確でないタイミングだったことが問題視された。

 2014年の場合は、「アベノミクス解散」と命名したものの、具体的な大義としたのは消費税率引き上げの先送りだった。だが、野党の多くはもともと強く反対しておらず、世論も賛同していた。つまり、実質的に争点として機能していなかった。

 結果、投票率が戦後最低の52.66%となるほど有権者の関心は低く、議席数も野党第一党だった民主党が10議席増やしたもののほとんど大勢は変わらなかった。

安倍首相の「なにもしない」戦略

 このとき安倍首相は有権者の“信任”を得たと誇示したが、そこには隠された意図があった。翌2015年9月、安倍首相は憲法違反の疑いが指摘されていた安保法制を、憲法解釈の変更を経て可決・成立させる。国会前でデモが繰り広げられるなど多くの議論を呼んだが、このときは衆議院を解散せず強行採決に踏み切った。

 これが可能だったのは、戦後1年未満で衆院選が行われたのは過去に2回しかなかったからだ。しかも、その両者はともに突発的に生じた解散だった(1953年「バカヤロー解散」、1980年「ハプニング解散」)。

 支持率安定期にあえて選挙をすることで、難局を迎えたときの“解散しにくい状況”を安倍政権は巧妙に作ったのだった。

2015年9月16日、国会前で行われていた安保法制反対デモ(筆者撮影)。
2015年9月16日、国会前で行われていた安保法制反対デモ(筆者撮影)。

 2017年10月の総選挙も、きわめて争点は不明瞭だった。

 この年の2月、森友学園問題が発覚した。この問題を国会で追求された安倍首相は、「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」と答弁する。後に発覚する近畿財務局による森友学園への国有地払い下げに関する決裁文書の改ざんは、この9日後のことだ。そして、上司に命じられてそれに関わった職員・赤木俊夫さんは、翌年みずから命を断つ。

 加えて5月には加計学園問題も勃発。安倍首相は安保法制以来の逆風に見舞われるが、共謀罪法案を強行採決して6月に国会は閉幕。7月の都議選では自民党は小池百合子都知事率いる都民ファーストの会に大敗し、安倍政権の支持率も低下した。

 だが、この難局を乗り切る安倍首相の戦略は、「なにもしない」だった。

 度重なる疑惑を解明するために、野党は6月から臨時国会の召集を要求した。憲法53条では、総議員の四分の一以上の要求があったときに内閣は臨時国会を招集しなければならない。しかし、安倍首相はこれを無視した。なお、今回の辞任会見前にも同様の事案を繰り返している。

 総選挙が行われたのは、通常国会が閉幕してから4ヶ月後の10月だった。しかもこのときは、臨時国会を召集していちども演説や議論がないままの解散だった。世論が疑惑への関心を薄めた頃合いを見て、タイミング良く選挙に打って出たのだった。

日本人の“忘却癖”の利用

 安保法制が成立する直前の2015年、筆者は安倍首相の最大の戦略を指摘した(「忘れっぽい日本人のための“安保法制に至る道”」(2015年9月15日))。それは日本人の“忘却癖”の利用だ。「ひとの噂も75日」と言わんばかりに、一定期間、極力発信(発言)を減らすことで傷口の拡大を防ぐ。そうすれば、あとは国民が勝手に忘れてくれる。

 “忘却癖”は、戦後日本の最大の特徴とも言えるものだ。昭和天皇の戦争責任や近隣国への補償など、戦後処理を曖昧にしてきた歴史に根ざした鈍感さの延長線上にある。

 加えて、2010年代にはそれがより機能した可能性がある。スマートフォンとSNSが浸透した時代だったからだ。ネットがだれにとっても日常となり、ひとびとの情報摂取量は著しく増大した。おそらくこの情報環境のなかで、“忘却癖”はさらに進展した。情報摂取量の多さは、忘却までの時間をより短くした可能性があるからだ。

