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今年はBL勝負の年?公開された『映画 ギヴン』の健闘とフジテレビBLアニメレーベル

篠田博之月刊『創』編集長
(C)キヅナツキ・新書館/ギヴン製作委員会

 フジテレビ製作の劇場アニメ『映画 ギヴン』が8月22日に公開されたが、映画ランキングベスト10に初登場で食い込むなど健闘している。もともと公開館数を30館に限定し、固定ファンを意識した上映なのだが、それを考えると好調な滑り出しと言える。

 この夏は、コロナ禍の影響を受けて延期されていた映画が続々と公開されつつある。エンターテインメント大作はなるべく公開を延期する傾向があるが、固定客を見込める作品はそうした中でもいけるという判断がなされているようだ。

 今年、話題になっているのは、男性同士の恋愛を描いた映像作品だ。BLというジャンルにくくられるのだが、『おっさんずラブ』などのヒットを受けて、9月には『窮鼠はチーズの夢を見る』というマンガ原作の実写映画も公開予定だ。

 その中で、異彩を放っているのがフジテレビの取り組みだ。もともとテレビアニメと劇場アニメの連動という戦略で知られる同局のアニメ開発部が、昨年、BLに特化したレーベル「BLUE LYNX」を立ち上げた。そしてその中で満を持して公開されたのが、テレビアニメで話題になった『ギヴン』の劇場アニメだ。

 根強い固定ファンがいるとはいえ、BLのジャンルに特化したレーベルをテレビ局が立ち上げるというのは、異色の取り組みといえよう。その企画を手がけてきたフジテレビアニメ開発部の岡安由夏プロデューサーに話を聞いた。

フジテレビがBLのアニメレーベルを立ち上げた経緯

――『映画 ギヴン』と、日本で初めてとなるBLのアニメレーベル「BLUE LYNX」を立ち上げた経緯を教えていただけますか? いつ頃から動き始めたものでしょうか。

岡安 『ギヴン』は2017年頃、地上波放送の深夜アニメ枠「ノイタミナ」の企画として、動き出したものです。そして、原作にはまだ続きがあったので、続きは劇場アニメでやろうということになりました。それが去年立ち上げたBLのアニメレーベル「BLUE LYNX」へとつながっていったのです。

 その前年、2016年頃から、BLの映像化にとって大きな出来事が2つありました。1つは劇場アニメの『同級生』です。興行収入的にBL作品としては大きなヒットになって、BLでこんなに映画館に人が集まるんだというのを見せつけたのです。あともうひとつは、他局ですが、ドラマ『おっさんずラブ』が2016年に単発ドラマとして放送され、その後2018年に連続ドラマになって大きな話題になったことです。

 BLの映像化の第一波みたいなものが2016年頃から起きたのですね。私がもともとBLが好きだったこともありましたが、ビジネス的な観点からも、コアなファンがいるBLの作品を作っていきたい、フジテレビのアニメ開発部でそういうものを作っていこう、という趣旨で企画を立ち上げました。

 もともとアニメ業界全体の流れとして、DVDなどのパッケージが従来のようには売れづらくなっているという状況があります。アニメの制作費も上がっている中で、事前に大きなお金を出してくれる会社を決めて、大きな費用を掛けて、大きく回収していくというアニメのビジネスが今、増えているのです。フジテレビのアニメ開発部でも、例えば「+Ultra」の枠はNetflixさんと組ませていただいて、大きく使って大きく稼いでいくというスタイルを展開しています。

 それは非常に良いビジネスモデルなのですが、その一方で、大きなお金を出せるような作品しかアニメ化しづらくなっているという傾向を、2017年頃から個人的に感じていたのです。

 そこで、大きく稼ぐようなものでなくても、一定のコアなファンが強くいる作品をアニメ化して、着実に回収していくという、今主流になっているようなビジネスとはちょっと違うものをできたらいいなと思って始めたのが「BLUE LYNX」です。もともとファン層が見えているコアなもの、万人受けではないけれども確実にファンがいる作品をやっていこう、というところから始めました。

BLの映像作品は今年が「勝負の年」?

――2月に公開した『囀る鳥は羽ばたかないThe clouds gather』が「BLUE LYNX」として最初の作品なんですか?

