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国体で初開催となったeスポーツ 奇跡の偉業を、なぜ茨城県は実現できたのか?

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」の会場(筆者撮影)

国体での開催は歴史的な「大事件」

今年9月から10月にかけて行われた「いきいき茨城ゆめ国体」(以下、「茨城国体」)において、国体史上初となるeスポーツ大会「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」が、10月5・6日の2日間にわたって開催された。

大会は正式種目ではなく、文化プログラムの一環として行われ、各都道府県の予選を勝ち抜いた、下は8歳の小学生から、上は40代の社会人まで約600人の選手が参加。「eFootball ウイニングイレブン2020」、「グランツーリスモSPORT」、「ぷよぷよeスポーツ」の全3タイトルで、それぞれ少年の部(※「ぷよぷよeスポーツ」は小学生の部として開催)と一般の部に分かれて日本一を競った。

地元紙の報道によれば、会場には選手や観覧者など約2,500人が来場。都道府県別の成績で、地元の茨城県が総合優勝を決めたこともあって大いに盛り上がった。取材に訪れたプレス関係者も約130社と非常に多く、注目を集めている様子がうかがえた。

「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」の開会式(筆者撮影)
「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」の開会式(筆者撮影)

思えばゲームは、1970年代のいわゆるインベーダーブーム期に「子供の非行を助長する」とみなされ、マスコミや行政、教育関係者から目の敵にされて以来、長らく蛇蝎のごとく嫌われてきた歴史がある。誤解を恐れずに言えば、およそ大の大人が夢中になって遊ぶものではない、世間の鼻つまみ者であった。

茨城県は、どちらかと言えば昔から保守的な土地柄だ。インベーダーブームを機に、生徒のゲームセンターの利用を禁止した学校が多く、今でも条例によって16歳未満の年少者は、18時以降は保護者同伴であっても入店が禁止されている。そんな地域で、国体第1号となるeスポーツの開催が実現したのは、まさに歴史的、奇跡的な大事件だ。

「eFootball ウイニングイレブン2020」の会場(筆者撮影)
「eFootball ウイニングイレブン2020」の会場(筆者撮影)
「ぷよぷよeスポーツ」の会場(筆者撮影)
「ぷよぷよeスポーツ」の会場(筆者撮影)

eスポーツをなぜ実施したのか? 県担当者に聞いた

そもそも、なぜ国体でeスポーツを開催しようと思ったのだろうか? 運営を担当した、茨城県 国体・障害者スポーツ大会局 総務企画課 課長補佐の瀬谷尚男氏と、係長の大瀧智之氏にお話を伺ったところ、最初の動機は「茨城国体」の認知度向上だった。

瀬谷氏によれば、2016年の県勢世論調査で、国体が開催されることを「知っている」と答えた人の割合は41.6パーセント。翌2017年の調査でも数字は横ばいで、県民の認知度が上がっていないことへの危機感があったという。さらに、同年12月に開催した「茨城国体」のイメージソングを使用したダンスコンテストにおいて、水戸聾学校チームが入賞したこともeスポーツ開催のヒントになった。

「音が聞こえなくても、皆さんがすごく上手に踊っていたんです。そこで、障害者も一緒になってできるものは何かないかと考えているうちに、eスポーツ大会の開催を思い付きました」(瀬谷氏)

茨城県 国体・障害者スポーツ大会局の大瀧智之氏(左)と瀬谷尚男氏(筆者撮影)
茨城県 国体・障害者スポーツ大会局の大瀧智之氏(左)と瀬谷尚男氏(筆者撮影)

メーカー、eスポーツ団体が協力を快諾

2018年に入り、両氏はゲームメーカーの協力を仰ぐべく、最初に「ウイニングイレブン」シリーズを発売するコナミを訪ねた。当初は近県と、前回および次回の開催県だけを対象に開催しようと考えていたが、メーカーからは「全国大会をやりませんか?」と協力的、かつ想定外の提案をいきなり受けて驚かされた。

だが、いくらメーカーが前向きであっても、保守的な茨城県でeスポーツを実施するのは極めて困難であり、両氏は予算編成の段階から相当な苦労があったはず……と思いきや、意外なことに大井川和彦知事の反応は、「お、いいじゃんそれ!」という好意的なものだった。同年9月には、局の広報予算を使って茨城県内だけを対象とした「ウイニングイレブン」のプレ大会を開催したが、実施に際しても特に反対されることはなかったそうだ。

