東京五輪を目にした世界ヘビー級チャンプが語る指導論
WBC、WBAと2度世界ヘビー級王座に就いたティム・ウィザスプーン(63)。一流の技術を持ちながらも、プロモーターにファイトマネーをピンハネされ続けた過去を持つ。現在は14人の孫に囲まれる好々爺だが、彼との付き合いで忘れられないのが次の一言だ。
「俺たちは競走馬のように扱われた。倒れるまで走らされ、用済みになったら捨てられる。世界チャンピオンと言っても、俺は奴隷に過ぎなかった」。※ティムについて興味のある方は、拙著『マイノリティーの拳』(光文社電子書籍)をご覧ください。
東京五輪をTV観戦中のティムに感想を訊ねた。
「チラチラ見ているけれど、やっぱり選手たちは美しいね。オリンピック競技から外れてしまうソフトボールなんか、最後の大舞台だという思いが伝わって来た。
男子バスケは、当初NBAの疲労が溜まっているみたいだったが、流石に仕上げてたな。USA代表は水球も、ハートのある戦いを見せたね。
アスリートの競技生活は、本当に短い。だから、悔いのないようにベストを尽くしてほしいな」
引退後、トレーナーとなったティムは、元IBFスーパーウェルター王者のカシーム・オウマや英国の世界ランカーなどを指導してきた。彼は学生時代に、アメリカンフットボール、サッカー、ベースボールと様々な競技を経験している。
「どんなスポーツだって、選手本人が『強くなりたい』『一歩でも向上したい』『勝ちたい』と意欲を持って取り組むことが大切だ。技術を教えるのがトレーナーの仕事だけれど、あくまでもサポートさ。アスリートが伸びるようにコーチングし、声を掛けなければいけない。コーチと選手は信頼関係が不可欠だよ」
元世界ヘビー級チャンピオンの言葉は、もっともである。とはいえ、日本では未だに暴力を用いたスポーツの指導者が跳梁跋扈している。1964年に開催された、前回の東京五輪から、日本の伝統として体罰指導が残っている(※日本独自の暴力指導、その改善策に興味のある方は是非、拙著『ほめて伸ばすコーチング』(講談社)をお読みください)。そう告げると、ティムは顔を顰めた。
「暴力指導? 言語道断だ。それって犯罪じゃないか! 日本人は真面目で勤勉で、頭もいい。だからこそ、コロナ渦でオリンピックが開催されたんだよな…。
きっと解決策を見出せる国民性だと思うぜ。暴力指導撲滅キャンペーンや、組織として厳しいルールを作って、アスリートが競技への愛を失わない環境を築いてほしい。被害に遭った選手は、迷うことなく訴えたらいい。我慢することはない。合わない指導者との関係が終わっても、別の道が必ずあるよ」
現役時代、自らを搾取し続けたプロモーター、ドン・キングとの法廷闘争に踏み切ったティムの言葉には説得力があった。
「アメリカのコーチたちは褒めて伸ばすのが基本だ。アスリートと接していたら、自然とそうなるけどな。選手を馬のように扱うコーチってのは、3流以下だよ。まずはいいところを伸ばし、弱点を克服する。普通にやっていれば、そういう指導が身につくと俺は思う」
オリンピック選手の姿は確かに胸を打つ。しかし、日本のスポーツ界を見れば見るほど、危険を感じるのが本音である。ティムとの会話後も、様々な感情が渦巻いている。