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KADOKAWA会長逮捕の衝撃、そしてなぜか新聞が匿名にしている講談社の関わりは

篠田博之月刊『創』編集長
新聞も大々的に報道(筆者撮影)

逮捕当日にKADOKAWAは謝罪声明

 東京五輪をめぐる汚職事件に関する9月14日の角川歴彦KADOKAWA会長逮捕は衝撃だった。出版界ではよく知られた人で私も取材で何度もお会いしたことがあった。

そればかりか、会長が囲み取材に応じて潔白を強調した翌6日に芳原世幸KADOKAWA元専務とともに逮捕された間庭教二元担当室長は、弊社のマスコミ志望者向けのイベントに確か複数回出演していただいた人だ。出演は『関西ウォーカー』編集長から東京に戻ってきた時期だったと思うが、間庭さんは『ザテレビジョン』編集長も務めたし、まさに角川歴彦会長の出版路線を現場で推進していた人だった。そして今回の東京五輪担当部署の責任者だ。

 会長が逮捕された14日、KADOKAWAは「当社役員の逮捕について」という声明を発表。「当社グループの読者やユーザー並びに、作家・クリエイターをはじめ、関係するすべての皆様に、多大なご心配とご迷惑をおかけし」たことを謝罪した。角川歴彦会長といえば、KADOKAWAが牽引しているサブカルにおける出版とネット、動画などの連動という大きな動きの象徴的存在だから、ショックを受けた人も多かったに違いない。

共同通信、NHKなどにコメント

 その14日、私は共同通信の取材を受けてコメントを出し、それを見たNHKから取材依頼があり、「夜7時のニュースで放送します」というクルーが6時半頃、『創』(つくる)編集部に駆け付けるという状況だった。ぎりぎりの撮影だったが、この話題は7時のニュースのトップ項目だった。NHKのニュースというのは影響力の大きさにいつも感心するが、放送を見たという知人から直後に電話が入ったりした。

 ちなみに共同通信が配信したコメントは以下だ。

《月刊「創」編集長の篠田博之さんの話 KADOKAWAは従来の出版というビジネスを乗り越えようと、多角的な事業をしてきた会社。ある意味で出版界の今後の行く末をシンボリックに体現しており、業界でも一目置かれる存在だった。その延長線上で東京五輪にも参入したのだろう。それを率いてきたのが角川歴彦さんだったので、逮捕は衝撃だ。出版界の代表的な顔のような存在でもあったので、業界に与える影響は甚大だろう。検察による今後の捜査の行方を注視したい。》

 その後は翌日のテレビ朝日の夕方のニュースなどにもコメントした。それに続いて新聞などからも取材依頼があったが、捜査内容がまだ何もわからない時期にコメントというのは難しいので、その後は一時、取材依頼をお断りさせていただいた(すみません)。

 現状でもまだ東京地検の捜査が進展中で全貌は明らかになっていないが、少しずついろいろな情報が出始めているので、現時点で幾つか気になることをこのヤフーニュースに書いておこうと思う。

新聞報道で講談社が匿名になっている不思議

 何よりも不思議なのは、新聞などの報道では、KADOKAWAとともに途中まで関わっていた大手出版社が「別の出版社」と、匿名になっていることだ。奇妙なことだが、この「別の出版社」というのは講談社である。

 どうして新聞が実名を伏せているのかわからないが、週刊誌では既に社名を含めて報じられている。

 2社で共同スポンサーになるというのを角川会長などは提案していたらしい。今回の捜査のメインターゲットである高橋治之組織委元理事(電通元専務)も同意してその線が検討されていたが、途中から講談社がおりてKADOKAWAに一本化された。恐らく講談社も今回、検察の事情聴取を受けているはずだ。

 『週刊文春』9月15日号「角川の競合を排除『私は絶対認めない』森喜朗『天の声』音声」は、2020年に同誌が森氏に取材した際の音声テープの内容を公開。KADOKAWAが五輪スポンサーとして食い込んで行った事情が語られている。

 その記事によると、講談社の野間省伸社長と高橋氏は同じ慶応大出身で、「二人で銀座の高級クラブを訪れる仲」だという。そうであれば講談社が五輪スポンサーに食い込もうとした動きも理解できる。

