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9月7日の会見を前に、ジャニーズ事務所の性加害問題は大事な局面を迎えている

篠田博之月刊『創』編集長
8月4日の国連人権理事会作業部会の会見(写真:つのだよしお/アフロ)

9月7日、ジュリー社長の退任発表か

 ジャニーズ事務所の性加害問題が大事な局面を迎えている。8月4日の国連人権理事会作業部会の会見に続いて8月29日の「外部専門家による再発防止特別チーム」の会見、さらに9月7日にはジャニーズ事務所の会見が予定されており、そこで藤島ジュリー景子社長の退任が発表されると言われる。 

『週刊文春』は8月29日付の文春オンラインでの配信で、ジュリー社長が「精神的に追いつめられていて、人前に出られるような状態ではない」という関係者の証言を伝え、次の会見には出てこないのではないかと書いている。

 その記事によると、ジャニーズ事務所が4月21日に取引先企業に送った文書を作成する過程で、4月17日の時点では「自ら社長を退いて外部から社長を招くという文言が」あったけれど、「社員や弁護士の意見を聞くなかで削られた」という関係者のコメントが書かれている。

 早い時期からジュリー社長は退任を希望していたというわけだ。責任者として重圧を受ける中で、オーナーとしては残るとしても経営を誰かに譲りたいという意向を示していたことになる。

 再発防止特別チームはもともとジャニーズ事務所から依頼されて結成されたもので、会見でも語っていたが、同事務所が今後再生されていくために社長退任は避けられないという考えは、そうしたジュリー社長の意向も踏まえて出されたものだろう。

 へたをすると9月7日の会見はジュリー社長の退任が発表され、新社長のお披露目で幕引きという場になってしまう恐れもある。

性被害の「当事者の会」が退任反対の見解

 性加害の被害者たちの「ジャニーズ性加害問題当事者の会」は、この時点での社長退任に反対する見解を表明している。

https://raisingvoicesjapan.com/comment230829/

ジャニーズ外部専門家による再発防止特別チーム記者会見について

 これを書いたのは代表の平本淳也さんだが、こう述べている。

《ひとつ希望として言いたいことは、ジュリー氏の辞任は求めていませんし、それは歓迎できません。

 再発防止における必要性として同族経営の廃止に伴いジュリー氏の辞任が妥当とされていますが、私たちは「これらの問題を知っていた」現トップ経営者が担う重き職責だとこれまでも求めてきましたがゆえ、辞任して責任から逃れることは許しがたいと思っています。》

 マスコミ報道では、特別チームが社長辞任を要請したというのをクローズアップしており、確かにそれはわかりやすくてインパクトのある事柄なのだが、その会見当日に「辞任に反対」と表明した平本さんの対応はなかなかのものだ。長年ジャニーズ問題に取り組んできたこの人ならではだろう。

 ちなみに、「当事者の会」は平本さんと副代表の石丸志門さんのコンビがそれぞれのキャラクターのバランスが抜群で、性加害問題がこれだけ注目を浴びてきた要因のひとつは、この会の活動だと思う。

調査報告書に描かれた深刻で興味深い現実

 ただ、平本さんは、予想以上に踏み込んだ性加害の認定など、特別チームの調査報告は評価している。またこの間、多くの論者が、この調査報告を評価するコメントを披露している。

 調査報告はジャニーズ事務所のホームページに公開されているから、ぜひ全文を読んでほしいと思う。事務所側も事実関係の確認などしたうえで発表されたものと思うが、いわば今回の性加害問題、そしてジャニーズ事務所とはどういう組織だったか、同族経営の実態はどうなっていたかなど、公になった見解として非常に興味深い。

「再発防止特別チーム」の調査報告書(筆者撮影)
「再発防止特別チーム」の調査報告書(筆者撮影)

 少しうがった見方をすれば、ジャニーズ事務所という組織がジャニー喜多川氏とメリー喜多川氏とのカリスマ的支配によって運営されてきたものだったことは確かだが、ジュリー社長がコミットできる余地がなかったことをやや強調しすぎているきらいが感じられないではない。

 この調査報告書が明らかにしようと試みたジャニーズ事務所という組織の成り立ちやガバナンスのありようは、性加害問題を考えるうえでとても重要であるだけでなく、様々な問題を日本社会に投げかけていると思う。

当初、思われていた人数をはるかに超える被害者

 一連の性加害問題は、ずっとタブーにされてきたものを、今年3月のBBCの放送をきっかけにし、被害者らの#MeTooが広がることで、従来思われていた以上に明るみに出した。8月4日の国連人権理事会の作業部会の会見で性加害の被害者を「数百人」と認定し、その後の「当事者の会」の会見で石丸副代表が「もっと多いのではないか、4桁に達するのではないか」と述べた。

 ジャニーズ事務所の性加害は相当前からいろいろな形で指摘されてきたけれど、この半年の被害者たちの告発を聞いていると、それまで思われていた以上の多数の元ジャニーズJr.が被害にあっていることがうかがえる。デビューさせるからという餌をちらつかせながら性加害を行っていたという意味で、ジャニーズ事務所のタレントデビューの仕組みと性加害はコインの裏表なのだが、その仕組みのうえでジャニーズ事務所が日本の芸能界を席巻するような勢力にのしあがっていったという事実は、考えてみればとても深刻で恐ろしいことだ。

