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少子化対策の財源を社会保険料に頼るのはなぜ?

島澤諭関東学院大学経済学部教授
図はイメージです(写真:アフロ)

岸田文雄首相が今年1月に打ち出した「異次元の少子化対策」は、6月に策定される「骨太の方針」の前に、政策メニューも財源もほぼ固まったようです。

少子化対策で「こども特例公債」発行へ…財源確保まで不足分を穴埋め(2023年5月24日 読売新聞)

【施策】3兆円程度

(1)経済的支援の強化:1.5兆円程度

(2)子育て世帯へのサービス拡充:0.8~0.9兆円程度

(3)共働き・共育ての推進:0.7兆円度

【財源】3.1兆円程度(最大)

(1)新たな支援金制度(医療保険引き上げ):0.9~1兆円程度

(2)歳出改革の徹底(医療費抑制):1.1~1.2兆円程度

(3)すでに確保した予算の活用(消費税など):0.9兆円程度

そもそも子育て対策を含む社会保障の財源として、消費税があるはずですが、今回は消費税は財源候補から消え、比較的に早いうちから社会保険料に焦点が当たっていました。

なぜ、消費税ではなく社会保険料が好まれるのでしょうか?社会保険料が好まれる理由については以下が考えられます。

1.少子化対策により、少子化の進行が緩和すれば、医療、年金、介護などの社会保障制度の持続可能性が高まるので、社会保険料により少子化対策の財源を賄うのは合理的だから。

2.社会保険料は税ではないと誤解されているから。

3.社会保険料引き上げは増税より反対が少ないと認識されているから。

次に、それぞれの妥当性について検討を加えてみます。

1.少子化対策により、少子化の進行が緩和すれば、医療、年金、介護などの社会保障制度の持続可能性が高まるので、社会保険料により少子化対策の財源を賄うのは合理的。

→ 現在、少子化、高齢化の進行により、社会保障制度の持続可能性が揺らいでいます。そこで、少子化対策により子どもが増え、将来の労働力、税負担者が増えることになれば、社会保障制度の持続可能性は確かに高まります。したがって、社会保険料から少子化対策の財源を捻出することは費用対効果の面からも合理的というわけです。

しかし、この考え方にはいくつか問題もあります。

①子どもは財源ではありません。

この考え方ですと、生まれてきた子どもたちは将来社会保障制度を支えることが義務付けられてい(るように解釈され)ますが、子どもには子どもの人生があります。日本の社会保障政策の失敗のツケを子どもたちが負わされる道理はありません。

②費用対効果

経済財政諮問会議民間議員資料からは、「異次元の少子化対策」にる出生増1人当たり1~2億円かかるようです。果たして、生涯賃金が大学・院卒男子で3億円程度であるところ、1億円はもとより2億円の回収はかなり難しいでしょう。つまり、費用対効果が悪すぎるのです。

③少子化加速リスク

社会保険料の9割程度は、結婚・出産予備軍、現在子育て中の世帯を含む現役世代が負担しているので、これが上乗せされれば、現役世代の手取り所得が減ってしまいます。手取りが減れば生活の余裕がなくなりますから、結婚・出産が減って少子化が加速するリスクが高まります。これでは、「異次元の少子化対策」の目的とは真逆で、かえって社会保障制度の持続可能性が危うくなってしまいます。まさに本末転倒ですね。

2.社会保険料は税ではないと誤解されている。

→ 政治家だけではなく、国民の多くも「税」と「社会保険料」は別物であると認識しているようです。しかし、社会保険料も例えば所得税と同様賃金が税源という点では社会保険料も税も同じものです。実際、アメリカでは高齢者医療や年金の財源は「給与税(payroll tax)」と呼ばれています。

こう言うと、税には反対給付がないけれど、社会保険料には見合いの給付があると反論されることもありますが、日本の社会保険には消費税が投入されていますし、医療保険では高齢者医療への支援金が存在しています。つまり、日本では社会保険とは言っても名ばかりで、リスクに見合った負担・給付にはなっていませんから、社会保険料に見合いの給付があるとは言い難いです。

3.社会保険料引き上げは増税より反対が少ないと認識されている。

→ 日本の場合、社会保険料は労使折半とされ、私たちが直接認識できる給与明細上の保険料負担のほか、企業負担があります。このため、社会保険料ですと、負担が引き上げられたとしても、企業の負担分だけ、軽くなっていると錯覚されます。しかも、給料からの天引きですので、人によっては、支払いのたびに重税感に打ちのめされる消費税よりは痛税感が緩和されるというのもあるでしょう。

また、企業の社会保険料負担は雇用コストを引き上げるので、社会保険料負担をしなくても済む、パートや非正規雇用が進んだ側面もあります。もちろん、これは少子化を引き起こします。

そしてこれこそが最大の理由だと思いますが、社会保険料の場合、消費税に比べて、高齢世代の反対が少ないことにあります。社会保険料の9割程度は現役世代が負担していますが、消費税は全体の4割程度、高齢者も負担していますので、投票において大きなプレゼンスを示す高齢者の反対は社会保険料の方が小さく、政治的なハードルが低くなるのです。

以上の理由から、政治は、「異次元の少子化対策」の財源を社会保険料に頼るのです。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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