森喜朗氏の「講談社だけは認められない」

 問題はなにゆえにそれが、途中で講談社がおりてKADOKAWAに一本化されたのかだ。この『週刊文春』の記事では、実に興味深くその事情が書かれている。恐らく森元首相がリップサービスで面白おかしく語ったのだろう。もともとこれは2020年に収録されたインタビューで、当時はその部分は公にならなかったのではないかと思われるが、森氏はこう語っていたのだ。

「講談社だけは絶対、私は相容れないんですよ」

 そしてその理由をこう説明したという。

「『現代』はもちろん。それはあることがあって、俺の全然デタラメなのが出やがって」

 いまは『週刊現代』は高齢者向け実用情報誌になってしまったが、もともとは休刊した月刊『現代』ととも権力批判を前面に押し出したジャーナリズム誌で、森氏批判も鋭くやっていた。それを森氏が根にもっていて、「講談社だけは絶対認めない」と言ったというのだ。

『週刊文春』9月15日号(筆者撮影)
『週刊文春』9月15日号(筆者撮影)

 これはかなり面白い話だ。そして今回の事態に直結する興味深い話でもある。

講談社は東京五輪に食い込もうとスポンサーに名乗りをあげたが、同社の『現代』や『週刊現代』が森氏批判を激しくやっていたためにビジネスチャンスを逃してしまった。一方、KADOKAWAはジャーナリズム誌を持っていない出版社だ。角川新書からは、東京新聞・望月衣塑子記者の『新聞記者』を始め、ジャーナリズム色の強い出版物が出ているが、それは会社全体から見れば一部だ。講談社や小学館などはジャーナリズム誌を看板に掲げているから、イメージが異なる。

ビジネスチャンスは逃がしたが危うく難を逃れた

 つまりこの話は、講談社がビジネスとして東京五輪に食い込もうとしたところ、森氏という大物保守政治家によってそれが潰された。一方、KADOKAWAはジャーナリズムに関わる部分が小さく、ビジネスとして利益追求に邁進できたという、出版界の一断面を表わした話だ。

 文藝春秋や新潮社も、もちろん辛口雑誌を看板に掲げており、同じような局面にはしばしば直面しているはずだが、そのつど「部署が違えば別の媒体だし、編集権は編集部にありますから」といった説明で乗り切ってきた。文藝春秋など、『週刊文春』で安倍元総理を叩きながら、出版部門から安倍元総理の本を出している。

 もちろん講談社もそういうスタンスは基本的に変わらず、何と森氏の本も出版しているのだが、森氏の積年の恨みはそれに勝っていたのだろう。ただ、今思えば、そうやってビジネスチャンスは逃がしたかもしれないが、今回のKADOKAWAをめぐる事態を考えると、危うく難を逃れたことになる。

 これは大手出版社のあり方、講談社や小学館などの出版社とKADOKAWAの違いをも象徴していて、とても興味深い話だ。KADOKAWAが今回の事態に至るまでに五輪ビジネスに食い込んでしまったのは、ジャーナリズム誌を持たないがゆえに途中でためらう局面がなかったためだろう。KADOKAWAがドワンゴというネット企業と経営統合にまで突き進んだり、もっぱらビジネスという観点から会社を拡大させていくことができたのもそれと関わりがあると思う。

【追補】この記事を書いたのはKADOKAWA会長逮捕の後で、『週刊文春』の記事が大変興味深いと思って紹介したのだが、その後少しずついろいろなことがわかってきたので9月23日付けで少し補足しておく。KADOKAWAと講談社の関わり方についてだが、当初私は、先にスポンサーに講談社が名乗りをあげ、KADOKAWAがそこに割り込んできたという経緯化と思ったが、実は講談社の関わりは最初からスポンサーというのでなく、当初は公式ガイドブックなどのライセンス契約のみを考えていたらしい。以前、サッカーW杯の公式ガイドを作成した現場から東京五輪でも…という企画があがったという。

 だから講談社の関わりは、当初は限定的なもので、その後公式スポンサーの話にも関わっていくのだが、KADOKAWAのケースとは違い、正式に役員会にかけて本格的に取り組むという前に降りてしまったようだ。このあたりのKADOKAWAと講談社の違いは興味深いのだが、それについては下記の森功さんの『週刊ポスト』の記事を参考にさらに考えてみたい。

