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眞子さまPTSD発表の大きな波紋とバッシング騒動をめぐる変化

篠田博之月刊『創』編集長
結婚を前に眞子さまをめぐっては大きな議論(写真:アフロスポーツ)

10月1日の会見時に異例の医師の同席

 10月1日の定例会見で宮内庁は、眞子さまが26日に結婚することを発表した。異例だったのはその会見に医師が同席し、眞子さまが複雑性PTSDと診断されたと明らかにしたことだ。これは大きな波紋を広げ、4年間続いてきた週刊誌やネットにおけるバッシングにも変化が現れている。

 あれだけバッシングを受けながらも眞子さまが小室さんとの結婚の意志を貫いていることに、大方の人が、そこまで愛情が深いのか、と思ってきたのだが、実は必ずしもそういうことでもなかったらしい。眞子さまがこの時期に結婚に踏み切ったことについて「これ以上、この状況が続くことは耐えられない」と言っているという。つまり結婚によって皇籍離脱して、アメリカに避難したいというのは、バッシングがもう耐えがたいから、という意味でもあるというわけだ。確かに4年間もバッシングを続けられては精神的影響を受けないはずがないだろう。

 秋篠宮家や宮内庁も、眞子さまの病状を見ていて、昨年後半から、結婚への動きを促進しようと考えてきたらしい。ところが小室さんの公開文書が逆に反発を買ってさらにバッシングが強まるといった具合に、事態はいっこうに改善されないため、もうこれ以上延ばせないということになった。ニュアンスは曖昧なのだが、確かにそうともとれる発表だった。

思い出すのはかつての「美智子皇后バッシング」

 思い出すのは1993年、当時の美智子皇后が同じように週刊誌などのバッシングを受けて倒れ、声が出なくなるという事態に陥った時のことだ。

 状況はよく似ているのだが、気になるのは、美智子さまが倒れたのが発表されてから空気が一変し、バッシングを続けてきた『週刊文春』と『宝島30』(既に休刊)への非難が高まったばかりか、両誌の発行元の社長宅へ右翼によって銃弾が撃ち込まれるという事件までもが起きたことだ。

 皇后バッシングから一転して振り子が振れたのだが、その振れ方が極めてアブナイのだ。

1993年の美智子皇后バッシングに対して起きた銃撃事件を報じる新聞(筆者撮影)
1993年の美智子皇后バッシングに対して起きた銃撃事件を報じる新聞(筆者撮影)

 

 そもそも当時の皇后バッシングは、皇室の近代化を進める天皇(現在の上皇)夫妻に対する皇室内保守派の反発が背景にあったとされている。ところが病気の公表によって空気が変わると、右翼がバッシングに対して銃口を向けた。明らかなねじれなのだが、そもそもバッシング自体が、エモーショナルに行われてきたために、本質が何だったのか見えなくなっていたからだ。そのあたりも今回の眞子さま結婚騒動とよく似ている。

 そういえばもうひとつ、かつての「雅子妃バッシング」も、キャリアウーマンだった雅子さまが皇室に入って、皇室外交の展開など新しい風を吹かそうとしたことに皇室内保守派が反発して起きたものだった。雅子さまは適応障害になったのだが、その後もバッシングが続いたために、医師団が会見で強い警告を発する事態に陥った。

 この3つのバッシングは構造的によく似ているのだ。今回の眞子さまバッシングも小室さんが皇室に関わるようになることへの皇室内保守派の反発が大きな背景で、そこからいろいろな情報が流出したことに週刊誌が依拠して展開されたものだ。

結婚を前に潮目は大きく変わりつつある

 9月に入って新聞が眞子さま結婚報道に参入したことで、それまでの週刊誌が一色となってバッシングを展開してきた空気が変わることになった。そして今回の病状公表を受けて、潮目は変わりつつあると言える。

