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日大薬物報道をめぐって気になることーー薬物専門家の松本俊彦さんらの貴重な問題提起

篠田博之月刊『創』編集長
8月8日の会見をマスコミは一斉に報道(筆者撮影)

 日大アメフト部の薬物汚染問題をめぐって捜査と報道が続いている。既に逮捕された学生のほかにもアメフト部全体に汚染が広がっていたのかどうか、今後の捜査の進展によっては、この問題はさらに深刻度を増していく可能性もある。

 そんな中で議論になっているのが、8月8日に行われた林真理子理事長らによる記者会見だ。特にマスコミが「空白の12日間」と呼んでいる、日大当局の通報などの遅れについての説得力ある説明がなく、隠蔽を図ったのではないかという疑惑報道が続いている。

薬物依存の専門家、松本俊彦さんの問題提起

 ただ、こうした経緯を見ていてひとつ気になるのは、これが薬物依存の問題であることが踏まえられていない印象を受けることだ。事件の全貌が明らかになっていないので軽々に言えないのだが、薬物事件について言えば、即座に警察に通報して事件化するのが正しい対処法なのかという議論が以前からある。

 ……と、なんとなくモヤモヤしながらこの間の経緯を見ていたら、大麻などの薬物依存の第一人者と言われる国立精神・神経医療センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんがフェイスブックにこんな意見を投稿していた。ちなみに松本さんは、相模原障害者殺傷事件に厚労省の検証委員会メンバーとして関わり、月刊『創』(つくる)にも何度も登場していただいた人だ。薬物依存をめぐっては新聞・テレビで数多くのコメント発してきた。

 その松本さんがこう書いている。

《教育関係者のみなさん、もしも学校で生徒や学生が「違法薬物が止められない」という悩みの相談があった場合、守秘義務を優先しつつ、精神保健福祉センターや依存症専門医療機関などの専門機関を紹介することができますか? それとも、「犯罪を隠蔽した」との非難を怖れて、まずは警察通報をしてしまうでしょうか?

昨今の報道により、学校の相談部門や支援者が「安心して弱さをさらけ出せる場所」でなくなってしまう流れへと雪崩を打って進んでしまいそうで、とても怖いと感じています。》

 敢えて一石を投じようという意図に基づいた問題提起だ。同じことを素人が発言すると炎上しかねないが、松本さんのような専門家がこんなふうに明確に問題提起するのはとても貴重なことだ。

「警察との連携」は当然なのか!?

 その前にはこうも投稿していた。

《なぜメディアが、この副学長をはじめとする大学関係者を非難するのか、理由がさっぱりわからない。もちろん、学内の暴力事件や性的ハラスメントなど被害者がいる場合に告発しないのは問題だが、今回はたかだか大麻の所持だけの案件だ。

 たとえ公務員であっても、医療・相談・教育を本務とする者が、その本務遂行のために守秘義務を優先し、犯罪を告発しないのは許容されている。その文脈から考えれば、私立大学の教職員が学生の違法行為に関して教育や更生の観点から告発しなかったとしても、非難されるいわれはないように思う。たとえ「元検察官」であったとしても、現在は違うのだから、検察官として動く必要はない。そもそも、公務員以外の者にとって犯罪の告発は「義務」ではなく、あくまでも「権利」であるはずだ。

 その意味では、ただちに告発する以外の選択肢を模索しようとしたことは、むしろ称賛されるべきなのではなかろうか?

 ちなみに、先日「シューイチ」で、精神科医の名越先生が、かつて自身が大阪で薬物依存症の治療をしていた経験に基づいて、「警察と連携しながら治療をするのが当然」といった発言をしていた。おそらく20年以上昔の、人権擁護感覚ゼロの薬物依存症臨床の経験を踏まえての見解だ。お願いだからいまさらそんな石器時代的コメントを公共の電場に乗せて披瀝しないでほしい。》

フェイスブックからそのまま引用したが、最後の「電場」は「電波」だろう。

刑法学者・園田寿さんの貴重な意見も

 こうした松本さんの投稿にフェイスブックでいち早く反応したのは刑法学者の園田寿さんだ。これも傾聴すべき意見だ。

《極めて重要な指摘です。

 松本先生のご意見にはまったく同感ですが、少し補足させていただきます。

 薬物の自己使用は、いわゆる「被害者のない犯罪」の典型例だといわれています(他には、わいせつ画像公然陳列罪や賭博罪など)。この場合、他者に対する加害が不明確なので、パターナリズム(父権主義)からの処罰という性格が強くなってきます。要するに、「本人のためを思って罰する」という考え方であり、ちょうど、家庭内でいたずらをした子どもに親が罰を与えるようなものです。これはともすれば、道徳性を強調することにつながり、往々にして罰そのものがエスカレートしやすいという性質をもっています。

