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モハメド・アリが意識せざるを得なかった14歳少年の凄惨な殺され方③

林壮一ノンフィクションライター
(写真:ロイター/アフロ)

 エメット・ティルの母親、メイミーは、息子の遺体と対面した日について、次のように振り返っている。

 「鼻を見たら、まるでミンチされた肉のように切られていた。いつも私が自慢に思うほど歯の綺麗な子だったのに、2本しか見当たらなかった。どこに行ったのかしら? 折られたのよね。

 右耳の上には穴があって、日差しが覗いていた。あんなことをする必要があったのかしら」

 メイミーは棺の蓋を開けた状態で、エメットの葬儀を行った。14歳の息子が、いかなる仕打ちを受けたのかを社会に訴え掛ける為だった。

Everett Collection/アフロ
Everett Collection/アフロ

 当時、ディープサウスでは、何人もの黒人が白人によるリンチで命を落としていた。

 「成人した黒人男性だけじゃなく、こんな幼い子供も標的にされるという事実を伝えねばならないと考えたの」

 だが、黒人たちの願いも空しく、エメット・ティル殺害の翌月行われた裁判では、陪審員全員が白人男性で構成された。その結果、加害者たちは死刑にも終身刑にもならず、無罪放免となる。

 エメットに腕を掴まれた、デートに誘われた、レイプされかかった、と証言した雑貨屋の妻と、14歳の少年を殺めた男は法廷内でディープキスをして喜びを分かち合った。

写真:Shutterstock/アフロ

 「自分の身にも、簡単に起こりうることだ」

 モハメド・アリはそう語ったが、世界ヘビー級タイトルを剥奪されながらも、人種差別撤退を唱えたその姿からは、"ザ・グレイティスト"が同世代の死から何を学んだかが伝わってくる。

写真:Shutterstock/アフロ

 1960年のローマ五輪で金メダリストとなりながらも、帰国後、肌の色を理由にレストランの入店を拒まれた際にも、アリは黒人であることの意味を考えねばならなかった。怒りに震えた彼が、獲得したメダルをオハイオ川に投げ捨てたのは有名な話だが、この時もティルの断末魔の叫びに思いを寄せたのかもしれない。

写真:Shutterstock/アフロ

 2022年3月29日、第46代アメリカ合衆国大統領のジョー・バイデンは、人種差別に基づくリンチを憎悪犯罪とする反リンチ法案に署名し、同法が成立した。今後のアメリカ社会において、リンチで人を死傷させれば、最高で禁錮30年の刑が与えられる。

 同法は、『Emmett Till Antilynching Act』(エメット・ティル反リンチ法) と名付けられた。遅過ぎた感もある。しかし、1900年に反リンチ法案が連邦議会に初めて提出されて以来、200度近くも廃案に追い込まれた過去を鑑みれば、確かな一歩と呼んでいいかもしれない。

人種差別によるリンチを憎悪犯罪とする法案が成立
人種差別によるリンチを憎悪犯罪とする法案が成立写真:ロイター/アフロ

 2003年1月6日、メイミーは81歳で、2016年6月3日にはアリが74歳で永眠した。今、先人たちは天国で、エメット・ティル反リンチ法成立のニュースを聞いて微笑んでいるだろうか。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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