 その仕組みを作り上げたジャニー喜多川氏と、それを覆い隠しながら強権と懐柔でメディア界を支配していったメリー喜多川氏の姉弟の絆が、2歳で親をなくしたジャニー氏の母親代わりをメリー氏が務めたところから始まったという話も、何ともすごい。2人の作り上げたジャニーズ事務所が、芸能界だけでなくテレビ界、ある意味ではメディア界全体を支配していったというのは恐るべき話だ。

 今回の報告書では言及していないが、メリー喜多川氏は、自身が高齢であることを意識して後継体制を整えようと考えて、娘のジュリー氏のライバルとされた元SMAPマネージャーの飯島三智氏を追放し、SMAP解散につながるのだが、今思い返してもすごいのが、そのやり方だ。もともと敵対していた『週刊文春』のインタビューに応じ、その場で飯島氏を呼び出して追放を通告、というあまりに劇的なやり方で、これこそ公開処刑だ。こういうことができるのは、メリー喜多川氏ならではと言えよう。

 そんなふうにして娘のジュリー氏へのジャニーズ事務所の引き継ぎを行ってこの世を去ったメリー氏だったが、その「巨大な遺産」が実は「巨大な負の遺産」を含むものだったのが明らかになったのが、この半年の経緯だった。

多くの問題が日本社会に突き付けられた

 精神科医も入った今回の特別チームでは、ジャニー氏を「性嗜好異常(パラフィリア)」とまで言い切ってしまっているのにも驚いた。LGBTQへの理解がようやく少しずつ広がりつつある現在から振り返ってみれば、ジャニーズ性加害が行われてきた時代にはまだ少年に対するジャニー氏の加害行為そのものが社会的に全く理解されないもので、被害を受けた側も意味がわからないし、とても口外できなかったというのも理解できる。

 これが、事務所の社長が未成年の少女に性的暴行を働いていたという話だったら、いくらなんでももう少し問題になっていたと思うが、そういう問題が認識もされない社会背景もこの事件の背景にはあったと思う。

 いろいろな意味で、このジャニーズ事務所「性加害」問題は、多くの問題を日本社会に突き付けている。

深刻な「マスメディアの沈黙」ないし「加担」

 その中でも深刻なのは調査報告で「マスメディアの沈黙」と指摘された問題だ。長い間、メディア界でタブーとされてきたこの問題だが、3月のBBCの放送がきっかけとなって『週刊文春』が再び連続キャンペーンを始めた今回の経緯でも、カウアンさんが実名顔出しで会見するまで、あるいはジュリー社長が動画で謝罪をするまでは、メディアの反応は極めて鈍かった。

 残念ながら今回の調査報告では、その「マスメディアの沈黙」については十分な検討がなされておらず、問題の指摘だけに終わっている。報告書に書かれているのは「メディアとのエンゲージメント(対話)を」というあまりに抽象的で現実離れした提案がなされているに過ぎない。

 前述した8月4日の国連作業部会の会見では、メディアは沈黙どころか隠蔽に「加担した」という強い表現になっていたが、こちらもそれ以上の具体的な言及がなされていたわけではない。

 ただ、報告書の中でも、テレビ局に対してジャニーズ事務所が、気に入らないことがあると所属タレントの引き上げなどを行い、そうしたことがメディア側の忖度を生み出していったことが指摘されていた。

 ジャニーズ事務所による飴と鞭を使い分けてのメディアコントロールが相当な効果をあげ、テレビ界には同事務所への圧倒的な「忖度」が働いていたわけだが、その実態を果たして今後、メディア界自身が明らかにしていくことができるのかどうか。問題はまだ投げかけられたばかりだ。

 今回の一連の告発には、世界的な#MeTooの流れや、それを受けて昨年の映画・演劇界の#MeTooのように日本でも時代の流れが浸透しつつあったことや、既存のマスメディアの機能不全が指摘される一方で、配信などインターネットメディアが台頭しつつあったというメディア環境の変化も影響している。関係者の会見も、従来はテレビや新聞の報道ではほんの少しだけが抽出されていたのだが、今回の問題では、会見のノーカットの動画配信がYouTubeに次々とアップされ、被害者の生の声が動画でたくさん公開されているなど、メディア環境の時代的変化も大きく影響

している。

 こうした様々な問題を、メディアはきちんと仕分けし、社会に提示していくことができるのだろうか。

『週刊文春』最新号の性加害告発

 最後に、8月31日発売の『週刊文春』9月7日号に掲載された「関西ジュニアが激白『ジャニーさんが12歳の僕の股間に』」という記事を少し紹介しておこう。六本木のホテルでジャニー喜多川氏(故人)の性加害にあった当時12歳の長渡康二氏の証言だ。

 2000年秋に起きたことだが、ホテルで口腔性交を強要された長渡氏は、途中で逃げ出し、ホテルのスリッパのまま泣きながら横浜の自宅まで徒歩で逃げ帰ったという。六本木から横浜まで歩いて帰ったというのもすごい話だが、翌日電話してきたジャニー氏は詫びるどころか「ちょっと失礼じゃないの!?」と言い放ったという。

 こんな恐ろしいことが長期間にわたって繰り返され、そのジャニー氏の会社がエンタテインメント界のトップに君臨してきたという現実は、とても深刻だ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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