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世界に挑むジャパニーズ・サムライ ~アスレティックトレーナー編~

林壮一ノンフィクションライター
北川太一(35)は、2014年よりMLSポートランド・ティンバースで働いている

 滋賀県立安曇川高等学校3年次の初夏だった。北川太一(35)は、アスレティックトレーナーという職業を知る。保健体育の教諭に連れられ、兵庫県神戸市で治療院を営むトレーナーを訪ねたのだ。その人は、オリックスブルーウェーブで同職に就いた経験があり、過去にイチローのケアをしていた。 

 シアトル・マリナーズのトレーニングルームの映像や、イチローのオリックス時代の話を聞くなか、心を突き動かされる。北川は、その日のうちにアスレティックトレーナーとして生きていくことを決めた。

Photo credit: Portland Timbers
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 2004年9月に渡米し、フットヒルカレッジで勉強を開始。その後、サンノゼ州立大、オレゴン州立大大学院を卒業した。インターンシップ時にはサンフランシスコ・ジャイアンツやMLS(メジャーリーグ・サッカー)のサンノゼ・アースクエイクス、サンフランシスコ・フォーティーナイナーズの現場で働いた。

 「アスレティックトレーナーの基本的な役割は、怪我の予防、評価、処置、そしてどのようにリハビリをして選手を競技に戻すかです。練習前に選手のケアをしたり、故障中の選手のリハビリを担当します。日本語で『手に職を得る』と言いますが、やればやるだけ力が付く仕事だと感じます。

 同時に、国家認定試験をパスしてプロのアスレティックトレーナーになるには、当時、CAATE(Commission on Accreditation of Athletic Training Education)から認定されたプログラムを持つ4年制の大学を出る必要がありました。僕は日本人でアメリカ社会ではマイノリティーですから、院卒でなければ太刀打ちできないと感じマスターに進みました」

   Photo credit: Portland Timbers
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 サンフランシスコ・ジャイアンツでベースボールプレイヤーと接した頃を振り返ると、ポジション別に性格が分かれる部分があるそうだ。

 「野球にはボールを投げる、あるいは打つという動きがありますよね。上半身を捻ったり、腕を使った動作がメインになります。投げるという動きは人間とって非常にユニークなんです。人それぞれキャラクターが違いますから、良さを引き出すコミュニケーションを心掛けました。

 先発投手は我が強かったり、サウスポー投手は変わり者が多かったり、キャッチャーは責任感が強くて実は繊細だったり、ファーストには身体の大きな豪快なタイプが見受けられました。それを分かったうえで、こちらも掛ける言葉や接し方を考えました」

Photo credit: Portland Timbers
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 サッカー選手は? と訊くと

 「言うまでもありませんが、ストライカーはいい意味でも悪い意味でもエゴイストです。反面、GKは気配りができ、キャッチャーと似ているように思います。センターバックは、ガタイのある兄貴分的なキャラが多いですね。野球のファーストと共通点がありますよ。また、ボランチは口数の少ない職人肌という印象です」

 こうした、現場が北川を育てていった。2009年の7月、NFLのサマーキャンプが始まる頃には、サンフランシスコ・フォーティーナイナーズでのインターンシップを経験する。NFLとは、紛れもなく米国のスポーツ界の頂点である。

 「衝撃を受けました。選手だけでなく、組織自体がトップ中のトップでした。アスリートの身体能力、人間力、メンタリティに他のスタッフも負けず劣らずなんです。『今日、自分のやるべきことをやる』というポジティブな姿勢が漲っていました。Winning Mentalityと呼ぶべきものでしょう。毎日、こちらも身が引き締まりましたね。

 ただ、アメフトっていうのは防げない怪我がどうしても多い。NFL選手の寿命は5年くらいだと言われています。毎回毎回激しくぶつかる競技でしょう。1対1ならまだ良いのですが、巻き込まれて2次的、3次的にタックルされたり、見ていない角度から当てられることで頻繁に怪我が生じます。メディカルスタッフの観点から述べれば、リスクが高い。その一方で、サッカーは防げる怪我が大多数です。僕は、可能な限り怪我が起きる可能性を軽減することを目標としています。その人が動く時に、自身の体をしっかり理解したうえで、本来の力を100%発揮してプレーすることが大事だ、と思っているんです。ですから、アスリートはいつも自由自在に体を動かせることが理想です。そういう意味でも自分には、サッカーチームのアスレティックトレーナーが適しているように感じますね」

Photo credit: Portland Timbers
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 2014年の11月のことだった。北川は、1975年設立とMLSのなかでも伝統のあるポートランド・ティンバースのオファーを受け、一員となる。同チームは、ペレやフランツ・ベッケンバウアーを擁しながらも短命に終わった北米リーグ時代から、サッカー不毛の地とされたアメリカ合衆国でクラブを運営して来た。

 北川が入団した1カ月半後に2軍チームが発足し、MLSの下部リーグに加盟。1軍も2軍も任されるようになった。

 「この仕事はいつも喜びに満ち溢れています。大好きな職業です。練習中や試合中に怪我が出なかった時は凄く嬉しいです。高校3年の時に思い描いた以上の自分になれました。

 2017年の7月からトップチーム1本になりました。我々には、怪我が起こる前に人体を的確に評価する能力と、見付かった問題点を的確に改善する能力が求められます。人体は全てが繋がって連動している事を常に意識しながら、色々な角度から知識を蓄えていかねばなりません」

 北川は自らの歩みを思い起こしながら語る。

 「人間には誰にでも、自分に合う環境があると思うんです。自分が自分でいられる場所と言えばいいでしょうか。能力を十二分に出して成長できる地というのが、僕の場合はアメリカだった。生温くなく、ピリピリした状態でやれている自負がありますね。アクションを起こした人間がリスペクトされるアメリカのチャレンジ社会が僕は好きです」

 新型コロナウィルスの猛威で休止中のMLSだが、今後、北川はどんな闘いを見せるのか。目が離せない。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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