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寝屋川事件・山田浩二被告が綴った死刑判決への思いと死刑めぐる体験

篠田博之月刊『創』編集長
山田浩二被告からの手紙(筆者撮影)

 2018年12月19日に大阪地裁で死刑判決をくだされた寝屋川中学生殺害事件の山田浩二被告から頻繁に手紙が届いている。彼が綴った獄中手記は、3月7日発売の月刊『創』(つくる)4月号に掲載した。

 手記掲載は山田被告から依頼してきたものだ。事件の事実認定については検察・弁護双方の主張が全く異なったものだから、被告の言い分だけを載せるわけにはいかないのだが、手記の中身は事件についてでなく、死刑判決への思いと、彼が拘置所で間近に見聞きした死刑執行をめぐる状況についてだ。

 殺害事件が起きたのは2015年8月、大阪府寝屋川市駅周辺にいた中学1年生の星野凌斗君と平田奈津美さんが行方不明になり、遺体で発見された。防犯ビデオに残された2人の映像が連日、テレビで放送され、いたいけない姿に多くの人が涙した。

 逮捕されたのは、その夜そこを車で訪れていた山田浩二被告だった。被告が黙秘したこともあって、捜査は難航し、2018年11月1日から行われた裁判員裁判で山田被告は、星野君は熱中症で死亡、平田さんについては過失致死と主張した。大阪地裁の判決は、山田被告の主張を退け、死刑を宣告したものだった。

 その死刑判決については、今回の手紙の中で、山田被告はこう書いていた。

《死刑という極刑を宣告されたにもかかわらず「今何が起きているんだ?」と場の空気や現実を受け止められず、時の流れについていけてない感じだった当時の私。私自身より弁護士の先生方が悔しがっていたのが印象的でした。結果として一番望んでいない形の判決が出たわけですが、その原因や責任を弁護士のせいにするつもりもなかったし、本当によく弁護して頂いたとその時は感謝の思いでいっぱいでした。やるだけやっての結果なんだからそれを責任転嫁するのは間違っている、とその時は思っていました。》

《ただ拘置所の居室に戻り、一人になって判決のことを思い返し、「死刑」という判決の意味や大きさについて考え、ようやくこれは大変なことになったぞと気付きました。目の前が真っ暗になって行きました。

 求刑の前もそうでしたが、判決も一番厳しいものが出たことで、希望を失い絶望しか考えられず、もう何が何だか判らなくなりました。ラジオからは平成最後の3連休「天皇誕生日」からのクリスマスや年末年始ということで、DJの楽しそうなトークやクリスマスソングが流れてきます。その時の私が一番聴きたくないラジオ放送でした。スイッチをOFFにし、誰にも会いたくない思いでした。》

 死刑判決についてこんなふうにまとまった形で山田被告が心情を発表したのは初めてで、それ自体の報道意義はもちろんだが、彼の手紙で私が興味を抱いたのは、その死刑判決から数日後の12月27日に大阪拘置所で行われた別の死刑囚の執行について、同じフロア―にいた者として彼がつぶさに観察していた事柄だった。死刑執行の日の拘置所内の状況が実にリアルに描かれていたからだ。

 その部分を以下、紹介しよう。

斜め右の居室で見た異様な光景

《判決から約1週間後の12月27日にこんな出来事がありました。大阪拘置所は起床時間が午前7時30分で、その時間になるとチャイムが鳴ります。起床の合図です。そして寝具を定められた位置に片付け、洗面や居室内の掃除をします。大体10分後の7時40分頃に朝の点検があります。

「点検準備」という職員の号令のあと「点検」の号令が流れます。「点検なおれ」の号令がかかり「配食準備」の号令が流れるのが7時45分前後です。号令通り朝食の配食を待っていました。すると私の居室の向かって斜め右の居室に数名の職員が集まっていました。

 私が生活しているフロアの新棟は「対面舎房(マジックミラーの窓になっており、対面の居室の部屋の中までは見えない仕組み)」となっています。私の居室のフロアは全部で36居室あり、1~18室が北側、19~36室が南側になっています。北側の居室で向かって斜め右側の28室前に数人の職員が集まり、開錠し「これから面接するから、すぐ終わるから出て来て」と職員が言い、その居室で生活をしていた人を連れてどこかに行きました。

 最初、私は「こんな朝早くから面接なんて大変やなぁ」程度しか思わず、それにこの時間帯は資格異動(未決から受刑者に刑が確定し身分が変わること)で連行される人が多いので、その為の「領置調べ」なのかな?とも思っていました。私自身全く面識もない人だし、興味もその時は特にありませんでした。

 ただこの日に限って朝食の配食がいつもより20~30分程遅くなりました。炊場は1階にあり、大体点検終了ぐらいにフロア周辺にあるエレベーターを使用して各階に運ぶシステムです。この日の朝食の配食が遅くなっているのは、炊場で何らかのトラブルがあって遅くなってるのかなあ?と思っていました。

 この日は朝早くに共同通信社の報道記者の面会依頼がありました。判決直後はさすがに誰とも会う気分になれず、何度か報道記者の面会依頼がありましたが、すべて断っていました。裁判が始まれば手紙の数も嘘のように減って、テレビの報道でも面白おかしく事実と異なる視聴率重視の内容で放送されたことを知りました。マスコミに利用されていたんだ、報道記者に信頼していたのを裏切られ、所詮ビジネス面会だったんだというショックを受け、人間不信になっていました。