 安倍政権は、この“忘却癖”を使って選挙に圧勝し、森友・加計学園問題の難局を乗り切った。

前例となった「違法ではないルール違反」

 かように、安倍政権の強さの要因とは、自分が不利なときには決して解散総選挙に打って出ずに“忘却癖”を利用して乗り切り、支持率を見て自身の都合の良いときにだけ解散したことにある。

 もちろんそれは、解散権を濫用したきわめて狡猾かつ姑息な戦略だったと言える。安倍首相は2016年に解散権を「総理の専権事項」と述べたが、実際には複数の学説がある。このときなにより問題だったのは、党利党略のために都合よく解散に打って出たり、国会での議論を経ずに解散したりしたことだ。

 こうして安倍首相は、それまで培われてきた国会のルールを打ち壊した。それは、明文化されていない慣習や、学説上明確な判断されていないものを指す。従来、それらは歴代首相の倫理によって維持されてきたが、安倍首相はそれが明文化されていないことを理由に破った。

 前例となる以上、このチート解散は安倍政権が残したきわめて重大な負の遺産だ。加えて、次期政権にまず望まれるのは、それを防止する法律の策定である。イギリスでは2011年に解散権を限定化(内閣不信任案の成立や、議員三分の二以上の賛成)したが、それは与党に有利な解散を防止するためだ。安倍政権のおこなった「違法ではないルール違反」が前例となった以上、この対策は急務だと言える。

政策より重視されたイメージ

 日本人の“忘却癖”を使った政権運営は、安倍政権がイメージ戦略を重視していたからだ。実際この点において、安倍政権は史上最高の結果を残したといっていい。相次ぐ疑惑の発覚、閣僚の不祥事、そして政策に対する批判がいくら巻き起こっても、このイメージ戦略によって支持率を安定させてきた。

 “忘却癖”の利用も、“炎上”的なイメージ悪化を最小限に食い止めるためだった。日本に限らずインターネットは、従来マスコミがかなり担っていた政権批判を市民にも拡大した。10年代のスマートフォンとSNSの浸透は、それをさらに拡張した。当初それは、アメリカで草の根的活動から出発したバラク・オバマが初の黒人大統領となったり(2009年)、中東で「アラブの春」(2010~2012年)を生じさせたりする効果があった。

 しかし2010年代中期以降は、過激な言動と政策で支持率を拡大するポピュリストを台頭させることになる。アメリカのドナルド・トランプ大統領(2017年~)、イギリスのボリス・ジョンソン首相(2019年~)、ブラジルのジャイール・ボルソナーロ大統領(2019年~)などがそうだ。彼らのわかりやすくて強い言葉は、多くの反発を呼んで敵を作りながらも、同時に、その反発への反発=味方も多く生むことにつながった。

 SNSは、おそらくこうしたポピュリストを誕生させる要因となった。異なる意見を排除する仕様(ブロック機能やアルゴリズム)を持つSNSは、右派左派それぞれのユーザーを偏った情報フィルターの泡で包み、似たような意見が反響して異論をかき消す小さな部屋に導いたからだ。この結果生じたのが分断であり、それに乗じたのが各国のポピュリストだ。

 このメディア状況において、安倍首相は各国のポピュリストよりも巧みだったと言えるかもしれない。なぜなら、本人は過激な言動をしないものの、政権のイメージ戦略を入念にしてきたからだ。前述した国民の“忘却癖”の利用やチート的解散がそれだ。

 つまり、安倍首相自身はポピュリストとしては目立たなかったものの、政策よりもイメージ戦略を重視した点において、やはりそれはポピュリズムと言える。

新型コロナで破綻したイメージ戦略

 SNS時代のポピュリズム政権は、まだその多くが続いているので評価は難しい段階にある。だが、2010年代に限定された極めて短期的な現象で終わる可能性もある。いくら政権のイメージや人気が先行していても、時間が経てば政策の内容に焦点があてられ、さらに今後は、ユーザーのSNS利用のリテラシーが向上し、SNS運営会社もさまざまな機能を付加していく可能性が高いからだ。つまり長期政権にならない可能性がある。

