世界チャンプの切なさが見えた
ボクシング映画と聞いて、皆さんが思い浮かべるのは『レイジングブル』か、『ロッキー』か、『シンデレラマン』か、あるいは『ミリオンダラーベイビー』か?
過去にも書いてきたが、これらは全て、白人ファイターが主人公である。合衆国に黒い肌の大統領が誕生する時代になっても、ハリウッドにおいて、黒人の物語は成立しづらい。
6月3日より、日本公開となる映画『サウスポー』。
今回も、そういう類かという先入観は、ほどなく粉砕された。まずは、カメラワークが秀逸。また、HBOのアナウンサー、解説者、レフェリーなど本物を起用しているので臨場感に溢れている。マディソン・スクエア・ガーデンの警備スタッフのジャケットまでリアリティーが追求されていて、感心した。
そして……プロモーターがファイターを食い物にしていく様もよく描けている。
スクリーンを見詰めながら、何度も耳に木霊したのは、元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンの言葉だった。
'''ボクサーってのはな、競走馬と同じさ。勝てば首にリボンを巻いてもらえるけれど、用済みになったら、それっきり、撃ち殺されて終わるんだ。プロモーターにとって、俺は奴隷に過ぎなかったのさ……'''
この一言を耳にした時、鳥肌が立ったのを覚えている。物書きなら、どんなことをしても、この男について描かねば、と思った。
さらに、『サウスポー』の主人公と愛娘の試合後のやり取りは、ティムと娘たちの会話に良く似ていた。家族を愛し、子供たちを守るために45歳までリングに上がり続けた元世界ヘビー級王者、ティム・ウィザスプーン。彼に関する文章を作品化してから、今年で丸10年。彼らのファミリーと、『サウスポー』を一緒に観たいと思った。