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「加害者家族」支援に本格的に取り組む契機?9月29日の関東弁護士会連合会のシンポと大会

篠田博之月刊『創』編集長
林眞須美さんの自宅を覆った落書き(その後自宅は消失)筆者撮影

9月29日、「加害者家族」支援をめぐる議論が…

「加害者家族」というこれまで社会的になじみのなかった概念がようやく少しずつ広がり始めている。

 例えば先ごろTBS系列で放送された大山寛人さんのケース。もともとCBCテレビが追っていたらしいが、ごく最近、「NEWS23」でも大きく特集された。詳細は下記だ。

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/707664

「人殺しの息子」と石を投げられ16歳でホームレスに…「加害者家族」として差別され続けた男性の23年間の苦悩

 実はこの事例、9月29日の関東弁護士会連合会のシンポジウム「刑事加害者家族支援について考える」の報告書でも詳しく取り上げられている。このシンポの後、同日午後に行われる定期大会ではこの加害者家族支援が議論され、宣言が提案される。この問題については、これまで山形県弁護士会が既に取り組みを行っているが、関東弁護士会連合会という大きな組織で本格的取り組みがなされるとなれば、歴史的な動きと言ってよいかもしれない。

  シンポや大会は一般向けでなく、弁護士、自治体、マスコミなどの参加で開催されるが、その動きは報道もなされるはずだ。

 こうした動きや、そもそも「加害者家族」というのはどういう存在なのかについては、以前もこのヤフーニュースで記事を書いた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/70caf0ce2a067f67c9658235f9246cca7b14d913

弁護士会が取り組もうとしている「加害者家族」支援めぐる動きは歴史的な出来事かもしれない

 今回はその続きとして、私がこれまで関わった「加害者家族」をめぐる事例について書いてみたい。前回の記事でも書いたが、私は29日のシンポのパネリストを務めることになって、この半年ほど、それについて取材し整理する作業を続けてきた。今回ここに公開するのは月刊『創』(つくる)10月号に書いたレポートをもとにしている。前述した山形県弁護士会の取り組みについても同弁護士会の犯罪加害者家族支援委員会の遠藤凉一委員長に話を聞いている。その内容はヤフーニュースの下記に公開したので参照してほしい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/56d6e61317adabbe25cc0c8fa9c45170c68b6e61

「犯罪加害者家族」をめぐる取り組みと今後の課題  遠藤凉一

バッシングが家族にも向けられる

 日本においては、欧米ほど「個」が確立しておらず、「家」という単位で理解されてしまうため、加害者本人と加害者家族が一緒にバッシングの対象になってしまう。加害者家族は、ある意味では被害者なのだが、社会の理解はほとんど得られていない。

 この記事の冒頭に掲げた写真は、1998年に起きた和歌山カレー事件で死刑が確定している林眞須美さんの自宅だ。第1回公判を傍聴しようと99年に和歌山市を訪れた際、事件当時何度か訪れたその自宅に久々に足を運んだ。そして、自宅の塀にびっしりと書かれた落書きを見て、一瞬言葉を失った。どうやって登ったのか二階の壁にまで落書きが書かれていた。

 既に林夫妻は逮捕されてそこには住んでおらず、児童養護施設に引き取られた4人の子どもたちが、時たま荷物を取りに戻るという自宅だった。有罪が確定するまでは無罪とみなすという「無罪推定」の原則どころか、逮捕されたとたんに容疑者への集団リンチが始まるという現実を示したのがその落書きだった。しかも容疑者は逮捕されて自宅にいないのだから、それは家族の生活の場である可能性があるのだが、そういう想像力は全く働いていない。「荒涼」という言葉を思い起こさせるその光景は、日本社会の「荒涼」とした一断面を示しているようにも見えた。その後、その自宅は何者かに放火されて焼け落ちた。

 林眞須美さんは今も自分は無実だと再審請求を起こしており、「加害者家族」と呼ぶのは適切ではないが、その子どもたちが事件後、どういう状況に置かれたかについては、長男が上梓した『もう逃げない』(ビジネス社)という本を読むとわかる。結婚を約束した女性の父親に「実は…」と打ち明けたとたんに離縁させられたといった体験が、そこには書かれている。

