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新型コロナ感染が再拡大する中、通勤や出張を命じられたら?【#コロナとどう暮らす

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
オンライン会議(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

新型コロナウイルスを経験したことによって、私たちの暮らしは今後どのように変化するのでしょうか。Yahoo!ニュースの記事に寄せられた声を参考に、コロナの影響による働いている人の困りごとに答えてみたいと思います。

全国各地で新型コロナウイルスの感染が再び広がる中、満員電車での通勤が見込まれるような出社や、商談・会議などのため遠方への出張を、使用者(会社側)から強いられて困っているという相談が多く寄せられています。

緊急事態宣言期間中には、多くの使用者が移動を伴う活動を自粛し、テレワークやリモート商談などの環境も多くの職場で整備されてきました。

内閣府が実施し2020年6月21日に公表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によれば、就職者の34.6%がテレワークを経験しています。

また、連合(日本労働組合総連合会)が実施し2020年6月30日に公表した「テレワークに関する調査2020」によれば、今後のテレワークの継続意向については「希望する」が 8 割超(81.8%)となっています。

しかしながら、緊急事態宣言が解除されてからは徐々に通常通りの出社や出張などが復活しており、新型コロナウイルスの感染者が再び増加している現在においても、その動きが止まる様相はないようです。ではこういった状況下において、使用者はどういう対応をとるのが望ましいのでしょうか。

使用者には「安全配慮義務」がある

原案:佐々木亮 画像制作:Yahoo! JAPAN
原案:佐々木亮 画像制作:Yahoo! JAPAN

そもそも使用者には、労働者の健康等について必要な配慮をする「安全配慮義務」があります(労働契約法5条参照)。

混雑した通勤電車は、閉鎖空間であり、乗客同士の距離を保つソーシャルディスタンスをとることも不可能です。マスクをしていない乗客も、車内で会話をする乗客もいますので、新型コロナウイルスに感染するリスクを否定することはできないでしょう。

ですから、少なくとも混雑した電車を利用して通勤しなければならない場所に居住する労働者からテレワークなどの要望が出された場合、使用者は、その労働者の安全に配慮するようにすべきでしょう。

具体的に使用者が取り得る配慮としては、時差出勤や勤務時間短縮といった制度の導入、テレワークへの切り替えなどであり、労働者が新型コロナに感染するリスクを抑えられるような適切な措置をとる必要があると考えます。

とくに、緊急事態宣言期間中にテレワークなどを実施できていたのであれば、それらを引き続き実施するためのある程度の体制は、すでに整えられているはずです。

使用者は業務内容について、感染リスクを引き受ける形で出社させなければ本当にできない業務なのか、出社する必要があるとしてその回数や時間帯は調整できないのか、テレワークの執務環境を整備することでさらに自宅で対応できる業務を増やすことはできないのかなどをしっかり検討しなければなりません。

使用者は、こういった配慮を怠り、実際に労働者が新型コロナウイルスに感染してしまうと、安全配慮義務違反により法的責任を問われる可能性もあることも自覚すべきでしょう。

なお、感染が拡大する状況で、在宅勤務が可能で業務への支障もないのに漫然と使用者が出社を命じている場合であれば、労働者が出社を拒否しても、使用者が出勤拒否を理由に労働者に不利益な処分をすることはできないでしょう(労働契約法15条・16条)。

使用者としては出勤が必要であると考えているのに労働者が出勤を拒否している場合であれば、労働者と使用者との間できちんと協議をする、具体的には使用者側の事情も丁寧に説明をする、テレワークができると考えている労働者側の言い分にきちんと耳を傾けるなど、双方が納得できる勤務態勢を構築するように努めねばなりません

高齢、基礎疾病、妊娠……労働者の体調等への配慮

使用者がこういった感染対策を行うに際しては、当該労働者の体調なども考慮要素とすべきです。

たとえば、労働者に基礎疾病があったり、高齢であったり、妊娠していたりする場合、感染時に重篤化してしまうリスクも高くなります

こういった労働者に対しては、使用者としてより一層の配慮が求められるといえます。

とりわけ、妊娠している労働者については、本年5月7日から、政府は、妊娠中の労働者から保健指導又は健康診査に基づき指導を受けた旨の申出があった場合、当該指導に基づき、出勤の制限等の必要な措置を講ずる必要があるとされています(均等法13条2項、「妊娠中及び出産後の女性労働者が保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」2(4)を追加しての実施)。労働者から、保健指導を踏まえた「母性健康管理指導事項連絡カード」を活用した申出があった場合には、使用者は出勤の制限をしなければなりませんので、ご注意下さい。

顧客との面談等を命じられた場合は?

最後に、改めて顧客などからの要望があるという名目で、こういった配慮がなされずに、遠方への移動を伴う会議や営業活動を命じられて困っている、というご相談について答えたいと思います。

まず取引先との会議や商談なども、ほとんどのケースではリモートでの実施が(少なくとも理論上は)可能なはずです。

もちろん「対面で心通わせてこそ営業だ」「リモート商談なんて顧客に対して失礼だ」という考えもあるでしょうが、対面営業や会議は、大切な顧客をも感染リスクに晒す行為であることは、強く認識すべきでしょう。

そして使用者は、労働者への安全配慮の観点から、少なくともリモート営業が出来る体制は早急に構築し、取引先に対しても選択肢の一つとしてリモートでの営業を提示できるようにはすべきでしょう。

場合によっては、双方が言い出しにくいだけで、相手方やその担当者も本音ではリモート商談を望んでいるというケースもあるはずです(特に、感染者の多い地域から、地方への移動を伴うケース)。

顧客から強い要望があった場合の対応は難しいところですが、必要性に乏しいものであれば、使用者としては自らが雇用する労働者を守ることを第一に考えた対応をとることも必要でしょう。

さらに、顧客から飲食を伴う接待などの希望があった場合、担当者は自分の判断でこれを拒むのは難しい場合もあります。

そのため、たとえば当面は「飲食を伴う接待は禁止」「原則として、商談はリモートで実施する」といった社内ルールを定めることで、自社社員が会社のルールを理由に顧客の要望を断りやすい体制を構築するようなことも重要です。

まとめ

使用者のこういった対応は、自社・顧客の従業員を新型コロナウイルスの感染から守るためだけのものではありません。社会全体を新型コロナウイルス感染拡大から守るため、使用者に課せられた社会的な責務ともいえます。

多くの使用者が逼迫した経営状態にあるでしょうが、従来の業務体制の維持が本当に今不可欠なのか、改めて見つめ直す必要があるでしょう。

そして、労働者や労働組合の側からも、従来の業務体制を改めて見つめ直すよう現場(労働者と顧客)の声を踏まえた提案を行い、労使で協議がすすめられると良いでしょう。

※記事をお読みになって、さらに知りたいことや専門家に聞いてみたいことなどがあれば、ぜひ下のFacebookコメント欄にお寄せください。次の記事作成のヒントにさせていただきます。

また、Yahoo!ニュースでは「私たちはコロナとどう暮らす」をテーマに、皆さんの声をヒントに記事を作成した特集ページを公開しています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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