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ジャニーズ性加害の議論沸騰は良いことだが、CM中止の「横並び」やメディアの抽象的な反省には違和感も

篠田博之月刊『創』編集長
9月7日のジャニーズ事務所会見(筆者撮影)

堰を切ったように「横並び」で「大丈夫」なのか

 ジャニーズ事務所の「性加害」が大きな社会問題となり、連日報道が続いている。これ自体はとても良いことなのだが、何十年にもわたってタブー視され、メディアが沈黙してきたのが、急に手のひらを返したように議論沸騰となったことには違和感を感じる面も少なくない。例えば7日のジャニーズ事務所謝罪会見を機に、CMスポンサーが一斉に打ち切りを表明しているが、これについてもその「横並び」ぶりに違和感を表明している人が多い。

 この問題は3月のBBCの放送が大きなきっかけになったのだが、その放送を受けてすぐにキャンペーンを展開した『週刊文春』以外は、実は当初、反応は鈍かった。転機となったのは4月12日のカウアン・オカモトさんの実名・顔出しの会見と、5月14日のジャニーズ事務所社長の謝罪ビデオ公開で、新聞・テレビはお墨付きを得たとばかり、一斉に報道を始めた。そして9月7日にジャニーズ事務所が正式に謝罪会見を開いたことで、堰を切ったように報道も拡大し、CM打ち切りなどの動きが広がった。

 CM見直しについては、それを促したのは謝罪会見前後に、マスコミが「CMを今後どうするのか」とスポンサーに一斉に取材をかけたことだろう。ネットニュースやスポーツ紙など連日、どのCMが打ち切りになったなどと表を作って報道した。

 それぞれのCMにはジャニーズの有名タレントが出演していたため、タレント名を掲げてそれを報道することで反響もあったのだろう。9月11日にSnow Manの新CMが始まって、当面継続と言っていたモスバーガーのモスフードサービスも13日になって突然、契約を継続しないと方針転換した。どのCMがまだ続いているのかなどと連日企業名をさらされていれば、イメージ悪化を恐れたスポンサーがなだれを打って中止に踏み切るのは当然の流れだろう。

 今回のことを機に企業が性加害や人権問題に取り組むようになったと考えれば悪いことではないのだが、周りの様子を見ながら横並びで対応しているような、この間の風潮を見ていると「大丈夫なのか?」と思わざるをえない。

「当事者の会」の対応がなかなかすごい

「ジャニーズ性加害問題当事者の会」が9月11日に日弁連に人権救済申し立てを行ったことを報告する記者会見を開いたのだが、その場でもこの問題について発言があった。副代表の石丸志門さんは「スポンサーの急な離れ方は私たちの望むところではありません。スポンサー企業はぜひ適正に調査を行ったうえで対応を決めてほしい。タレントたちにも人権はあります」と発言した。

 代表の平本淳也さんもこう語った。

「何らかの調査をしたうえでスポンサーをおりるというのであればよいのですが、7日の会見直後に一斉にとりやめというのはどうなのでしょうか。企業の判断なので私たちが口を出すことではありませんが、タレントさんたちの仕事を奪うことには反対です」

9月11日の「当事者の会」の会見(筆者撮影)
9月11日の「当事者の会」の会見(筆者撮影)

「当事者の会」のこの間の冷静な判断や対応には感心させられることが多い。第三者がそういう意見を言うと炎上しかねないのだが、被害当事者の言葉だけに重く受け止められる。

 この後、「当事者の会」は14日に、「人権を重視する姿勢に深い敬意を表するもので、取引停止が事務所の対応の是正につながる側面があることを否定しない」としながらも「取引を直ちに停止することを希望するものではない」というスポンサー企業などへの要請書を公表した。

「当事者の会」は被害者個人の集まりで、会見などでは個々人が違った意見を表明する場面も多いのだが、会としてこんなふうに冷静な態度表明がなされるのはすばらしい。8月29日の再発防止特別チームの会見でジャニーズ事務所の社長交代が提言された時にも、ジュリー社長が即座に辞任して責任放棄をしてしまうことに反対を表明していたが、この対応も良かったと思う。

 ジャニーズ事務所の正式な謝罪会見が7日になされるとなると、その前の4日に会見を開いて要望を表明したり、その後も日弁連へ人権擁護申し立てをしたりと、次々と手を打っていった。性加害問題が社会問題化するにあたっては、「当事者の会」の的確な対応を抜きには語れない。平本さんと石丸さんのコンビネーションも絶妙だ。

長年の「メディアの沈黙」にも検証を要請

 ついでながら、14日の要請書では、メディアに対して「今回の問題を長年、取り上げてこなかった構造的な問題について、独立調査チームを設置して事実究明と検証を速やかに実施すること」を求めていたが、この踏み込み方も拍手ものだ。というのも、この間、新聞・テレビは一斉に、これまで性加害問題に取り組んでこなかったことを反省し、「真摯に受け止める」などと表明しているのだが、そうした抽象的な表明だけで終わってしまっては何も変わらないことが明らかだ。