三田佳子さんの二男・祐也君の薬物事件裁判

 さてこの記事では今回、「加害者家族」と事件報道の問題を中心に書いてみたい。

 まず薬物事件ということでは私が長く関わっている三田佳子さんの次男、高橋祐也君について取り上げよう。私は彼が18歳の高校3年の時に最初に逮捕されて以来関わっており、既に43歳になった彼を今も「祐也君」と呼んでいる。

 祐也君は昨年秋、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、今は東京拘置所にいる。7月31日に懲役2年、うち4カ月を刑の執行停止により保護観察に付すという実刑判決をくだされている。8月半ばに控訴したのだが、私は裁判を何度か傍聴し、祐也君に3回面会している。野方警察署で2回、東京拘置所に移ってから1回だ。

かつては三田佳子さんが会見したことも(2007年)筆者撮影
かつては三田佳子さんが会見したことも(2007年)筆者撮影

 もともと彼の薬物事件についてマスコミがこれまで大きく報じてきたのは、母親が三田佳子さんだというニュースバリューによるものだ。5度目の逮捕というのは薬物依存の深刻さを示しているのだが、一般の人の場合、逮捕のたびにこんなふうに実名報道されはしない。前の逮捕事件まではマスコミが相当大きく報道し、しかも誤解や事実誤認も目に付いた。それをただすという意味もあって、実際はこうなのだと記事にしてきたが、今回はマスコミ報道も以前ほど大きくないので本誌で敢えて報じる必要もないかと考えた。

映画『天間荘の三姉妹』舞台あいさつをめぐって

 昨年秋、祐也君が逮捕されたのは、ちょうど三田さんが出演していた映画『天間荘の三姉妹』の公開前だった。主役ののんさんも、三田さんもとても味のある演技で、好きな映画だったが、その公開舞台挨拶をめぐるエピソードが芸能マスコミで話題になった。

 舞台挨拶に登壇することになっていた三田さんが、「私が出ることで作品や登壇者の迷惑になってはいけない」と最初、参加辞退を伝えたが、制作サイドが説得。最終的に出席を決めたという(22年10月29日付スポーツ報知)。舞台挨拶で作品のテーマである生死についての話になると「いろいろ、ありますけれど…」といって言葉を詰まらせる場面もあったという。

 実は彼女は既に「卒親宣言」を行い、息子と自分に一線を画していた。かつて祐也君の逮捕のたびに、三田さんは記者会見を開いたり、舞台を降板することになったりと、大変な状況に追い込まれてきた。もう祐也君も大人だし、俳優としての活動に専念するためにもあえて「卒親」を掲げたのだろう。もちろん親子だから気にならないわけはないし、その舞台挨拶をめぐっても、考えるところがあったのだろう。

 今回の祐也君の逮捕について、これまでのような大きな報道になっていないのは、マスコミもそのあたりの事情を理解したためかもしれない。ただ、今年7月末の判決については、東スポだけでなく、幾つかのメディアが報じ、読売新聞など一般紙も報道した。一部の女性週刊誌はウェブ版で、親が甘やかしたせいで息子がこうなったという、これまでの週刊誌記事をコピペしたような記事を書いていた。

 1998年、祐也君が最初に18歳で逮捕された頃は、なかなか大変な状況ではあった。当時初めて三田さんの自宅を訪れた時は、祐也君が母親にぞんざいな口をきくのを見て「おいおい」と思った。でもつきあってみると彼はなかなかナイーブな少年だった。

 私はその後、その家族と関わることになったのだが、祐也君は薬物依存で何度も逮捕され、更生のためにどうすべきなのかという家族の取り組みに私も協力した。彼の本を弊社から刊行する準備期間には、ウイークリーマンションに部屋を借りて1カ月ほど彼と同じ屋根の下で暮らしたこともあった。

更生にかけた家族の思いは…

 懐かしく思い出すのは2001年の正月に保釈された祐也君を弁護士が預かり、夜は自宅で、昼間は弁護士事務所でめんどうを見ていた時期だ。夕方5時に弁護士事務所の業務が終わると、冷蔵庫から冷ややっこを取り出し、祐也君を囲んで父親の康夫さんや私も加わってビールを飲むのだが、そこへ三田さんが手製のハンバーグを持ってやってくる。祐也君の更生のための「チーム三田」といった集まりだった。