 読売新聞社が4~5日に実施した緊急全国世論調査によると、眞子さまの結婚について「良かったと思う」との回答が53%と半数を超え、「思わない」は33%だったという。

 ただ一方で、文春オンラインのアンケート調査だと、今回のような結婚という決着のつけ方について、「納得がいかない」と答えた人が83.7%だったという。まあこれは、バッシングを続けてきた『週刊文春』の読者がかなり含まれているアンケートだという事情を踏まえるべきだし、今回のPTSD病状発表を受けた後ではまた少し違っているかもしれない。

週刊誌は出版社系と新聞社系とで二分されている

 バッシングの主戦場となってきた週刊誌も、このところ出版社系と新聞社系とで論調が大きく2つに分かれている。『週刊ポスト』がバッシング派の『女性セブン』と同じ小学館発行なのに、このところ論調を変えているのが気になるが、概ね出版社系と新聞社系とで違いが出てきたと言えると思う。

 そうしたなかで、いまやシンボル的存在となったのが森暢平成城大教授だ。元毎日新聞記者で皇室問題にも精通している社会学者ということで、『サンデー毎日』『週刊朝日』にこの間、毎週のように登場してバッシング派への批判を展開している。

 自らもバッシングにさらされることも覚悟の上で、『サンデー毎日』編集長に自ら連絡し、連載をさせてほしいと申し出たという話を『サンデー毎日』10月17日号に書いているが、最近では日刊ゲンダイや他のメディアにも登場するなど影響力を拡大している。

騒動の背景にある皇室への思いに世代間の差

 そしてもうひとつの変化は、新聞本紙で眞子さま結婚騒動について背景を探るといった連載企画が目につくことだ。例えば日本経済新聞は「眞子さま結婚」という連載を3回にわたって掲載したが、10月4日の最終回「変わらぬ『世論』決意は固く」は、この1年ほどの騒動の背景を丁寧に分析している。読売新聞も「眞子さま結婚」という連載を掲載したが、10月4日付の最終回「皇族の人権『議論必要』」で、皇室のあり方にまで踏み込んで、こう書いている。

「今回の結婚で批判の的となった一つが、眞子さまの姿勢が『公』よりも『私』を優先しているとみられたことだった」

 市民社会においては、結婚は当事者が望むなら周囲があれこれ言うべきことではないというのが一般的だが、皇室は違う、「公」が「私」より優先されるのが当然と見られてきた。皇室がそういう伝統というだけでなく、国民もそういう目で見る人が少なくないというわけだ。そういう問題が今回の騒動の背景にあるというわけだ。

 前述した読売新聞の世論調査の内訳を見ると、世代別に違いが現れており、眞子さまの結婚を「良いと思う」のは若い人に多い。これは象徴天皇制に対する意識が世代によって違っていることの反映だろう。

 その点についてわかりやすいのが、『週刊新潮』の一連のバッシング記事だ。9月23日号「『秋篠宮家』失墜 次は『佳子さま』の乱」は、眞子さまの個人主義は秋篠宮家の教育が間違っていたからで、次には「佳子さまの乱」が来るという批判だ。記事の後ろに出てくる君塚直隆関東学院大教授のコメントの見出しは「『公』を忘れた教育の成れの果て」。つまり眞子さまの問題は、「公」を忘れて「個」を通そうという意思の表われで、これが通れば皇室が危うくなるというわけだ。

 同誌9月16日号「『眞子さま』“暴走婚”で『皇室』崩壊」では、今回の結婚について「皇室崩壊の足音も聞こえてくる」とまで書いている。皇室の伝統を守れという保守的立場からの眞子さま批判で、これは今回の騒動の本質と言えるかもしれない。

 本当はこの騒動で本格的に議論すべきなのは、そうした問題なのだといえよう。

 26日の結婚とその会見に至るまで、どういう議論が出てくるのか、メディアの役割も問われていると思う。

 なおかつての美智子皇后バッシング騒動から今回の眞子さまバッシングに至る詳しい経緯については拙著『皇室タブー』(創出版刊)を参照いただきたい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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