 教育機関がこのような発想で学生に対して何らかの処分を行なったり、刑事司法機関(警察)に学生を引き渡すということは、そもそも教育ということとは相容れないのではないかと思います。

 なお、刑法の犯人蔵匿罪は、基本的に作為犯(積極的な行為による犯罪)であり、不作為(何もしないこと=上の関連でいえば、警察に連絡しないこと)は、一定の法的な作為義務のある者(典型的には警察官)がその作為義務に故意に違反したときに成立します。一般の国民、教育機関ももちろん、そのような法的な作為義務はありません。

 殺人や性犯罪などのように、はっきりとした被害者がいる重大犯罪の場合であればともかく、薬物の自己使用で直ちに警察に通報し、また学内で厳しい処分を行なうことは教育機関という立場と矛盾するのではないかと思います。》

日大の措置を逆の側から批判する意見も

 この記事をヤフーニュースにアップしてすぐに、いろいろな意見が寄せられた。下総精神医療センターの平井 愼二さんは、マスコミの主張とは逆の視点から日大の措置を批判する意見をフェイスブックに公開しており、それを知らせてきた。下記のような意見だ。こういう意見もあるということで紹介しておこう。

《学生の規制薬物を日本大学が警察に提出したことについて

日本大学の学生が規制薬物に関する事件で2023年8月5日に逮捕された。証拠は、学生が所持していた規制薬物であり、日本大学側が警察に提出したものである。

日本大学による今回の対応により、薬物乱用をやめられなくなって相談先を求めている日本大学の学生がいても、日本大学の教職員には相談しなくなった。

日本大学は教育機関であるので、次のように薬物乱用対策の受容的な役割を担って相談にのり、法の抑止力も活用して薬物乱用から離れるように強く働きかける設定を作り、社会に貢献できたはずであった。

日本大学が学生から預かった規制薬物と思われる物は自己使用と考えられる量であったのであるから、日本大学が廃棄すべきだったのであり、仮に学生がそれらを大学側に渡す直前まで使用していても、学生の体内から規制薬物あるいはその代謝物が排出されて証拠がなくなる2週間を経た時点で、その学生の同意が得られれば、氏名や住所等の情報とともに規制薬物であると思われるものをその学生が摂取したこと、ならびに規制薬物であると思われるものを大学側が廃棄したことを取締機関に伝えるべきであった。

直ちに検挙には結びつかないが、取締職員がその学生を要注意人物として接触を反復すれば、その学生の回復を促進するはたらきかけになる。刑事司法体系の存在価値は予防効果を発揮することである。》

《 日本大学は直ちに、今回、学生の所持した自己使用と思われる量の規制薬物を警察に提出したことを誤りであったと認め、薬物乱用対策に貢献しない態勢を一時的にでもとったことを社会に対して謝罪し、学生がよい社会人になるように教育する態勢に戻ることを宣言し、それを実行しなければならない。》

 このあたりになると大学としてどう対応すべきかという判断は簡単ではないことがわかる。現在、何となく一色になっているマスコミの論調に対して、専門家からこんなにも異論が出されているということだけは認識しておいてよいと思う。

処罰よりも治療をという薬物依存をめぐる流れ

 ここからは再び、当初公開した記述に戻ろう。

 薬物依存については日本もアメリカに20年遅れなどと批判されながら、ようやくこの10年ほど、処罰よりも治療をという流れができつつあり、裁判でも刑の一部執行猶予がつくのが珍しくなくなりつつある。刑の一部を執行猶予するのと引き換えに保護観察をつけて治療に専念させようという考え方だ。つまり薬物依存については、刑務所に1日でも長くぶちこんでおけばよいという考えが改められつつある。薬物依存は社会的病理という一面があり、処罰よりも治療を優先させていかないと解決に向かわないという、アメリカなどでは以前から指摘されていることが日本にも少しずつ定着しつつあると言える。

 その意味では、家族や近しい人間に薬物依存のケースが発覚した場合、すぐに通報するのがよいのかどうかという議論が出てくる。警察に通報した場合は当然ながら事件として立件できるかどうかという観点から事が進められていくから、治療という観点が弱くなってしまう。

 私もそういう専門領域の議論を詳細に知っているわけではないのだが、通報が迅速でなかったことが最大の問題だというこの間の報道を見て、問題の立て方が少し乱暴になっているのではないかという感じは否めなかった。