 そんなふうに家族を中心に、何とかして祐也君を薬物依存から脱退させようと努力を続けたのに、本人はその後も逮捕された。祐也君自身もそれがよいと思っているわけはないのだが、薬物依存というのは本当に深刻だった。逮捕のたびに本人だけでなく家族も私も、失意のどん底に突き落とされた。

 昨年逮捕された時は、彼は同棲していた女性と別居し、大好きな子どもにも会えずに一人暮らしという生活を送っていた。そういう不安定な状況だと再び薬物に手を出してしまう怖れは十分にあった。だから根本的な解決は、自分の環境を充実させ、薬物に逃避しなくてすむようにすることだ。

 昨年来、面会室で祐也君と話したことは、今回の刑に服した後、どうするかということだった。自分の生きがいを何か見出し、リアルな生活を充実させない限り、薬物依存からの脱却は難しいからだ。

 加害者家族が被害者だというのは、薬物依存についてはよくあてはまる。本人の更生のために家族は大変な思いを続けるのだが、シジフォスの神話のように、大岩をようやく山頂まで運び上げたと思ったら再び岩は転げ落ちる、それを何度も繰り返すというのが薬物依存の恐ろしさだ。祐也君は43歳だが、薬物依存から脱出しないと、刑務所と市民社会を一生、往復しながら終わるという恐るべき人生が待っていることになる。

元五輪体操選手・岡崎聡子さんの一念発起

 薬物依存としては元オリンピック日本代表の体操選手・岡崎聡子さんとも私は10年以上のつきあいなのだが、彼女も刑務所と社会を2~3年ごとに往復するという人生を続けていた。服役中に両親を亡くし、まさに親の死に目にも会えないという状況だった。

 母親が危篤という時には彼女は私に手紙を送り、何とか一目だけでも親に会うことはできないかと言ってきた。私は薬物依存からの回復をめざす日本ダルクの関連組織アパリに声をかけ、相談した。そしてわざわざ福島刑務所まで行ってもらったのだが、面会室に現れた彼女のもとには、2日前に母親が亡くなったという訃報が届いていた。

 その彼女にも息子がおり、2009年、5度目の逮捕の時に、母親を助けたいと情状証人として法廷に立ったこともあった。彼は小さな時から親が何度も逮捕されるというニュースに接してきた。聡子さんが2019年に逮捕された時、まもなく還暦を迎えるというのにさすがにこのままではまずいだろうと相談し、アパリと契約して本格治療に取り組むことになった。その時点で既に逮捕は10回を超えており、そのままではあまりに淋しい人生ではないかと思った。裁判には私も証人出廷し、聡子さん本人も今度こそ本格的に治療に取り組む決意を語った。幸い今回は本人もようやくその気になったようで、出所後も治療に専念している。

 その聡子さんが、今度こそ治療に取り組むと語っていた言葉の中で、孫と接するようになったことが、このままではいけないと思ったひとつのきっかけだと言っていたのが印象的だった。

家族というのは大きな存在なのだ。

性犯罪での逮捕で報道陣が自宅に押し掛ける

 依存性が指摘されるのは薬物のほかに性犯罪もそうだ。この10年ほど、私は性犯罪の事件にも関わってきたが、そこでも加害者家族の問題に直面した。ここではミュージシャンのナオキと、樹月カインこと松本学さんの例を取り上げよう。性犯罪で服役後、出所して彼らがどんなふうに更生をしていくか見守り、本誌に随時レポートを掲載もしてきたのだが、2020年から21年にかけて2人が相次いで再び逮捕された。ナオキは現在服役中、樹月さんは現在、最高裁で審理中だ。

 2人とも逮捕時には同居していた女性がおり、警察が発表した容疑者自宅ということで取材が押しかける事態となった。逮捕の報に驚いているところへマスコミがやってくるという、恐怖の事態だ。

 まずナオキのケースからお伝えしよう。かつて紅白歌合戦にも出場したミュージシャン、元ヒステリックブルーのナオキは懲役12年の服役後に出所。出所直前に本誌に手記を発表して話題になった。二度と刑務所に戻ることのないよう、自分の更生に賭けた思いを社会に明らかにしようという意図からだった。

