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演出家・白井晃、悔し涙から2年…稲垣吾郎と濃密な時間を過ごし“再始動”!

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
舞台について熱く語る白井晃さん(撮影:すべて月乃助)

 上品で繊細、聡明な印象の演出家・白井晃さん。現在上演中の舞台『サンソン―ルイ16世の首を刎ねた男―』の演出を手掛けていますが、2年前、コロナ禍による緊急事態宣言で突然中止になったことが忘れられず、演劇の意味・役割など、熱い思いが溢れます。主演を務める稲垣吾郎さんとは、幾度となく一緒に作品を作ってきた仲であり、変化を感じているとのこと。新キャストの崎山つばささん、佐藤寛太さんなどエネルギー溢れる若手俳優たちには、体を張った演出で熱が入ります。

―2年前の初演はかなり悔しい思いをされたそうですね(東京・大阪の20公演が中止)。

 フランス革命期にルイ16世の処刑をしなければならなかった実在の死刑執行人の話で、準備から公開まで2年くらいかかりました。稲垣吾郎さんが『イノサン』というマンガで興味を持たれて、シャルル=アンリ・サンソンという人物を描くことになり、脚本家の中島かずきさんと相談し、音楽は三宅純さんとこの世界を包む楽曲について話し合い、美術については、二村周作さんと試行錯誤してきました。

 出演者も大人数で苦労してやっと形になった、初日の幕を開けたその日に、緊急事態宣言が出るという話になり、「『サンソン・・・』はやめませんよね」とプロデューサーにも強く詰め寄りました。1つの演劇作品を作るには、多くの人たちのエネルギー・力が必要で、重たく大きなテーマで皆の力が結集した瞬間だったので、致し方なかったとは思いますが、表現・創作の思いがギロチンにかかったように断ち切られて悔し涙を流しました。

 その時の僕は頭から湯気が出ていたみたいですが、劇場文化・演劇が否定されると思いました。観客と表現者が時間と空間を共有する同時性に魅せられてやってきた人間が、演劇の一番の特性が否定されることに猛烈な憤りと悔しさがありました。今回、僕は再演ではなく“再始動”と呼び、少し長いインターバルがあっただけという気持ちでいます。

 再開できる喜びと同時に、あの時の思いを忘れてはいけないと強く思います。作品ともシンクロしていて、サンソンの苦悩の時間を忘れてはいけない。我々は多くのものを犠牲にしながら歴史を歩んでいるということ、大きな変革の時には大きな犠牲を伴うということを忘れてはいけないのです。

―舞台で描きたかったものは?

 サンソン家の抱えてきた大きな苦悩と葛藤、移ろいやすい民衆の心を浮き彫りにしたいと思いました。

 吾郎さん演じるサンソンは、敬虔なクリスチャンであり死刑廃止論者でもあります。「汝、人を殺すなかれ」というキリスト教の教義があるにもかかわらず、命を断ち切ることに大きな矛盾と葛藤を持ちながら仕事をしていた。だからこそ、人助けで開業医もしていました。残酷な車裂き・火あぶりの刑、それを喜ぶ人々の残忍性をサンソンは心底嫌っていたと思います。

 特にサンソンの、ルイ16世への思いをどうしたらより浮かび上がらせられるか。吾郎さんが処刑台からルイの首の入った箱を持ってきた時の階段の降り方、箱の大きさにもこだわりましたし、ほとんど見えないですけど、(ルイ16世役の)大鶴佐助くんのライブマスクを取らせていただいて、箱の中には本当に佐助君の顔をした“首”が入っています。

―稲垣吾郎さんのことは、どうご覧になっていますか?

 吾郎さんは飄々(ひょうひょう)としていて、いつも冷静です。でも、今回は僕に対しての質問が今までで一番多く、2人で話す時間もとても多かったです。「苦悩を濃くしたい」と何度もおっしゃっていましたね。

 初演時は物語を形作っていくことに時間を取られるのだけど、役を構築していく上での話し合いができたことが、2年間のインターバルがあったよさなのかなと思います。吾郎さんが稽古初日から台本も持たず、セリフも全部入って堂々としているのは、あの時の続きだからです。吾郎さんの姿勢に周りの皆も引っ張られます。今回は、かなり高いところからスタートしているという感じがありました。

―吾郎さんは先日の取材で「舞台は自分の場所」と話されていました。

 僕は吾郎さんと、『No.9 ―不滅の旋律―』というベートーヴェンの舞台から、再演を含めてこれまで長い時間を共にしてきました。ご自身の環境が変わられたこともあり、自分が表現者として何を大切にするのかということをずっと考えてこられたのだと思うんです。その中で「自分は俳優であり舞台は大切なもの」だということを改めて感じたとおっしゃっていました。

 僕が初めてお仕事をした時はアイドルとして頑張っていた頃で、その頃ももちろん一生懸命でしたが、今、舞台にかける思いをより強くされているというのは感じます。一緒に創作できること、役者さんが輝いているのを見るのが僕の楽しみであり、その瞬間に立ち会えることが何よりの喜びです。

―新キャストについて。

 皆、器用です。でも器用だけでは困るので、若者たちだけの稽古の日を設けて特別に稽古をしたりしました。存在感を出すには、という話もしましたね。

―崎山つばささんは?