 加えて現在は、新型コロナウイルス対策の実効性が各国で注視されている。つまり、全世界同時の自然災害と言えるこの事象が、ポピュリスト政権の“化けの皮”をはがす可能性がある。とくに被害の大きいアメリカとブラジルでは、大統領の支持率が低下している。秋にトランプ大統領が再選されるかどうかで、その趨勢が示されることになるだろう。

 新型コロナウイルスは、安倍首相にも大きなダメージを与えたことも間違いない。今年に入るまで、多くの難局を乗り切った安倍政権のイメージ戦略だったが、新型コロナにおいてはふたつの大きな失敗をした。

 ひとつが「アベノマスク」と揶揄された布マスクの配布だ。緊急のウイルス対策としては実効性に乏しく、市場にマスク流通が戻っていた頃まで配布が遅れ、しかも不良品も多かった。さらに、ファッション性にも乏しいその小さなマスクを、安倍首相自身が使用し続けたこともマイナスのイメージとして働いた。

 もうひとつが、いわゆる「星野源との(勝手に)コラボ動画」問題だ。ひとびとがステイホームを余儀なくされているなか、星野源が歌う横で犬とじゃれ合い、お茶を飲み、本を読む安倍首相の動画は、生活に困る事態に追い込まれた多くのひとびとから「お前は働け!」とばかりに反感を買った。

 このふたつの失敗は、まったく大した内容ではない。しかし、政策を軽視しイメージ戦略を重視してきたポピュリスト政権だからこそ、大きなダメージとなった。ワイドショー的価値観のみで続いてきた政権運営が、ワイドショー的価値観が吹き飛んだ未曾有の事態で、大失敗したのである。

 しかも、これまで使ってきた国民の“忘却癖”も使えなかった。たとえ3ヶ月間沈黙しても、収束まで最低2年は続くと見られる状況においてはまったく機能せず、逆に「なにもしない」ことが批判の対象となる。7年続けてきた安倍政権のイメージ戦略はこうして破綻した。

野党が読み取れなかった政権への燃料投入

 一方で、「一強」と目された安倍政権をそうさせたのは、野党の問題も大きかったことも付記しなければならない。民主党からの政権奪取によって生まれた文脈もあるが、有権者の多くは野党への信頼を失い、それが長期の安倍政権を成立させた背景もあるからだ。

 なかでも、民進党の解党から再合流にいたる経緯はその最たるものだ。2017年、小池百合子都知事による希望の党によって民進党は解党したものの、今年になって立憲民主党を中心として再編が生じている。有権者にとっては極めてどうでもいい3年にわたる右往左往でしかない。

 ただそれ以上に、安倍政権と野党とのもっとも大きな差は、やはりイメージ戦略だった。政策の質がけっして悪くないものの有権者の負託を勝ち取れなかったのは、イメージ戦略が極めて下手だったからだ。

 前述したように、ポピュリズム政権は「反発への反発」を味方に取り込みエネルギーとする傾向にある。国民の“忘却癖”を利用して沈黙を維持し、それに苛立つ野党の反発や失策を引き出し、それをエネルギーに変換していった。野党はそれにまんまと釣られ続けた。

 その典型とも言うべき事例は、今回の安倍首相の辞任の際も見られた。立憲民主党の石垣のりこ議員が「大事なときに体を壊す癖がある」とツイートし、後に謝罪した件である。

 たしかに今回の安倍首相の辞任は、その病状がどれほど深刻か実際に確認できない以上は、新型コロナによってオリンピックも憲法改正も絶望的な状況となったタイミングでの政権投げ出しではないかと疑念を持ってしまう心情もわからなくはない。

 が、そんな“本音”をTwitterごときで発信して炎上してしまう失策こそが、政権側にとっては追い風となる。こうした、「反発への反発」を招く小さなエラーを野党は繰り返してきた。怒りやいらだちをSNSなどで丸出しにした時点で、与党やその支持者に燃料を投入し、分断を生じさせることにつながっている。

