Yahoo!ニュース

『週刊ポスト』元少年A実名報道をめぐる毎日新聞へのコメントを補足する

篠田博之月刊『創』編集長
「週刊ポスト」2015年9月25日・10月2日号記事

けさ毎日新聞からコメント取材の電話があって、『週刊ポスト』の元少年Aの実名・顔写真報道について意見を聞かれた。その私のコメントはきょうの毎日新聞夕刊に載っている。同じ記事がネットでも公開されていて、ランキング3位になっている。

http://mainichi.jp/select/news/20150914k0000e040088000c.html

コメントは自分が話したことのごく一部しか掲載されないので、少し補足をしたほうがよいかなと思い、このブログに書くことにした。

まず『週刊ポスト』のきょう発売の記事「少年Aの『実名』と『顔写真』を公開する」だが、はっきり言って期待はずれだ。昨日の新聞広告がやたらハデだったので、現在の元少年Aの顔写真を公開したのかと思ったら、何と載っていたのは、元少年Aが逮捕された時に『フォーカス』が掲載して大きな議論になったあの写真だ。これはそもそも彼の中学校の卒業アルバムの写真で、『フォーカス』に載った時に既に「古い写真」と言われたのに、その20年前の写真を持ち出して仰々しく「顔写真を公開する」はないだろう。

実名を載せたのは確かに今回が初めてだが、これもネットではさんざん流布していたし、記事にも書いてあるように元少年Aは現在、名前を変えて生活しているらしい。だから、この名前を公表する意味はあまりないのだ。

『絶歌』が出た直後に太田出版の編集担当責任者・落合美砂さんに話を聞いた時も、「実名で出版すべきだったという意見も多いけれど、事件当時の名前を出しても今はそれと違うわけで、いったいどれほどの意味があるのか。『元少年A』 という記号として流通している名前とあまり変わらないのではないか」と言っていた。

『週刊ポスト』の記事は、少年法をめぐって敢えて問題提起をするとおおげさなポーズの割には新しい事実が何もないのだ。おいおい大丈夫なのかと、逆に心配になってしまう。

毎日新聞の記事は、その『ポスト』の記事を受ける形で、少年法をめぐって3人の論者のコメントが載っている。私が言いたいのは、『絶歌』出版とその後の元少年Aのホームページ開設は、少年法をめぐる論議をするには格好の機会ではないか、ということだ。これまで我々は少年法を理念として論じてきたのだが、元少年Aは、少年法とはどういうものかを体現する具体的な存在として我々の前に姿を見せた。

凶悪な殺人を犯しながら処罰されずに市民社会に復帰したことに対して、多くの反発が湧き起ったのは、少年法というものについて多くの市民が理念としてはある程度理解していても感情的には釈然としないという受け止めかたであることを示したものだろう。罪を償うとはどういうことか、更生とはどういうことなのか。元少年Aはまさに少年法を具体化させた存在として現れたわけだ。

私は連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚や奈良女児殺害事件の小林薫死刑囚ら、凶悪犯と指弾された人たちとつきあうなかで、彼らの犯した罪を償うというのはどういうことか、どうすることが本当に罪を償うことになるのか、という疑問にいつもぶつかってきた。特に小林死刑囚など、自ら「死にたい」と死刑判決を求めていた人物で、死刑判決が出た瞬間に法廷でガッツポーズをしたことで知られている。処刑することが彼を罰したことに全くなっていないわけだ。

そうした現実に触れるたび、少年法の精神、つまり少年を処罰するのでなく更生させるという理念のすごさに驚いてきた。犯罪を犯した人間を抹殺するのでなく、教育することで変えていくということだ。

小林薫死刑囚の公判を私は毎月奈良地裁に通って傍聴したのだが、精神鑑定を行った医者が証言台に立った時、彼の「更生可能性」が論点になった。結論は、更生は極めて困難だというもので、予想通り死刑判決になったのだが、私はそのやりとりを傍聴していて重たい気分になった。小林死刑囚は、当時の報道では、手のつけようもない異常人格と非難されていたのだが、私の印象は、たぶん違った家庭に生まれ、違った環境に育っていれば殺人など犯さずにすんだのではないか、というものだった。

確かに彼を更生させ社会復帰させるのは極めて困難だが、彼を抹殺することが解決にならないことは明らかだった。ではいったい彼にとって「罪を償う」というのはどういうことなのか。その疑問がいつも頭を離れなかった。

だから元少年Aを、あれほど凶悪な犯罪を犯した彼を、抹殺するのでなく教育して変えていこうという少年法に基づく試みは、理念としてはすごいことだと思う。しかし一方で、それが簡単なことでないことは誰にでもわかる。元少年Aは、少年法の理念が単なるきれいごとでなく、現実に有効性を持っているのかどうか、それを我々に示してくれる存在なのだ。

元少年Aには、自分が抹殺されず生き続けることを求められたということの重たい意味を認識してほしい。医療少年院などで彼の更生に力を尽くした人たちや、彼の更生に期待している人たちの思いを簡単に無駄にはしてほしくない。人を殺害し、遺族を苦しめたことへの償いの重さを受け止めてほしい、と思う。

ホームページでいささか挑発的なイラストや写真を立ち上げ、自分を指弾する世間に敢えて意思表示を行っている元少年Aだが、彼自身、自分が存在していることの重みに煩悶してはいると思う。その存在を多くの人が注視していることをぜひきちんと受け止めてほしいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事