 彼は舞台の表現者として豊富な経験があり、上手いです。でも大切なのは舞台の上に生きている、存在していることなので、僕が求めているものを体の使い方を含めて伝えました。

 1つは歩き方です。作品を支える上で僕は空間を意識しているので、立つ・歩くは重要です。まず、僕がこの作品の中で必要としている歩き方を伝えました。歩幅や重心です。一緒に歩いてみて、良きところを見つけたところで、それが強度を増そうとしている動きだということを説明しました。結果、歩き方が変わることによって存在感も力強さも出てきましたし、声の芯まで変わってきたと思っています。

―佐藤寛太さんは?

 彼と稽古すると皆が「白井さんと寛太の漫才が始まった」と言うんです(笑)。感情が高まると上半身が前のめりになるので、僕が寛太のTシャツの後ろを持って引っ張って台詞を言ってもらっている様子が、まるで暴れ馬の手綱を引いているように見えるみたいです。それを見た大鶴佐助君が、プロデューサーに「もしかしたら、蜷川幸雄さんと藤原竜也さんはこんな関係だったのかもしれない」と言っていたそうです(笑)。

 寛太は気持ちも肉体もとてもバネがあるので、本当に暴れ馬みたいなんです。僕が手綱を引くというのは、別に彼のエネルギーを止めようとしているわけじゃない。一歩一歩、エネルギーをしっかりと地面に伝えるために僕が引っ張り、彼は前に行く。その状態でセリフを言う。「どうなる?」と聞いたら「下に落ちます!」と。とにかく感覚を下にさせるために手綱を引いていたんです。寛太は自分で持て余すくらいのエネルギーを持っているので、そのエネルギーをうまく使うとさらに成長すると思います。

―千秋楽にダメ出しするという噂は本当ですか?

 あれは言葉が勝手に一人歩きして皆が面白がっているだけです。この場を借りて修正したいと思います(笑)。皆さんが楽日(らくび=千秋楽)に冗談で言ってくるんです、「今日ダメ出しありますか」って。僕も「ないよ」「本当ですか」「じゃ1つだけ」というやり取りをしてしまうので、冗談の範囲です。

 公演が始まっても毎日ダメ出しをしているのは本当ですが、それはお客さんが入って見えることもたくさんあるからです。役者も進化していきます。でも作品は、1回できたことをキープしようとした瞬間に劣化します。初日にうまくいった、とキープしようとしたら、キープ=劣化です。上昇していかないと作品はキープできないと僕は思うんです。それができるのが演劇の面白さです。

―KAAT神奈川芸術劇場、そして世田谷パブリックシアターと劇場の芸術監督が続いています。

 先輩達の姿を見ていたので、芸術監督の作品が劇場の色だと思っていましたが、それは前時代的だと思います。蜷川幸雄さんや串田和美さんが芸術監督であった時は、そういう時代でそれがよかったのですが、今はそうではない。演劇そのものを活性化するためにいろいろなものを開発し、若い人たちを育てていくことが必要になってくる。

 この年齢でこういう依頼が来たということは「演劇のために身を尽くせ」と言われていると思いました。劇場に育ててもらった恩義もあるし、人々にとって心の病院でありたい。どこにでも病院があるように、電気・水道のインフラがあるように、劇場が必ずある。劇場が人々の気持ちを元気にさせたり感動させたり、心を動かすための病院のような場所であるために尽くせることがあるのなら、僕は尽くしたいと思っています。

■インタビュー後記

フランス革命期の貴族が1人抜け出てきたような、誰よりも今回の舞台『サンソン…』に出てきそうな雰囲気を醸し出しています。俳優でもある白井さんは出演されないのか伺うと、「舞台に立ちたい気持ちはあるけれど、自分が自分につけた演出を忘れる最悪の役者なので、共演者に迷惑をかけないように避けています(笑)」と謙遜されていました。終始穏やかにお話をされていても、熱い思いは矢のように刺さり、存在感は後を引くようにいつまでも心の中に残ります。

■白井晃(しらい・あきら)

1957年5月21日、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、1983年~2002年まで「遊◎機械/全自動シアター」主宰。劇団活動中よりその演出力が高く評価され、「読売演劇大賞」優秀演出家賞を2度受賞(2001年の舞台演出活動において第9回、2002年「ピッチフォーク・ディズニー」「クラブ・オブ・アリス」において第10回)。2005年「偶然の音楽」にて、第13回「湯浅芳子賞」(脚本部門)受賞。2014年4月、KAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)に就任。2016年4月~2021年3月、同劇場の芸術監督を務めた。2022年4月、世田谷パブリックシアター芸術監督就任。『サンソン―ルイ16世の首を刎ねた男―』は4/14~30まで東京建物Brillia HALLにて上演中。東京公演後、5/12~14まで大阪・オリックス劇場にて、5/20、21に長野・まつもと市民芸術館ホールにて上演予定。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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