 これはもともと日大問題そのものが、かつての不祥事への対策として林真理子さんが乗り込み改革に着手した、その成果が今回問われているという観点からもっぱら語られるという経緯があったからだ。マスコミ報道でよく語られる大学の「ガバナビリティ」(統治能力)の在り方というのが議論の大前提としてあらかじめ設定されているのだ。

 そこに薬物依存の問題という、他の犯罪とは少し異なる価値判断が必要な案件が提起されたため、十分に配慮された議論になっていないという印象が否めない。

 8月8日の会見を見ていても気になったのはそのことで、大学当局がアメフト部の学生から大麻らしきものを押収して、警察通報を含めて対処についてどう考えていたのか、薬物依存は他の犯罪と少しケースが違うという判断からの議論や対応も行っていたのかなど、詳しい説明がなされず、問題を先送りしたのではないかという印象のみが残ってしまった。そもそも大学側に薬物依存についての知見がどのくらいあったのか。そのあたりも会見での受け答えでは不明だった。

医療記者・岩永直子さんの問題提起

 と、そんなことを考えていたら、医療記者・岩永直子さんが「日大アメフト部の違法薬物逮捕 社会的抹殺が必要な重い罪なのか?」という記事をアップしていた。岩永さんはもともと読売新聞の医療記者だったが、その後バズフィードジャパンに移籍し、現在はフリーとして「医療記者・岩永直子のニュースレター」というのを配信している。

 8月8日の日大会見を受けてすぐに松本さんと園田さんに取材して記事をアップしたらしい。フリーとして小回りのきいたこの迅速な対応がすばらしい。

 記事は下記から読めるのでぜひ全文をご覧いただきたい。

https://naokoiwanaga.theletter.jp/posts/b54beb10-3672-11ee-9a42-133b6acabcd6

「日大アメフト部の違法薬物逮捕 社会的抹殺が必要な重い罪なのか?」

 松本さんと園田さんの考えを詳しく紹介した記事だが、地の文でこう書いている。

《世界的に大麻の取り締りは緩和される傾向にある中、日本は次の国会で大麻使用罪を新設する法案を準備しており、世界の潮流に逆行する厳罰化の動きを取っています。

 今回の逮捕、報道の過熱ぶりは何を目指しているのでしょうか?》

 医療専門記者ならではの知見に基づいた問題提起だ。

 捜査にあたっている警察から今後、どんな情報がもたらされるのかわからないが、現時点で「なぜ早く通報しなかったのか」といきり立っている報道関係者には、これらの意見を読んで、少し冷静に考えてほしい。

 おりしも日大の事件と相前後して幾つかの大学で薬物事件が報じられている。そんなふうに大学に薬物汚染が広がっている現実を深刻に受け止める必要があるからこそ、薬物依存をめぐる議論に耳を傾けながら報道にあたってほしいと思う。マスコミの中でも薬物依存についてはある程度の知見が蓄積されつつあるはずだから、今回の事件を単純化せずに掘り下げて報道してほしいと思うのだ。

薬物依存をめぐる多角的な議論を

 薬物事件といえば、私も長く関わっている三田佳子さんの次男、高橋祐也君の昨年の逮捕事件をめぐって7月末に実刑判決が出たばかりだ。もう43歳になった彼には、最初に薬物で逮捕された18歳の時から関わり、三田さんや夫の高橋康夫さんと一緒に祐也君の薬物依存からの更生に力を注いできた。昨年の逮捕事件後も、3回ほど面会もし、裁判もできるだけ傍聴している。

 もう20年以上にわたって何度も逮捕されてきた祐也君を見ながら、改めて薬物依存の深刻さを思い知らされている。またぞろ三田さんら両親が甘やかしてきたからだといったステレオタイプな一部報道も見られるが、メディアを含めてこの問題にどう取り組むのか、社会全体が考えねばならないと思う。

 最初に関わった時には高校生だった祐也君がもう43歳にもなっているのと同じように、つきあいの長い元体操五輪選手・岡崎聡子さんが何度も逮捕されながら60歳を過ぎたという前回の逮捕と裁判の時には、「そんな人生は切なすぎる」として下記の一文をヤフーニュースに書き、情状証人として出廷もした。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/29f8d4f856b20e66ff8a4606e3b9a7a47ad0297f

元体操五輪・岡崎聡子さんの薬物裁判証人として語った「そんな人生は切なすぎる」

 今回の日大問題は、過去から継続しているいろいろな問題と関わっているだけにやや複雑なのだが、社会的病理としての薬物依存の問題については、ぜひ松本さんたち専門家の意見に耳を傾け、一面的でない報道を心がけてほしいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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