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TBS『陸王』、テレビ東京『池の水~』などのヒットとテレビ界が抱えた構造的問題

篠田博之月刊『創』編集長
『創』1月号の表紙は『陸王」の舞台、こはぜ屋のセット

 12月25日に放送されたTBSのドラマ『陸王』最終回が20・5%という視聴率を叩き出した(関東地区。ビデオリサーチ調べ)。この秋のドラマでは22日に放送されたテレビ朝日の『ドクターX』最終回が22・8%という驚異的視聴率を記録しているが、この番組はすごすぎて特別なので、『陸王』の健闘は特筆に値するだろう。

 発売中の月刊『創』1月号は「テレビ局の徹底研究」という特集で、この秋の話題の番組のプロデューサーなどにインタビューしているのだが、この『陸王』の伊與田英徳プロデューサーの話を紹介しておこう。

 ちなみに池井戸潤原作、伊與田英徳プロデューサー、演出が福澤克雄ディレクターというこのコンビは、これまで『半沢直樹』『ルーズヴェルト・ゲーム』『下町ロケット』と相次いでヒットを飛ばしてきた。それゆえ今回の作品にも、放送前から社の内外で大きな期待が寄せられてきた。

 伊與田プロデューサーがこう語る。

「確かにいろいろなところで『期待しています』と声をかけられました。もちろんプレッシャーにはなりますよ。単に視聴率だけでなく、最終的にこれでいいと言えるようなものを出せるかどうかですね」

『陸王』は、100年前から足袋を作ってきた「こはぜ屋」という中小企業が、生き残りのために足袋の技術を生かしたランニングシューズの開発に挑むという話。競合の大企業からの不合理な圧迫と闘いながら社員一同が一体となって物づくりに励むという池井戸さんならではの熱いドラマだ。主役のこはぜ屋の社長を演じるのは役所広司さんで、まさに名演技が光っているのだが、その息子に山崎賢人さんといった豪華なキャストの中で、話題になっているのが、阿川佐和子さんが重要な役どころで出演していることだ。

「阿川さんには相当にいいお芝居をしていただいています。TBSの番組で立ち会ったことがあって、私の中では勝手に芝居のできる人というイメージがあったのです。オファーしてお会いしてみたら、最初は『私でいいんですか?』とおっしゃられ、その後『私で良ければぜひお願いします』と快諾されました。池井戸さんとは文藝春秋のお仕事などで知りあいだったようで、池井戸さんは最初、『阿川さん?』と驚かれていましたが、演出の福澤とすごく息もあっているし、役柄にぴったりですよね。こういう配役と出会えたというのはまさにプロデューサー冥利に尽きるといえます」(伊與田プロデューサー)

 主な撮影が行われているのは埼玉県行田市。足袋で知られる町だ。中小企業ながら職人気質と誇りを持って仕事に取り組むという設定は、日本人にも支持される要素だが、今回はそれに駅伝というもうひとつのドラマがからんでいる。ニューイヤー駅伝がその舞台なのだが、地元での撮影にはエキストラが一日で7000人も応募したという。地元の行田市では、地場産業の足袋の話でもあり、ものすごい反響で、撮影現場には大勢の見物人がつめかけているという。

「2017年のニューイヤー駅伝のシーンを撮影しておかないといけなかったのでドラマの発表は前年の12月に行いました。ただ実際お芝居部分の撮影は放送が始まる少し前からで、番組の反響をもらいながら制作を行っていくというのが、私はテレビドラマの魅力だと思っているんですね。こはぜ屋のセットも行田市にあったりして、撮影現場はほとんどそちらで家にも帰れないような日々が続くのですが、現場は盛り上がっていて、その現場から力をもらって、テレビドラマならではの不思議なパワーが働いています。

足袋をめぐる家内工業を続けてきた会社が、時代の流れの中でどんなふうにその技術を残していくか苦闘するというまさに日本の縮図のようなドラマで、地元はびっくりするくらい盛り上がっています」(同)

 TBSではこの秋、金曜ドラマの『コウノドリ』も話題になった。こちらのプロデューサー那須田淳、峠田豊のお二人は、2016年のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で大ヒットを飛ばしたコンビだ。ふたつのチームが競い合うようにしてヒットを飛ばしたTBS、かつて「ドラマのTBS」と言われた時代を彷彿とさせる健闘ぶりだ。

大河ドラマを抜いたテレビ東京『池の水ぜんぶ抜く』

 2017年、「テレビ東京の番組がNHK大河ドラマを抜いた」と話題になったのが、日曜20時台のテレビ東京の2時間特番枠「日曜ビッグバラエティ」で放送された『緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦』だ。その勢いを駆って、テレビ東京は2018年1月2日に同番組を特番として放送する。

『池の水ぜんぶ抜く』は最初の放送が2017年1月15日で、この時の視聴率が8・3%。日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』とNHK大河ドラマという強力な番組が控える時間帯でこの数字は快挙だった。そして第2回の4月23日が8・1%、6月25日が9・7%と評判が高まった末に、9月3日の放送で11・8%と2桁達成。大河ドラマを上回ったのだった。

 この番組を企画した伊藤隆行プロデューサーは、レギュラー番組として『モヤモヤさまぁ~ず2』(毎週日曜18時半~)や『やりすぎコージー』など、若者にも人気のバラエティ番組を数多く手がけるプロデューサーでもある。