2017年5月に赤坂の高級料亭で一堂に会した面々

 さて森氏が「講談社は認められない」と言ったのが明暗を分けたという話は面白いのだが、ただ、実際の状況はもう少し複雑だったのかもしれない。それを示したのは『週刊ポスト』9月30日号「五輪汚職 角川逮捕! そして特捜部が迫る森喜朗」だ。

 ノンフィクション作家・森功さんの署名記事だが、検察関係者に取材ができており、なかなか核心に迫った興味深い内容だ。森さんは講談社とも関わりの深いライターだが、さすがにこの話は『週刊現代』には書けなかったろう。

 森さんが注目しているのは2017年5月に赤坂の高級料亭にこの件の関係者が顔を揃えて行われたという密会だ。高橋元理事が呼びかけたものだが、参加者は7人。KADOKAWAからは角川会長と吉原元専務、講談社からは野間社長、電通側からは高橋元理事の後輩、コモンズ2の深見和政氏と元電通スポーツ局長、そして森喜朗氏だ。今回の事件の中心人物が一堂に会したわけだ。

『週刊ポスト』9月30日号(筆者撮影)
『週刊ポスト』9月30日号(筆者撮影)

 この顔ぶれが出揃うに至る経緯を記事の中で匿名の捜査関係者がこう語っている。

「2社(講談社とKADOKAWA)は別々に出版物などの計画を考え、15年中にはそれを申請書としてまとめ、電通を通じて五輪の組織委員会に提出しています。ところが、16年に入り、KADOKAWA側から講談社側に『いっしょにやりませんか』という提案があった。互いのトップ同士の話です。KADOKAWAの角川歴彦会長が講談社の野間省伸社長に打診したとされています」

そしてこの記事では、「そこから一転、講談社がスポンサーを辞退すると決めたのは18年になってからだ」として捜査関係者の話をこう紹介している。

「いつの時点なのか、そこがやや曖昧ですが、講談社側はKADOKAWAから高橋のスキームを提案されたらしい。それがトータル5億円の資金工作です。うちKADOKAWA側が2億8000万円のスポンサー料と7000万円のコンサル料、講談社側が1億2000万円のスポンサー料と3000万円のコンサル料という内訳。さすがにそれには危なくて乗れない、というのが講談社の判断だった」

 高橋元理事の提示したスキームに講談社は二の足を踏み、KADOKAWAは乗ったということだが、このあたりはもしかすると今後もっと具体的な話が明らかになってくるのかもしれない。森氏が先に「講談社は認められない」と言ったという話と、この料金提示とがどう関わっているのかもいまひとつ謎だ。

KADOKAWAだったのは偶然でないかも

 KADOKAWAは出版界では特異な存在だ。もともとは角川源義氏が興した角川辞典などで知られる老舗出版社だが、長男の角川春樹氏が後継者として実権を握った時代に、書籍と映画のメディアミックスで新たな時代を切り開いた。兄弟は不仲で、弟の歴彦氏は1992年に追放されるのだが、春樹氏が薬物事件で逮捕されるという事件で失脚すると1993年に復帰した。春樹氏とは別の意味で、出版とテレビなどのメディアの連動を図り、以前から手がけていた『ザテレビジョン』『東京ウォーカー』などの雑誌のほか、ゲームやネットなどとの連動を推し進めていった。

 出版界では新たな領域を切り開いたとも言えるが、それはさらにはドワンゴとの経営統合という、出版の垣根を飛び越えるというまでに至る。今日講談社や小学館が拡大しているラノベなどもKADOKAWAが切り開いた市場と言える。外部のゲーム会社を買収するなどしてグループを拡大させ、近年は映像と活字の連動をさらに本格化させていた。

 KADOKAWAがそういう路線をひた走っていた延長として五輪ビジネスに新しい領域を期待したと思われるが、具体的にどこまでどんなふうに考えて高額の資金を出していたのか。そのあたりも今後の捜査で明らかになってくるのだろう。

 本丸の電通はもちろん、ADK、大広といった大手広告会社、さらには出版社にまで踏み込んできた東京地検だが、今後捜査はどこまで拡大していくのか。広告も含めたメディア界が対象となっているだけに、多くの企業が捜査の行方を注視しているに違いない。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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