 特にテレビ局の対応は、CMスポンサー以上に難しい問題を抱えており、ちょうど今は10月改編へ向けての動きが具体化している時期だが、CMのように簡単にジャニーズタレントを切っていくとはならないだろう。各局がいわゆる「ジャニーズ枠」、ジャニーズタレントがメインのドラマやバラエティ、さらには企画までジャニーズ事務所が担っていた番組をどう判断していくのかなど、難しい問題を抱えている。

 ジャニーズ事務所の性加害報道を受けて契約や取引を再考するということ自体は良いのだが、難しいのは、所属タレントへの影響が避けられないことだ。この性加害問題において、単純化していうならば、所属タレントは加害者なのか被害者なのか。このあたりはなかなか難しい問題だ。現役の所属タレントの中にもかつて性被害を受けた人がいる可能性もある。

 ジャニーズ事務所が圧倒的な権勢を誇った時代には、所属タレントを引きあげられてはテレビ局として番組編成が成立しなくなるために、ひたすら「忖度」して性加害問題などには触れてこなかったテレビ局だが、いまや難しい問題に直面してしまったわけだ。

NHK「クロ現」など注目すべき試みも

 8月29日の再発防止特別チームの報告では「メディアの沈黙」が指摘され、8月4日の国連人権理事会作業部会の会見では沈黙どころか「加担」してきたとまで言われたマスメディアだが、今後、具体的にどういう対応がなされていくのか。「真摯に受け止める」という抽象的な反省だけで落着させないためにはどんなことが必要なのか。

9月11日NHK「クローズアップ現代」(筆者撮影)
9月11日NHK「クローズアップ現代」(筆者撮影)

 この間、幾つか取り組みとして現れ始めているのは、新聞・テレビなどで、性加害問題をタブー視してきた実態を具体的に解明し、誰がどういう局面でどう判断してそうなったのか明らかにしようという動きだ。

 例えば9月11日にNHK「クローズアップ現代」で放送された特集「“ジャニーズ性加害”とメディア 被害にどう向き合うのか」だ。全体としてはもう一歩踏み込めていないのだが、抽象的な反省の言葉を述べるのでなく、例えば『週刊文春』裁判でジャニーズ事務所の性加害が認定された後に、なぜそれを明確に放送できなかったのか、情報番組や芸能の担当デスクが登場してコメントした。また局員への調査アンケート結果をスタジオにパネルを出して示していた。記入した個人名は匿名だし、内容も曖昧なのだが、少なくとも、この問題についての反省や検証を個人に問うていこうという姿勢が感じられた。これはとても大きな一歩といえよう。

「クロ現」の内容はNHKホームページの下記をご覧いただきたい。

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4821/

 朝日新聞の石川智也記者が4日にフェイスブックにこう投稿していた。

《ジャニーズの件は昨日も所属部の部会で長々と話し、過去の報道の検証を求める声が噴出した。

 ただ、ジャニー喜多川の死の2年前にも彼を持ち上げる記事を書いた文化部やAERA、週刊朝日編集部の記者や、性加害の真実性を認めた東京高裁判決確定時(2004年)にベタ記事扱いした社会部の担当記者やデスク、当時の当番編集長に問い詰めても、アタマを抱えて「うーむ。いま考えれば、認識が甘かったとしか言いようがない」という言葉しか出てこない。この単なる「無自覚な不作為」を総括する紙面を作ることはそれとして可能だが、まずもって求められているのは、取引先企業として、ジャニーズ事務所とどう接するのかを世に明言すること。ジャニタレの主演映画を文化面で紹介してきたパブ記事を今後見合わせるのか、起用広告を掲載しないのか、この判断をしないということは、使い続けるというメッセージに他ならない。

 これは編集局や広告局レベルで決められることではなく、経営判断が必要なのだが、すでに遅きに失している。》

 朝日新聞社に在籍しながらこれまでも比較的自由な発言を自分の責任において行ってきた石川さんならではの投稿だが、こんなふうに具体的に、個人の関わり方を明らかにしていくのは大事なことだ。そういう具体的な検証をせずに「真摯に受け止め」と言って終わってしまうようでは、現実はなかなか変わらないだろう。

7日のジャニーズ事務所会見の取材に訪れた多くのメディア(筆者撮影)
7日のジャニーズ事務所会見の取材に訪れた多くのメディア(筆者撮影)

 冒頭に書いたように、実は3月のBBC放送の後も、ジャニーズ性加害問題へのマスメディアの反応は鈍かった。『週刊文春』が独自報道を展開しているのに多くのメディアは様子見というのは、その後の「木原問題」でも同じだった。へたに追随して訴訟リスクでも抱えてはまずいという意識が働いたためだろう。当事者が謝罪するなどして、もう反撃を食らう心配はないとなった時点で堰を切ったように大報道が始まるというのは、これまでもいろいろな問題について繰り返されてきたことだ。

 確かに性加害問題が大きく報道され、社会的議論の対象になっているのはとても良いことなのだが、ジャニーズ性加害問題がなぜ何十年にもわたってタブーになってきたかについても我々は深刻なこととして受け止めなければならないと思う。

 新聞・テレビなどにはぜひ抽象的な「反省」だけでなく、一歩踏み込んで内部検証を行ってほしい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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