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選手を犠牲にしたB1島根スサノオマジック

林壮一ノンフィクションライター
辞めるのが遅過ぎた鈴木裕紀(写真:松尾/アフロスポーツ)

 未だにパワーハラスメントが消えない日本のプロバスケットボール界。

 2009年からNBAの取材現場に出ている私にとって、日本のバスケットボール界は、組織も技術も運営もお粗末極まりないとしか感じられない。

撮影:著者 NBAは常にファンに夢を与える
撮影:著者 NBAは常にファンに夢を与える

 2019年8月9日、B2香川ファイブアローズのヘッドコーチによる暴力行為が発覚し、リーグから制裁を受けた。

 同ヘッドコーチはアメリカの独立リーグで働いた時期があったが、選手を指導するのに相応しい人間性は持ち合わせていなかった。

 このヘッドコーチは暴力指導が発覚した際、次のようにコメントした。

 「シュートを落としたとかミスをしたことで手を出したわけではありません。大変期待をしていたり、特に私とコミュニケーションが取れている選手、そういう選手が当該選手となっていますが、各々の選手の課題、技術的な部分ではない部分での課題。例えば言動であったりとか、この業界でずっと活躍していってほしいという私の強い希望があり、『そのためにこれだけは改善しよう』という課題がありました。それに対して『これはやめようね』と言っていた行動を起こした時に手を出したのが事実です」

 このヘッドコーチは自らの行為が、パワハラであるとは認識していなかったとし、チームの代表者と共に辞任した。

 

 当然の結果である。

 2020年1月、今度はB1に属する島根スサノオマジックのヘッドコーチ、鈴木裕紀のパワーハラスメントが公となり、職務停止2カ月のペナルティーを受けることとなった。

 Bリーグは規約違反があったとして、クラブに30万円の制裁金、GMにも10万円の制裁金と譴責、アシスタントGMにも譴責処分を科した。

 スサノオマジックがファイブアローズと違うのは、たった2カ月の謹慎で鈴木を復職させてしまった点だ。スサノオマジックは、「再チャレンジの機会を与えた」などと主張していたが、10試合指揮を執っただけで鈴木は辞任した。

 今シーズン、スサノオマジックが鈴木をヘッドコーチに据えたことは、日本バスケットボール界のレベルの低さを象徴している。そこに真のバスケットボール愛は微塵も感じられない。選手の気持ちもまるで考えていない。

 

 今シーズン開幕直後の10月5日、私はスサノオマジックに以下の質問状を送った。

 1)「株式会社バンダイナムコは失敗をしても、再チャレンジの機会を与える風土を持っています。島根スサノオマジックとしても、鈴木を切り捨てることは簡単ですが、本人が覚悟を持って再びの挑戦を望むのであれば、反省を生かしてさらに高みを目指すよう指導する所存です」と仰っていますが、鈴木氏は高校時代にも暴行事件を起こし、日本体育大学への入学が一年遅れた過去をお持ちだと聞き及んでおります。社会人となってから発覚したパワハラが初めてだとしても、こういったバッググランドをお持ちの人間に監督をやらせるというプロチームの判断は解せないものがございます。彼がすべてを反省したとお感じになっての判断でしょうか。御社の見解をお聞かせください。

 2)高校時代の鈴木氏の行動は、子供の立ち直りの為にある「少年法」に守られたのでしょうが、プロの監督になってもパワハラを行った鈴木氏の人格について、御社はどのように受け止めたのか、その見解をお聞かせください。

 3)NBAやNCAAでは、パワハラを行うような監督は二度と現場に立てません。今回の御社の人選は、日本バスケットボール界のレベルの低さを象徴しているように見受けられますが、御社の見解をお聞かせください。

 4)私が取材した日米のバスケットボール関係者の中には「鈴木は監視の目が緩んだらまた同じ過ちを繰り返すだろう。ああいう人間に監督などやらせてはダメだ」と語る方が数多くいらっしゃいます。こういった意見を聞いて、御社はどのような感情をお持ちになりますか?