「日曜ビッグバラエティは、テレビ東京としても力を入れている特番枠ですが、地上波の番組全体の視聴率が下がっている中で、『イッテQ!』と大河ドラマがあって、それ以外の数字を4局で取り合うという激戦区です。そういう状況の中で、2016年春に会社から企画を出してほしいと言われたんです。これはもうバランスが取れたような番組では太刀打ちできないから、変化球を投げないといけない、インパクトのある企画を持ち込まないといけないなと最初に思いました」

以下、『創』の特集では伊藤プロデューサーに、この企画を上の反対を押し切ってどんなふうに実現させたかが語れるのだが、このテレビ東京についての記事は1本丸ごと下記に公開したので興味ある人はそちらを読んでほしい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171226-00010000-tsukuru-soci

『池の水ぜんぶ抜く』第1回の放送
『池の水ぜんぶ抜く』第1回の放送

 この記事では池上彰さんを起用して選挙特番を成功させたテレビ東京の福田裕昭・執行役員報道局統括プロデューサーのインタビューも載っている。テレビ東京は最近、同局ならではのとがった企画で話題になっているのだが、そうはいっても全日視聴率では他の民放に大きく水をあけられているというその構造についても、同局の編成部長が語っている。

 

 構造的問題といえば、今テレビ界を覆いつつあるのは「若者のテレビ離れ」と言われる状況だ。その結果として総世帯視聴率(HUT)が下がっているのだ。いまや民放トップを独走する日本テレビのバラエティとドラマ部門を統括する加藤幸二郎制作局長が「今はもう他局との視聴率競争だけやっていればよい時代でなく、若い人はどの番組でなくテレビそのものを見なくなってしまう恐れがある」と特集記事で語っている。

 それが深刻に現れているのは、まさにその若い人を照準にあわせて番組を作ってきたフジテレビだ。

苦境のフジテレビを襲う構造的問題とは

 昔から『創』は割と読んできましたが、そこに自分がこのタイミングで登場することになるとは思いませんでした」

 そう語ったのはフジテレビの立本洋之・編成センター局次長兼編成部長だ。『創』が毎号のようにメディアのことを扱うようになったのは1980年代前半からだが、その頃からフジテレビは好調で、現場が活気に満ちているという話を頻繁に取り上げてきた。その時代のような状況に再びフジテレビを戻さなければならない。その使命を果たすうえで編成センターは重要な戦略部門だ。

立本局次長は、16年間にわたってビーエスフジに出向し、2016年にフジテレビ編成局に戻った。そしてこの夏、重責を担うポストに就いたのだった。「重責ですね」と声をかけると、「一朝一夕に変わるという状況ではないので、次の世代を見据えて長いスパンで変えていきたい。そのためのきっかけ作りをまず始めたい」と語った。

「フジテレビはもともとティーンとか1層と言われる比較的若い人たちが主な視聴者で、その層が購買力が高いということでクライアントにも評価されてきたわけです。ところが若い人たちがスマホから情報を得るようになって、テレビの見られ方が変わってきた。逆に少し上の3層4層が膨らんで視聴者の半分を占めるようになりました。テレビ全体の総世帯視聴率(HUT)が落ちていくとともに、そういう構造的変化が表れているのですが、フジテレビの視聴率が下がってきた流れはちょうどそれに重なっているわけです。

 『笑っていいとも!』が2014年に終了し、『SMAP×SMAP』が2016年に終了。この秋には来春の『めちゃ×2イケてるッ!』の終了も発表しました。かつてフジテレビを支えていた長寿番組が次々と終了しているのは、やはりそういう時代の変化に伴う動きです。『笑っていいとも!』も最後の頃は視聴率が下がっていたし、『めちゃイケ』の視聴率があまり良くないのは、番組としての限界に来ているからだと思います。新たな番組を立ち上げて、こうした流れを変えていくことが必要で、5年10年という視点で考えねばならないことなんですね。

そもそもかつてのようにテレビが家の中心にあって家族が皆で同じ番組を見るという時代は終わってしまっていますからね」

 ちなみに1層とは20~34歳、2層は35~49歳、3層とは50歳~64歳、4層とは65歳以上を指す。それぞれの層について性別を示すM(男性)、F(女性)という記号を付けて、テレビ業界では、視聴者層をF1、F2などと語るのが一般的だ。3層4層が増えたのは、少子高齢化が進んだためで、テレビ局でその層に照準をあてているのは、例えばテレビ朝日だと言われている。

「幸いフジテレビについて言えば、朝と昼の情報番組が比較的健闘しています。早朝から7時台までの『めざましテレビ』は日本テレビと1位争いを続けているのですが、一時、ターゲットを3層4層に振った時期があった。ところがうまくいかずに再び1層2層中心に戻して安定するようになりました。だから1層2層中心に番組を編成していくという基本方針は変える必要はないと思いますが、その見せ方は変えていく必要があると思うのです。

まず何とかバラエティを強化して、ゴールデン、プライムの視聴率をあげていくというのが大きな方針になりますが、朝と昼の帯番組が良くなっているのは良い兆候です。特に『バイキング』など系列局の視聴率が非常に高くなっています」(同)

 この何年か配信ビジネスを本格化させるなど、テレビ局もデジタル対策に本腰を挙げているのだが、それは同時にテレビ番組もネットで見るという若い人たちの習慣を拡大させることにもなっている。もちろん『陸王』のように強いコンテンツであればやはり多くの人が見るというのは明らかで、若者のテレビ離れを嘆くより強力な番組を作ればよいというのも正論だが、フジテレビの苦境に表れているメディアを取り巻く環境的変化は、今後ますます大きな問題としてのしかかってきそうだ。

テレビ各局がそうした課題にどう取り組んでいるのか、詳しいレポートはぜひ発売中の『創』1月号テレビ特集を読んでいただきたい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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