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ブルーの2チーム

林壮一ノンフィクションライター
サンシーロ付近に書かれたルーニーの落書き。味があるね!

サンシーロの最寄駅であるLottoから徒歩でスタディアムを目指す。ミラノに入ってから、可能な限り多くの人からコメントを集めたが、最も衝撃的だったのは、「イタリアにおいてカルチョ(サッカー)とは、ブルーカラーが好むスポーツであり、教養のあるアッパークラスの家庭では、我が子にサッカーはさせない。フェンシングか乗馬を薦める」というものであった。

イタリアに到着した初日に友人になった38歳の男性は言った。彼はロンドンの大学院でMBAを取得しており、英語が話せた。経由したコペンハーゲンからの飛行機で隣に座った男である。

「アズーリの試合は楽しみに見るけど、セリエAにはそれほど注目していない。やっぱり、国vs国が面白いじゃない。スタディアムで、サポーター同士が暴力的にやり合うのがカルチョだよ。貧しい労働者たちが、日々の生活の鬱憤をカルチョ会場で晴らす。仕事上の喜びとか、他に熱くなることがあまり無いんじゃないか。

僕はユベントスのファンだけど、ユベントスの本拠地であるトリノにはフィアットの工場があって、安い席にはブルーカラーが沢山詰めかける。高価な席では、スーツを着たビジネスマンがスイートルームで食事をしながら観戦しているけれどね。南部出身の選手は貧しい出が多い。以前、ローマvsナポリのゲームで、ファンが銃で撃ち合ったことがあるけれど、そんなの普通じゃないだろう。マフィアが介入しているから八百長なんかもあるしさ…。確かにブルーカラーの象徴っていう部分がある。

僕個人はラグビーの方が好きだ。味方も敵もゲームが終われば、チームを越えて友人になる。ファンも同じさ。とても健全だし、サッカーファンよりは知的な人が多い気がするよ。サッカーで這い上がっていくのは、移民とかハングリーなタイプが多いよね。今だったら、バロデッリなんかが典型的じゃない」

ファンション業界で働く彼にとって、カルチョはそれほど関心のあるものでもないようだった。

Lotto駅を背に10分ほど歩いただろうか。間も無くサンシーロが見えるといった地点で、壁に書かれたスター選手たちの絵に目が留まった。リオネル・メッシ、ハビエル・サネッティー、マリオ・バロテッリ、ウェイン・ルーニー、ペトル・チェフ一番似ていないのがバロデッリであったが、いつか、本田や長友の似顔絵が書かれると楽しいな、と思った。

シャッターを切っていると、ACミランファンの高校生4名に呼び止められた。各々が、片言の英語を話す。日本から取材で来たことを告げると、小太りの16歳が言った。

「ホンダはもうミランにいらない! 全然、ゴールを挙げられないじゃないか!! 足も遅いし、裏切られたぜ!!! ターラブトとかマストールとか攻撃陣にはいい選手がいるから、来シーズンはいないだろうね」

プロは期待に応えてナンボである。おそらく、本田の耳にもこうした声は入っているであろう。レギュラーを張り続け、キャプテンを命じられたこともある長友佑都も、叩かれながら現在の地位を掴んでいる。また、今後もミスすれば容赦ない罵声が浴びせられるであろう。それが、ジョカトーレなのだ。

サンシーロスタディアムは優美だった。イタリア人でさえ、許された者しかプレーできない場所まで、長友佑都や本田圭佑は登ってきたのだ。そこで結果を残すことが、いかにハードなことかを感じながら挑んでいるのだろう。そんな日本人が出現したことに、隔世の感がある。

インテルでキャプテンマークを巻くとか、ACミランの10番を日本人が背負うなどというのは、私の世代では漫画の世界でしかあり得なかった。

今回のワールドカップ、日本は予選リーグで敗退した。が、「優勝してやる!」という男たちが現れただけで大きな一歩ではないだろうか。世界との差を思い知らされ、地面に這いつくばる経験こそ、今の日本に必要だったのではないか。

※僕のイタリア取材日記をご覧になりたい方は、 

http://otonano-shumatsu.com/column_list/36295.html

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ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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