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世界チャンプの切なさが見えた

林壮一ノンフィクションライター
「ロッキー」の階段で娘を抱え上げる元世界ヘビー級チャンピオン

ボクシング映画と聞いて、皆さんが思い浮かべるのは『レイジングブル』か、『ロッキー』か、『シンデレラマン』か、あるいは『ミリオンダラーベイビー』か?

過去にも書いてきたが、これらは全て、白人ファイターが主人公である。合衆国に黒い肌の大統領が誕生する時代になっても、ハリウッドにおいて、黒人の物語は成立しづらい。

6月3日より、日本公開となる映画『サウスポー』。

今回も、そういう類かという先入観は、ほどなく粉砕された。まずは、カメラワークが秀逸。また、HBOのアナウンサー、解説者、レフェリーなど本物を起用しているので臨場感に溢れている。マディソン・スクエア・ガーデンの警備スタッフのジャケットまでリアリティーが追求されていて、感心した。

そして……プロモーターがファイターを食い物にしていく様もよく描けている。

スクリーンを見詰めながら、何度も耳に木霊したのは、元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンの言葉だった。

'''ボクサーってのはな、競走馬と同じさ。勝てば首にリボンを巻いてもらえるけれど、用済みになったら、それっきり、撃ち殺されて終わるんだ。プロモーターにとって、俺は奴隷に過ぎなかったのさ……'''

この一言を耳にした時、鳥肌が立ったのを覚えている。物書きなら、どんなことをしても、この男について描かねば、と思った。

さらに、『サウスポー』の主人公と愛娘の試合後のやり取りは、ティムと娘たちの会話に良く似ていた。家族を愛し、子供たちを守るために45歳までリングに上がり続けた元世界ヘビー級王者、ティム・ウィザスプーン。彼に関する文章を作品化してから、今年で丸10年。彼らのファミリーと、『サウスポー』を一緒に観たいと思った。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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