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現役弁護士が語る「大津高校サッカー部全裸土下座事件」

林壮一ノンフィクションライター
美辞麗句で自身の哲学を語ってきた平岡和徳総監督だが…(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 上級生が下級生部員に全裸で土下座を強要していたことが明らかになった熊本県立大津高等学校サッカー部。当初、学校側は「サッカー部の中で起こりました事案ですけれども、学校としてはその生徒たちの活動に制約をかける考えはない」とコメントした。

 が、激しい世論の追及を受け、平岡和徳総監督が指導を自粛すること、また監督は辞任し、顧問と交代することが決まった。10月7日から休止していたサッカー部の活動は23日から再開。明日、29日に予定されている全国高校サッカー選手権熊本県大会にも出場するという。

 10月20日に催された記者会見の席で、同校の高野寛美校長は「今回のいじめの問題がすべて解決しているとは思っていない。大変、重く受け止めていることを踏まえて大人が責任を取らせてもらい、指導の自粛を決定した」と説明した。

 高野校長は「大人が責任を取る」と発言したが、果たしてその言葉を鵜呑みにしていいのだろうか。

第101回 全国高校サッカー選手権の表彰式にて
第101回 全国高校サッカー選手権の表彰式にて写真:松尾/アフロスポーツ

 平岡総監督は、これまでに数々のメディアに登場し<名将>との評価を受けてきた。「大津高校サッカー部は、広告を使わずに行列のできるラーメン屋を目指している」「大津高校には15歳の怪物は入学してこない。1000日かけて、怪物にしていく」「内側のやる気スイッチをいかにONにするか」「子供たちのcan notをいかにcanにするか」「諦めない才能をどう磨くか」等、豊かな表現力でチーム、そして自身の魅力を語り続けてきた人物である。

 しかし、今回の事件が公になると、「私は外部コーチで、学校の中での案件となると校内での情報共有を全て聞くことはできない」と言い切った。この姿勢に矛盾を感じざるを得ない。

浅川拓也弁護士 写真:本人提供
浅川拓也弁護士 写真:本人提供

 筆者は、自身もプレイヤーとして、あるいは指導者としてサッカーと関わった経験のある浅川拓也弁護士を取材した。以下が浅川弁護士のコメントである。

 「これは、学校における内部統制の問題だと思いますね。例えば会社等の組織が大きくなった際、社長が全ての従業員をチェックすることはできません。そのため、会社法では組織として業務を適正に行うための体制を構築、整備する義務を会社に課しています。これを学校にあてはめると校長、部活動にあてはめると監督にその義務があり、責任が生じるといえます。

 いじめ防止対策推進法のなかにも、校長や教師等にそれぞれの責務が定められています。いじめ防止や早期発見に対して、適切かつ迅速に対応しなければならないのです。ですから今回の問題において、総監督の『知らなかった』という主張は意味を成しません。彼の立場なら、いじめを防止、早期発見するための必要な措置を講じておかねばならないのです。

 そのため、総監督の部下である監督はこちらのいじめを防止、早期発見するための措置を講じられなかったこと等が理由となって辞任したのに、総監督の立場の人物が一定期間の自粛というのでは、部下に責任を転嫁したと思われても仕方ないでしょう。

写真:森田直樹/アフロスポーツ

 総監督という名称の役職であれば、監督を監督するべき立場であり、部の最高責任者であるのが通常と予想されます。そうであれば監督より重い監督責任があるのにもかかわらず責任を取っていないのは矛盾しますし、組織自体の見直しが必要と言えるのではないでしょうか。

 しっかりとした指導者陣の連携が取れなかった。生徒たちの意見を汲み上げられなかった。それで監督が退任しているのに、総監督は自粛で済ませている。これで本当に同じようなことが起きないような仕組みを再構築できるのか疑問です。

 今回、被害者の高校生については、秘匿しなければならない情報がかなり多いと思います。大人であれば今回の件を救済するため、民事訴訟を提起したり刑事告訴などを検討することも簡単にできると思いますが、高校生であればそう簡単にはいきません。法的手続きをすることで責任の所在を明らかにすることは可能になるかもしれませんが、それが被害者の心のケアや今後のために有効かどうかは慎重に考えなければいけません。

辞任した山城朋大監督
辞任した山城朋大監督写真:森田直樹/アフロスポーツ

 実際に高校の部活動においていじめが認められた民事裁判で、学校側の責任を認めた例もありますが、損害賠償として認められた金額は10万円ほどでした。未成年者は周囲の大人に忖度することも多く、部に迷惑をかけたくない気持ちや親の気持ちを慮るなど本音を隠してしまうためその辺も配慮する必要があります。なので、単純に訴えればいいわけではなく今後のことを多面的に考えてあげなくてはなりません。

 総監督は部活動で密接に関わっていながら、同時に教育長でもあると聞きました。教育長というのは学校を客観的に外から見て、指導していく立場な筈です。今回のようなケースでは、今後改善を指導していく立場の教育長が、改良を指導される総監督であるので、両立する立場なのかという疑問が湧きますね。

 最後に改めてこの件の問題を指摘すると、監督が責任を取って退任する事件が起こったのに、総監督はなぜ責任を取らないのか、責任を取るとしても自粛というあいまいなもので良いのか。これではこの件を監督の退任で幕引きを図り、うやむやに終わらせるように感じてしまいます。この件の反省をしっかりとして同様の被害者がでない仕組み作りができる人材を配置するようにするのが教育者の務めではないでしょうか。

 今回のいじめ事件が起こってから発見までに相当時間が掛かっていますし、リークされなければ明るみにも出なかったでしょう。いじめ防止対策推進法が絵に描いた餅になっており、それぞれの役割を果たそうとしていないように見えます。こんな調子で、再び同じようなことが起こったら、同様の被害に遭った学生は、被害を学校や先生に言えますか? ということになります」

写真:森田直樹/アフロスポーツ

 大津高校で働く大人たちが高校生に伝えたかったのは「世の中の汚さ」と「社会には保身に走る人間が蠢いている」という姿なのかもしれない。それも、教育と言えば教育だが…。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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