 しっかりした男性だったし、私も更生については大丈夫だろうと思っていたのだが、突然逮捕された。見知らぬ女性の後をつけ、背後から押さえ込んで胸をさわろうとしたらしいのだが、女性は恐怖のあまり転倒し、ナオキは現場から逃走。しかし、後に反省して自首したのだった。このナオキも樹月さんも10年以上服役した前刑で性犯罪再犯防止のプログラムR3を受講していた。性犯罪については学習しており、更生の確信も得て出所していた。

ナオキ逮捕後にアップしたヤフーニュースの記事
ナオキ逮捕後にアップしたヤフーニュースの記事

 ナオキは、かつては知られたミュージシャンだったため、逮捕は大きく報道された。私は逮捕翌日から本人に接見するとともに、初期報道の誤りや、何よりも同居女性ら家族に報道被害が及ばぬよう、ヤフーニュースに速報を続けて書き込んだ。

犯罪者を叩くつもりで実は家族を攻撃

 その初期報道に言及した部分を引用しよう。記事の見出しは「性犯罪で再び逮捕された元ヒステリックブルーのナオキに警察署で接見した」だ。

《一連の報道の中で、詳細で私も少し驚いたのが朝日新聞デジタルの記事だった。

「ヒステリックブルーの元ギタリスト逮捕 強わい致傷容疑」

 犯行現場の記述も詳しいが、何より驚いたのは、甲府市の現住所を詳しく書いていたことだ。その住所は、本人に聞いたら、今回の事件を起こして自首した後、移り住んだ場所という。いわば緊急避難したのだろうが、本人が勾留された現在、そこは前刑出所後から一緒に暮らしている現在の妻(籍は入れていない)が住むところで、その住所を新聞が暴露してはまずいだろう。朝日新聞がそうしていること自体にまず驚いた。

 と思って、見たら、文春オンラインがその住居の写真をぼかし入りで公開している。記事内容も詳しいから短時間でそれだけ調べ上げた取材力に敬意は表したいが、もうひとりの被害者というべき妻が住んでいる住居を暴いてネットで公開というのは、いくら何でも問題だろう。夫の更生をサポートしていた妻にとって、今回の事件は大きな衝撃のはずで、マスコミの取材攻勢を逃れて今現在はその自宅からも避難しているが、恐らく写真週刊誌などは張り込みをしているのだろう。

 でも、家族の住所は暴くわ写真は載せるわというのでは、いくら何でも自分たちの報道の暴力性に無自覚すぎる。犯罪者を叩いているつもりが、実際にはもうひとりの被害者でもある妻ら家族を攻撃しているという、その現実を自覚してほしい。

[注]この記事を公開してから文春オンラインは問題の写真を削除した。この記事を読んだからかどうかは不明だ。》

妻が生活する自宅に報道陣が直撃取材

 もうひとつの事例、2021年に逮捕された樹月さんも、前刑受刑中に再犯防止プログラムを受講していた。そして出所後、それを実践するとともに、性犯罪者の更生をサポートする「さなぎの樹」というNPO法人を立ち上げた。性犯罪から立ち直り、自ら更生支援組織を運営し始めたその代表が性犯罪容疑で逮捕されたという事件だったため、関西では大きく報道された。

 彼は敬虔なクリスチャンで、出所後に教会で知り合った女性と結婚し、一緒に暮らしていた。女性はもちろん彼の前の性犯罪のことは知っており、夫の更生をサポートする思いを持って同居していたのだが、その夫が突然逮捕され、しかもSNSで不特定多数の女性に呼びかけて性犯罪を繰り返していたという容疑だった(本人は一貫して容疑を否認している)。妻にとっては驚天動地の逮捕だった。

 この事件も逮捕翌日に本人に接見し、妻の話などを総合してヤフーニュースに記事を書いた。見出しは「『うずしお先生』事件で逮捕された性犯罪更生支援団体代表と妻との涙の面会に同席した」だ。「うずしお先生」とは、本人がSNSで女性を募る時に使っていた名称だ。

「うずしお先生」事件で逮捕直後に記事をアップ
「うずしお先生」事件で逮捕直後に記事をアップ

《取材に際しては想像力を働かせてほしい。

 妻ももちろん夫のかつての性犯罪については知っていた。知り合ったのは夫の出所後だが、樹月さんは刑務所でR3という治療プログラムを受け、出所後は自らの更生とともに、この社会から性犯罪をなくすための社会活動に従事したいという意向を持っていた。