 これに対し、株式会社バンダイナムコ島根スサノオマジック代表取締役COOである中村律は、「予てより報道発表いたしておりますので、改めての回答を差し控えさせていただきます。また今後、同様のご質問、ご要望にはお答えいたしかねますので、何卒ご了承ください。 」

 という回答を10月12日に送って来た。

 しかし、回答から19日後の10月末日、鈴木は成績不振を理由に辞任した。

 <成績不振>と語ったが、スサノオマジックは過去と比較して、開幕から5勝5敗と上出来の結果を残していた。

 鈴木に指導者が務まらないのは、誰もが認識していたであろう。

 本場アメリカなら、この類の人間は二度と復帰できない。

 暴力指導が犯罪であることを社会全体がきちんと了知しているからだ。NBAやNCAAで指導者が現場で暴力を振るったら、その瞬間に手錠をかけられ、収監される。教育現場でも同様だ。暴力が犯罪だと理解しているからこそ、こうした問題は例外的にしか生じない。

 日本のバスケットボール界は、自分たちの常識が世界の非常識であることを頭に叩き込む必要がある。でなければ、いつまで経っても”バスケットボールごっこ”の域を出ない。

撮影:著者 NBAのスターは暴力指導を受けていない
撮影:著者 NBAのスターは暴力指導を受けていない

 私がパワハラコーチの姿を目にして思い出すのは孔子の言葉である。

 「中人以上、可以語上也。中人以下、不可以語上也(中人以上には、以て上を語る可き也。中人以下には、以て上を語る可からざる也)」

 ~並み以上の人間には、高度な話をしても良いが、中程度以下の人間には、高度な話をしても意味がない~

 彼らの思考はバスケットボールの本場では、通用しない。

 日本バスケットボール協会もBリーグも、パワーハラスメント防止をもう少し真剣に検討するべきだ。

撮影:著者 なぜ日本のバスケットボール界は本場から学ぼうとしないのか?
撮影:著者 なぜ日本のバスケットボール界は本場から学ぼうとしないのか?

 さて、鈴木が卒業した日本体育大学でボクシング部のコーチを務める佐藤恒雄は、同窓生の行状について憤懣やるかたないといった表情で語る。

 「日体大の恥ですね。こういう人間がいると、暴力指導者製造大学のようなイメージがつき、真面目にやっている教師やコーチも色眼鏡で見られてしまう。やり切れませんよ。

 我がボクシング部は暴力指導などゼロです。選手を叩いて強くなる筈がない。監督の顔色を窺っている選手は、絶対に一流になれません。自分で考えて戦わないと。負けて悔しいのは選手なんです。アスリートは自分が勝ちたいからやるんです。コーチはそれを分かって、出来る限りのことをするのが仕事です。

 団体競技と個人競技の差はあるでしょう。チームスポーツは、まず監督の戦術があって、それに合う選手を集めて行く。レギュラーの数も決まっている。ポジション争いに敗れた上級生は、他者を虐めるくらいしか喜びがない。指導者の依怙贔屓もある。足の引っ張り合いが止まらない。

 それにしても、プロの世界でパワハラとは本当に恥ずかしいです。今、日体大のキャンパス内には至る所に『体罰は絶対にダメだ』というポスターが張ってあります。こういう問題を起こすOBたちにも、校内の警告が伝わるといいのですが…」

写真:佐藤恒雄コーチ提供
写真:佐藤恒雄コーチ提供

 選手たちは暴行や暴言を受けた際、迷わずに声を上げるべきだ。警察に被害届を出す選択肢があることを知識として持っておきたい。リーグも香川ファイブアローズの代表とヘッドコーチが辞任した例を雛型として、厳しい制裁処置を築くべきだと私は考える。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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