 また、有権者による毛筆の「アベ政治を許さない」という怒りに溢れたコピーも、その書体やコピーが絶望的にダサいことに気づいていないことはもとより、「反発への反発」を誘発して結果的に安倍政権にとってのエネルギーに変換されていることに鈍感だ。

 もちろん野党やその支持者にとっては、どのように対抗すればいいか難しいところだ。批判は避けられないものの、安倍政権はその反発をエネルギーとしてしまう。これはポピュリズムを超克することの困難さを端的に示している。

 立憲民主党や共産党、社民党などの野党議員には真面目なひとが多い。権力欲で自民党を選ぶことはなく、政策に長けた人物も多い印象がある。しかし、その真面目さゆえか支援者も含めてイメージ戦略には乏しい。

 現在の段階で彼らにより求められることは、政策と同程度の力を入れて真面目にイメージ戦略を講じることだ。オバマ大統領が安定した政権運営を2期8年続けたのは、それができていたからだ。しかし、日本の野党でその重要性をちゃんと理解しているのは、れいわ新選組の山本太郎代表くらいだろう。元芸能人だからこそ、イメージの重要性に山本は気づいている。

政治ゲームの攻略法

 新型コロナ対策では失敗したものの、それまでの安倍政権は政策や政権運営の瑕疵をイメージでカバーして7年8ヶ月にわたる長期政権を築いた。その手法はこうだ。

 まず入念に有権者マーケティングをしたうえで、政策をろくに評価しない極右を含む保守層を固めてそれだけで25%を取る。次に、ときおりの政局に気をつけながら、政権選択のキャスティングボードを握る無党派層を中心とした、政策に強い関心のない有権者に的確なイメージ戦略をして15~25%上積みする。貧困層や若者が、みずからにとって不利になる政策ばかりにも関わらず感覚的に安倍政権を支持したのはこの戦略によるものだ。

 これで、支持率および政権基盤は安定する。安倍首相だけでなく、トランプ大統領も小池百合子都知事も橋下徹元府知事もみんなそうしてきた。それが現在の政治ゲームの攻略法であり、ポピュリズム政治の実態だ。

 今後注視すべきことは、日本にかぎらずSNSと結びついたポピュリズム政権を各国の有権者がどのように判断していくかにある。前述したようにSNSは徐々に整備されつつある。FacebookやTwitterは、秋のアメリカ大統領選挙に向けてフェイクニュース対策を講じている。

 逆に新型コロナが収束した後もポピュリズム政治が拡大するようであれば、それはつまり衆愚がより強まることを意味する。それをもし避けることを考えるならば、やはり選挙制度に手を加えるほかない(たとえば投票時に1位3点、2位2点……と順位をつけるボルダルールなど)。

 なんにせよ始まったばかりの2020年代の10年は、各国政府やSNS事業者が10年代に本格化したポピュリズム対策を本格化する可能性がある。有権者に要求されるのは、イメージ戦略に惑わされることなくそれを監視することである。  

■関連

稀代のポピュリストを描く『女帝 小池百合子』は、読者を興奮とドン引きに突き落とす(2020年6月11日/『Yahoo!ニュース個人』)

「怒り」を増幅させるSNSは、負のスパイラルを描いたまま2020年代に突入した(2020年5月25日/『Yahoo!ニュース個人』)

自民党×ViVi広告に踊らされたリベラル勢。狙いは「政治思想」ではなく「感情」にあった(2019年6月15日/『ハフポスト日本語版』)

(耕論)メディアで何があった ジョシュア・ベントンさん、八田真行さん、松谷創一郎さん(2016年12月6日/朝日新聞)

「民主主義のバグ」を使ったトランプの躍進──“感情”に働きかけるポピュリズムのリスク(2016年5月6日/『Yahoo!ニュース個人』)

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

松谷創一郎の最近の記事