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命日に:未だに語られる「2階級制覇人気チャンプ他殺説」

林壮一ノンフィクションライター
激しい打ち合いを見せ続けたアルツロ・ガッティ(写真:ロイター/アフロ)

 IBFスーパーフェザー級、WBCスーパーライト級の2階級を制したアルツロ・ガッティが、滞在先のブラジルで亡くなったのは11年前の今日である。ブラジル警察は自殺と断定し、公式発表でもそう述べた。

 当初、ガッティの新妻であるアマンダ・ロドリゲスが殺人容疑で逮捕されたが、その後釈放となる。ガッティのマネージャーの依頼を受け、犯罪特別捜査班と医学の専門家たちが10カ月におよぶ独自調査を敢行。その結果、同チームは「ガッティは自殺などしておらず、本件は殺人だ」「ガッティは首を吊ったと報告されたが、彼の18インチの首に巻きつけるには紐の長さが足りないし、その紐はガッティの体重を支える耐久力が無い」「地元警察は、遺体が発見されたコンドミニアムのキッチンに残されていた血の付いたタオルの検査を怠った」「アマンダ・ロドリゲス夫人には共犯者がいた可能性がある」と主張した。

 

 ガッティには700万ドルの財産があった。アマンダ・ロドリゲスがそれを狙ったのではないか? という見方も依然として残っている。

 しかし、11年が過ぎた今日、本件の進展は見られないーーーー。

撮影:著者
撮影:著者

 ガッティにとって最後の世界タイトルマッチは、2006年7月22日にカルロス・バルドミールの持つWBCウエルター級タイトルに挑んだファイトだ(9回TKO負け)。私は、この一戦に向けたトレーニングキャンプを取材した。

 ガッティの国籍はカナダだが、当時アメリカで凄まじい人気を誇っていた。激しいインファイトとタフさ、精神力の強さ、爽やかな性格、そして白い肌がファンに支持された。2005年6月25日、パウンド・フォー・パウンドながら、まだ実力に見合うほどの人気を獲得しえなかったフロイド・メイウェザー・ジュニアと戦った際も、ガッティのファンが多かったからこそ、会場が満員となった。

 ガッティには5歳年上の兄、ジョーがおり、その兄の影響でボクシンググローブを握っている。ジョーは、1993年9月10日にWBCスーパーウエルター級タイトルに挑み、初回KOで敗れた。その相手であるテリー・ノリスについて、我々は言葉を重ねた。ノリスはスター王者であったが、引退後、パンチドランカー症候群に苦しめられていた。

 「ノリスのスタイルなら、そんなにダメージは受けていない筈なのにね」と、ガッティは快活に喋った。激しい乱打戦を重ねるガッティのダメージが危惧されたが、この時は問題が無さそうだった。アメリカ人のガールフレンドがおり、いつ入籍しようかと思っているんだ、と笑った。

 選手としては晩年であったが、ストイックに汗を流していた。ガッティは練習後「僕の宿舎でインタビューを受けるから、付いてきて」と私に告げた。そして、これ以上ないほどの安全運転で私がハンドルを握るレンタカーを誘導したことを覚えている。心優しい男だった。

 今日、アマンダ・ロドリゲスは、ガッティとの間に設けたアルツロ・ジュニアと暮らしているそうだ。

 あれから11年。

 ガッティは本当に自ら死を選んだのか、あるいは他殺だったのか。最期の瞬間、どんな思いだったのだろうかーーーーー。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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