岡安 そうですね。正直、一作品目なので、トライ&エラーで、ビジネスモデルとしてこれから改善していかなければいけないところはたくさんありました。

 ただ、やってみて想像以上に手ごたえもありました。それは、海外での反応です。2020年の3月時点で、台湾で公開された日本映画で1位になったり、あとは、韓国で公開された際には、日本の公開館数30館の倍以上の公開館数でした。アジア圏での注目度の高さを実感しました。

――『ギヴン』は、去年7月期に、テレビで放送されたわけですが、同時に映画の企画も進めていたわけですね。

岡安 はい、そうです。2017年にテレビの企画を決めたときから、映画がセットでした。深夜のアニメ枠「ノイタミナ」の企画として立てて、続きを劇場アニメで、「BLUE LYNX」でやろう、というふうに決めていった形ですね。

 劇場公開は30館と小規模です。それは、映画の内容と宣伝のターゲットを、無闇に広げるのではなく、今見えているファン層に絞る戦略をとった結果です。また、興行の他に、配信などの二次利用、商品化、海外への販売も積極的に行うことで総合的に結果を出していきたいと考えています。

「BLUE LYNX」ではそのほかにも、沖縄の離島を舞台に、小説家の卵と少年の初々しい恋愛を描く、紀伊カンナさん原作の『海辺のエトランゼ』が公開予定となっています。その後については、まだ具体的に発表していませんけれど、継続的に作品を出していきたいなと思っています。

――今年はアニメや実写でBLの映像作品が多い印象ですが、マーケットは今広がっているのですか?

岡安 確かに今、BLの映像化が非常に盛んになっていると思います。BLを手がけてきた出版社の方は、BL映像化にとって、今年は勝負の年、重要な年だね、とおっしゃっています

 流れとしては、『おっさんずラブ』の大ヒットがあって、その後に続いたドラマ『きのう何食べた?』もヒットして、映画化も発表されています。実写ドラマがきちんと結果を出したこともあって、アニメも含めてBL映像化の流れが加速してきたのではないでしょうか。

BLをめぐる市場は今どうなっているのか

――『おっさんずラブ』や『きのう何食べた?』は、LGBT、ゲイの関係を描いたものだと思いますが、少年同士の愛を描いたとされるBLと同じ流れに位置するものなのでしょうか?

岡安 そうですね。どちらも男性同士の恋愛を描いている点は同じだと思いますし、『おっさんずラブ』もBLの枠に括られていると思います。

 BLの系譜をたどると、1970年代頃、竹宮恵子さんや萩尾望都さんなどが描かれた作品は、美少年の物語で少女漫画の派生から出てきたものでした。でも、それが今はどんどん形が変わって、少年に限らず、男性同士の恋愛を描いたものをBLと呼ぶようになっていると思います。

 例えば、確かに『ギヴン』は若い登場人物だけで構成されていますが、2月に公開した『囀る鳥は羽ばたかない』の主人公は36歳のヤクザです。今はBLイコール美少年ということではないですね。

――「BLUE LYNX」はテレビ局が手がけたBLレーベルという異色のものですが、プロジェクトは映画を主軸に考えているのですか?

岡安 はい。映画を主軸にして考えています。『囀る鳥は羽ばたかない』はR18指定でした。BLというジャンル自体が、性描写と密接に関係があるので、放送では流せないようなシーンが多くあります。映画でしたら年齢制限などをかけることによって公開できるのですが、テレビではなかなか難しい面もあります。

『ギヴン』に関しては、そういうシーンが非常に少なめであったのと、音楽を主題にした作品なので、「ノイタミナ」に向いているということになったのです。

 実際に放送してみたら、非常に反響が大きくて、BLを普段観ない方にも楽しんでいただけたという感触ですね。SNSでも反響が大きく、映画公開を前にTwitterのフォロワーは12万人になっています。

 SNSで反響が大きい要因の一つに、BL原作が海外でも翻訳され、ファンを獲得していることがあると思います。先ほどお話しした『囀る鳥は羽ばたかない』のアジア圏での興行の例も、それがベースにあってのことだと思います。

 BLのアニメ化に関しては、私どもも初めてのトライだったのですが、日本国内だけでなく海外のファンにも目を向けることでビジネスチャンスがあると考えています。

――劇場アニメについては、製作委員会はどういう枠組みでやっていくことになるのでしょうか。

岡安 製作委員会の枠組みは作品によって異なります。『囀る鳥は羽ばたかない』と『ギヴン』に関してはフジテレビが幹事社で動いているんですが、『海辺のエトランゼ』に関しては、配給会社の松竹さんが幹事社です。だから企画も立案も松竹のプロデューサーが行っています。

「ノイタミナ」もそういったスタイルですが、自社幹事に拘らず、ラインナップの幅を広げられたらと思っています。

――実写ドラマでヒットが出ているという意味では、フジテレビの場合、ドラマとの連動といったことも今後はあり得るのですか?

岡安 フジテレビが運営する動画配信サービスFODでは、オリジナル作品として、『ポルノグラファー』というBLの実写ドラマを作っていて、地上波でも放送されました。私たちアニメ開発部とFODを運営しているコンテンツ事業室は、どちらもコンテンツ事業センター内にある組織ですし、今後、連動して何か作っていければ面白いかもしれませんね。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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