 ふたりが交際するようになったのは、同じキリスト教会に通っていたのがきっかけだった。社会から疎外されながら更生に励もうとする夫を支えたいと考えたのも、彼女が信仰の中で培ってきた考え方と関わりがあったと思われる。

 それが今回、再び性犯罪で夫が逮捕され、警察やマスコミが訪れるという、予想もしない状況に突然叩き込まれたのだった。逮捕後もテレビ局員や新聞記者が自宅へやってきてピンポンを鳴らすことでさらに彼女を恐怖に陥れた。

 この間、私ができるだけ早くこの記事を立ち上げたいと考えたのは、マスコミが一斉に取材を開始し、妻のもとへ直撃取材も行われているからであった。

 そもそもいきなりやってきてピンポンを鳴らすような取材依頼に妻が応じるはずがないのだが、問題なのは、そうやって次々とマスコミがピンポンを鳴らす行為が、彼女が事件関係者だというのを近所中に拡散する恐れがあることだ。

 いつも思うのだが、マスコミは警察が発表した自宅住所を番地は伏せるにしても条件反射のように報じるし(住所を報じた結果、さっそくネットでそれをもとに自宅を特定しろという書き込みが始まっている)、記者が自宅を直撃してピンポンを鳴らすという行為も、不安になっている家族をどんなに追い詰めることになるのか、考えてみてほしい。》

《それが仕事だからやむをえないとはいえ、今の犯罪報道にあり方については、マスコミはもう少し想像力を働かせてほしい。》

 前述したようにこの事件はまだ裁判が行われている。性被害を訴えた女性は複数いるが、樹月さんはあくまでもプレイとして行ったもので、性犯罪にはあたらないという主張を行っている。ただ1・2審の裁判所は前刑も踏まえて懲役10年という重い実刑判決をくだしている。

 更生をサポートし、信じていた夫が再び性犯罪で逮捕されたというわけだから、妻の受けた衝撃はかなりのものだったと思う。しかし、彼女はその後も夫を信じて、裁判の支援を続け、ほぼ毎日、接見を続けている。

 ナオキは埼玉地裁での審理だったから私はほぼ毎回傍聴したが、樹月さんの裁判は大阪地裁なので、公判を傍聴できたのは1審の判決公判だけだ。10年以上も服役し、治療プログラムも受けて出所した2人が2~3年後に再び逮捕されたことは、性犯罪の深刻さを思い知らせる事態だった。

逮捕直後の家族への取材攻勢にどう対応するか

 2人それぞれのケースで、逮捕直後に報道陣が自宅に押しかけたことに対して、私は、それは被害者でもある妻を恐怖に陥れることにほかならないとヤフーニュースで指摘した。逮捕翌日に接見して被疑者がこう主張しているという情報も伝えた記事だったので、幸い報道にあたった新聞・テレビの記者らには伝わったようで、自宅への直撃取材はほぼ収まった。

 加害者家族にとっての一番大きな問題は、逮捕直後に報道陣が押し掛け、近所にも知られてそこに住むこともできなくなってしまうという事態だという。それについては恐らく、きちんと情報を発信し、やめてほしいと依頼すれば、報道陣にも伝わる。それを理解するくらいの人権意識はマスコミの方も備えているのが実情だ。

 だから事件発生当初に大事なことは、被疑者やその家族の訴えをいかにして報道側に伝えるかだ。その段階から弁護士がメディア対応に当たるといったことは、現実的にはほとんどなされていない。今後、弁護士会が「加害者家族」支援に取り組むとしたら、まずそのあたりから始めるのがよいかもしれない。

 報道する側にも一定の人権意識はあるから、自宅に押し掛けられて家族が困っているという情報が伝われば、多くのマスコミには理解されるはずだ。

 メディアが接触できないでいる被疑者の声を伝えることと、発生初期の混乱した取材・報道については、過熱取材による家族の被害などを、できるだけ発信する。これは結構効果がある場合が多いというのが実感だ。

 今後、「加害者家族」支援に弁護士会などがどう取り組むことになるのか、まだ具体的なことはわからない。これまでなじみのなかった「加害者家族」という存在をまず認識するところから新たな動きは始まると言えるのかもしれない。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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