 だから、この日の面会も断ろうと思っていましたが、判決から1週間経ち、少しは気持ちの整理がついたし、年内ラストになると思うので、判決後初の面会を受けました。そして面会が終わり、28室前を通るとまだ点検終了後に連れて行かれた人は居室に戻ってきていません。「えらい長い時間面接をしているなぁ~」と思いました。》

ラジオのニュースで知った死刑執行

 《その後、午前10時頃でしょうか、28室の前に大きな台車とゴミ箱が置かれているのを見ました。そしてこのフロアの主任職員がその居室に入り、居室内にある荷物を台車に積んで行きました。その様子を「面接で暴れて保護房に入れられついでに転房させられたのかなぁ」と思いながら見ていました。

 居室から運ばれる荷物が訴訟関係の書類みたいで大量の書類が台車に積まれていました。私も居室内に大量の訴訟資料書類を所持していますが、私より数倍以上の量でした。その後、居室からその人が日常的に使用している私物のコップやハンガー等をゴミ箱の中に入れていきました。

 転房なら私物も台車に積むはずなのに何故捨てる? おかしいなぁ…と思った時にふと、こんな事を思い出しました。「死刑執行は週末(木~金曜)に行われる事が多い」。そういえばこの日は木曜日。何かの本でそのような記事が書かれていたのを何故このタイミングで思い出したのか判りません。

 大阪拘置所新棟6階で生活している収容者は基本、各階の移動は階段を使用せずエレベーターを使用するんですね。そういえば今朝は朝食の配食が遅れたけど、それは炊場での何らかのトラブルでなく、何らかの理由でエレベーターが使用出来なかった為に配食が遅れたのでは?

 あと大阪拘置所は週2回の入浴が実施されます。普通は居室ごと順番に入浴するのですが、私が現在生活しているフロアは何故か順番とは関係なくある特定の人たちが朝一番に入浴をしているんです。またその人達が入浴する時は立ち合いの職員が3~4人(警備隊)なんです。普段の立ち合い職員は2人なのに…です。朝一番に入浴しているメンバーはいつも一緒だし、おかしいなぁ、これってもしかして…?とは思っていましたが、そういえば今朝連れて行かれた人も朝一番に入浴しているメンバーだったなぁ…と思い、もしかして…?って思いました。

 点と線がつながった瞬間でした。この時期はまだ落ち着いてラジオを聴く気分ではなかったのでラジオのスイッチはOFFにしていましたが、午後と夕方に流れるニュースの時間だけスイッチをONにしました。

 そして夕方、午後のNHKニュースを録音したものが放送されましたが、その時にこの日大阪拘置所で2名の死刑囚の刑の執行があった事を知りました。

「やっぱりそうだったんだ…」

 犯行から30年、死刑確定から14年、「コスモリサーチ事件」で死刑判決を受けて刑が確定した人達の執行だと知りました。私の向かって斜め右の居室だった人は再審請求中だったそうです。》

刑場に連行する際に嘘を言っているのか?

 この山田被告の手記で気になるのは、斜め向かいの死刑囚を刑場に連れていく時に、係官が「面接をするから」と言っていたという話だ。

確かに死刑執行と気づけば独房に籠城する者もいるからだろうが、これが本当だとすると、死刑囚は刑場に行ったところで嘘をつかれたと気づくわけで、これはどうなのだろうか。永山則夫元死刑囚が刑場に連れ出される時に激しく抵抗したという話は有名だが、そうした例があったので、最初は騙して…というふうにしているのだろうか。

 昨年、紹介した元オウム幹部・新實智光死刑囚の執行に際して、遺体を引き取った元妻の生々しい手記を紹介した。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20181107-00103264/

元オウム新實智光死刑囚の妻がつづった夫の死刑執行をめぐる衝撃手記!

 こんなふうに死刑執行をめぐる具体的な情報は、これまでほとんど外部に出ておらず、知られていない。今回の山田被告の手記も、自身が死刑囚という立場での特別な思いがにじみ出ていることを含め、リアルで生々しい。

 死刑制度の存廃をめぐるアンケートは、こうした死刑についての実情を知らされないまま、賛成か反対かを理屈で考えて問うものだ。その結果、死刑制度賛成が約8割というわけだが、死刑をめぐる実情はもっと具体的に国民に知らされるべきで、死刑制度をめぐる議論は、それを踏まえてなされなければいけないと思う。

 前回の新實元死刑囚の妻の話を紹介したのも、そして今回、山田被告の手記をここで紹介するのも、そういう思いからだ。

[追補]この後、2019年5月18日付で山田被告は突然、控訴を取り下げ、死刑を確定させてしまった。その前に届いていた手紙の内容は下記記事で紹介した。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190521-00126811/

控訴取り下げ!寝屋川事件・山田浩二死刑囚の最近の手紙に揺れる心情が書かれていた!

山田被告の手記については「創」に掲載した2本とも全文をヤフーニュース雑誌で公開した。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190521-00010000-tsukuru-soci

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190521-00010001-tsukuru-soci

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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