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WBOスーパーバンタム級チャンピオンの姿から思い出された伝説の王者

林壮一ノンフィクションライター
2012年5月27日に45歳で永眠したジョニー・タピア(写真:ロイター/アフロ)

 米国東時間1月13日の13時より、SHOWTIMEとPremier Boxing Champions Event社の進行によって、23日に催されるWBOスーパーバンタム級タイトルマッチに関するオンライン会見が開かれた。

 出席したファイターは、チャンピオンのアンジェロ・リオ(20戦全勝9KO)と指名挑戦者であるステファン・フルトン(18戦全勝8KO)の2名。

撮影:著者
撮影:著者

 同タイトル初防衛戦を迎えるリオは、浴びせられる質問に対して、次のように応じていた。

 「素晴らしいファイトになるよ。フルトンも俺も打ち合いを望むが、スタイルは異なる。西海岸vs.東海岸の打ち上げ花火みたいな戦いになるだろう。2021年の最優秀試合になるレベルさ。試合当日が待ち遠しい。

 ラスベガスのオッズでは、僅かながらフルトンの勝利を唱える人が多いようだね。彼はファンが多いから、その点について特に驚きはない。過去にも劣勢を予想されたことがあるけれど、それが俺の導火線に火を点けてくれた。

 フルトンがいい選手だってことは分かっている。でも23日は俺が世界チャンピオンとなった理由を示し、自分自身を証明してみせる。これまでボディショットを多用し、プレッシャーをかけるスタイルでやって来たし、それを隠そうとは思わない。今回もボディは狙うよ。

 が、今までにない俺をお見せする。

 (プロモーターである)メイウェザーからは、ゲームプランを固めておけ、と言われた。2日前にジムで会ったよ。そして、勝利に結び付く為のポイントをアドバイスされた。

 ずっと世界チャンピオンになりたかったし、今、ベルトを持っている。だからこそ、今の俺は、王者に不可欠な自信を持っている」

2020年8月1日に世界チャンピオンとなったレオ   Photo: Amanda Westcott/SHOWTIME 
2020年8月1日に世界チャンピオンとなったレオ   Photo: Amanda Westcott/SHOWTIME 

 WBOスーパーバンタム級王者の言葉を耳にしながら、私も「挙手ボタン」をクリックした。

 リオが生まれ育ったニューメキシコ州アルバカーキは、3階級制覇王者のジョニー・タピアの故郷だ。IBF/WBOスーパーフライ級、WBA&WBO統一バンタム級タイトル、そしてIBFフェザー級タイトルを獲得したタピアだったが、薬物に溺れ、 2012年5月27日に45歳で短い生涯を閉じた。

 タピアは8歳で、最愛の母を失っている。シングルマザーとして後のチャンピオンを養っていたタピアの母親は、レイプされた後、スクリュードライバーで滅多刺しにされた。病院に運ばれはしたものの、手の施しようが無い状態であった。刺された回数は26回とも、27回とも言われている。いずれにしても凄惨な殺され方だった。

 プロボクサーとして栄光を掴んだものの、タピアは母の死を乗り越えられなかった。心の傷を癒すには、ドラッグしか無かった。何度も収監され、薬物を断ち切れないまま人生を終えた。

3階級を制した名王者だったタピア
3階級を制した名王者だったタピア写真:ロイター/アフロ

 世界戦を間近に控えた選手に対し、こういった会見では次の試合に向けた心境や調整、作戦、何ラウンドのスパーリングをこなして、このファイトのテーマは何か? 等のクエスチョンをぶつけるのが常だ。

 だが私は、アルバカーキ出身であるアンジェロ・リオが、ジョニー・タピアについてどういった印象を持っているかが知りたかった。

 司会者が「もう2名くらいで質問を締め切ります」と言ってから暫くして、私の名が告げられた。

 私はパソコンの画面に向かって言った。

 「チャンピオンのアンジェロにお訊きします。ジョニー・タピアに対して、特別な感情を持っていますか?」

 するとWBOスーパーバンタム級チャンピオンは答えた。

Photo: Amanda Westcott/SHOWTIME
Photo: Amanda Westcott/SHOWTIME

 「ジョニー・タピアはアルバカーキの誇りであり、喜びでした。我々の土地から生まれた偉大過ぎるファイターの一人であり、彼の名は尊敬と共に語られます。素敵な人であり、カリスマ性を持ち、誰に対しても愛を見せましたね」

 次の瞬間、タピアをインタビューしたくて、何度も彼の事務所とやり取りをしていた30代の日々が思い出された。アポが決まりそうになる度に、彼が薬物乱用で逮捕されてしまって、白紙となった。

 タピアの死を知った日も、ネットで見た彼の葬儀の様子も蘇った。

 同時に、リオを通じてアルバカーキにボクシング熱が再燃焼すればいいと思った。

 いつか、タピアの墓を訪ねたい。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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