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伝説のヘビー級チャンプの息子がパンチドランカーに……

林壮一ノンフィクションライター
撮影:筆者

 ペンシルバニア州フィラデルフィアは、フランチャイズとして米国4大スポーツ全てを抱える。NFLのイーグルス、NBAのセブンティシクサーズ、MLBのフィリーズ、NHLのフライヤーズ、そしてMLS(メジャー・リーグ・サッカー)のフィラデルフィア・ユニオンも当地のチームだ。

 4大スポーツのホーム球場&アリーナは隣接しており、その一角に写真の銅像が立っている。1964年東京五輪で金メダルを獲得し、プロでも世界ヘビー級チャンピオンとなったジョー・フレージャーだ。あの"ザ・グレイティスト"モハメド・アリと3度拳を交えた伝説の王者である。

撮影:筆者
撮影:筆者

 1944年1月12日、サウスキャロライナ州ビューフォートで13人きょうだいの12番目として誕生したフレージャーは、15歳でフィラデルフィアに移り住む。故郷で小作人として働く両親を手伝っていたが、夢は見られなかった。都会に出て一旗揚げよう。ボクシングで世界王者を目指そうと、フィラデルフィアに降り立ったのだ。

 東京五輪代表予選では敗者となったが、優勝者の負傷によりお鉢が回ってくる。そのチャンスをモノにしての金メダル獲得だった。

 アリやジョージ・フォアマンと闘ったフレージャーは、2011年11月7日に67歳で鬼籍に入った。 

プロボクサーとして19勝(8KO)2敗のマービス(左)
プロボクサーとして19勝(8KO)2敗のマービス(左)写真:Shutterstock/アフロ

 今回のフィラデルフィア訪問中、私はフレージャーの息子であるマービスに会おうと思った。父のように五輪出場を目指し、1979年に横浜で開催された世界ジュニア選手権ではヘビー級で優勝。だが、1980年のモスクワ五輪を西側諸国がボイコットしたため、プロに転向する。

 WBAヘビー級タイトルを獲得したジェイムス・"ボーンクラッシャー"・スミスには判定勝ちしたが、ラリー・ホームズやマイク・タイソンには1ラウンドKO負けを喫した。

 「ヘビー級としては小さく、細く、本来ならクルーザー級で戦うべきであったが、父のプライドがそれを許さなかった」「両目とも網膜剥離になったが、フレージャーの息子である以上、リングから簡単に離れられなかった」という話が事実か否かを直接聞きたかった。

 さらに引退後、牧師となったマービスにも興味が湧いた。

撮影:筆者
撮影:筆者

 しかし、マービスもまた深刻なパンチドランカーとなっていた。フィリー滞在中、毎日のように顔を合わせた元世界ヘビー級チャンプ、ティム・ウィザスプーンは言った。

 「1960年生まれと、俺よりちょっと若いんだよな…。お前のインタビューのアポを入れてやろうと思って、彼の従弟や親戚に当たったんだ。もう、自分が誰だか分からないらしい。喋ることも難しいそうだ。

 本当に辛い話だな……。ボクサーで引退後も幸せに生きていける人間って、ほんの僅かだよ」

 今回、私はマービス・フレージャーの教会に通っていた女性も探し当てたが、彼女も首を振りながら話した。

 「見ていてこちらが苦しくなったわ。誰ともコミュニケーションをとれない状態よ。私、何度も彼のスピーチを聞いたし、刑務所を訪問して聖書を語る姿に心を打たれていたのに。残念ね……」

撮影:筆者
撮影:筆者

 フレジャー親子が汗を流したジムも人手に渡っていた。積もった雪だけでなく、現実が、私の体を凍り付かせた。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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