ただし、全国規模でのeスポーツの実施にあたり、茨城県では運営ノウハウを当然持っていないため、3月には当時発足したばかりのJeSU(日本eスポーツ連合)にも相談を持ち掛けた。

「JeSU理事の平方(彰)さんにお会いしたら、すごくノリがよい方で『ぜひやりましょう』と。後日、知事がJeSUの会長さんとお会いして話し合いをした結果、5月22日に正式に開催を発表することができました」(瀬谷氏)

日本サッカー協会が都道府県予選を支援

発足して間もないJeSUは、その時点ではまだ全国に支部を持っていなかった。そこで茨城県は、各都道府県に協会の組織を持つ日本サッカー協会(JFA)に協力を仰いだところ、「(2019年に)年が明けたら予選をやりましょうか」と、まさにトントン拍子で話が進み、ついに全国大会の実現に成功した。

大会2日目には、茨城県公認Vtuber「茨ひより」がMCを務める画期的な試みも行われた(画像は「いばキラTV!」のYouTubeチャンネルより引用)
大会2日目には、茨城県公認Vtuber「茨ひより」がMCを務める画期的な試みも行われた(画像は「いばキラTV!」のYouTubeチャンネルより引用)

実は当初、茨城県側では「ウイニングイレブン」だけを使用する想定だった。だが、JeSUのほうから「eスポーツ振興のためにも、タイトルを増やしてはどうか」という提案を受けた結果、3タイトルでの実施を決めたそうだ。

「国体の場合、一度決まったことは、以後ずっと同じやり方を続けてしまいがちになるんです。ですから、もし1タイトルだけで開催したら、また次回も1タイトルだけになってしまうと思いましたので、種目を追加できるという先例を残したかったんです」(瀬谷氏)

次回以降の開催地のために、あらかじめ競技の幅が広げられる余地を残すよう準備をしていたとは、本当に素晴らしい。

地元の議会や経済界も賛同

そして本年度の予算編成時も、両氏によればこれまた意外なことに、県議会議員からの反発は特に受けなかった。また、経済団体の関係者も、「やりましょう」と賛成する人ばかりだったそうだ。

「それはけっして偶然ではなく、都道府県の魅力度ランキングが6年連続最下位になったこともあって、『このままじゃイカン』という思いが皆さんあったのだと思います。産業に関わっている皆さんも、『何か新しいことをしなければ』という思いがすごくありました。eスポーツを開催することを、メディアでかなり取り上げてくれたのも大きかったですね」(瀬谷・大瀧氏)

ただし、教育関係者の界隈だけは、今なお賛否両論あるという。とはいえ、ゼロから準備を始めて実施に漕ぎ着けたのは、まさに偉業と言える。

企画当初から、県トップの大井川和彦知事から賛同を得られたのも成功の理由のひとつだろう(2018年のプレ大会会場にて筆者撮影)
企画当初から、県トップの大井川和彦知事から賛同を得られたのも成功の理由のひとつだろう(2018年のプレ大会会場にて筆者撮影)

選手・来場者からも好評を博す

大会の運営は、すでにメーカーやJeSUがeスポーツを開催した実績があるタイトルを使用したこともあり、初日に機材トラブルで一部の進行が遅れた以外は、特に問題は起きなかった。

また、JeSUに話を伺ったところ、地方予選の会場でも大きな混乱はなく、「各ゲーム会社、各地のeスポーツ団体や県サッカー協会、協力企業をはじめとする皆様の多大なるご尽力により、おおむね順調に進みました」と感謝の言葉を述べた。

「ウイニングイレブン」の会場では、選手の保護者が判定を巡って約20分も抗議をする一幕もあった。だが、これはeスポーツの存在を肯定し、夢中になって見ていたことの表れだろう。バスを手配して応援団がやって来た高校もあれば、ひいきの選手をひと目見ようと、遠方から駆け付けた女性グループの「追っかけファン」がいたのも、これまた驚きであった。

「これはゲーム大会でない、まさにスポーツだ」

「都道府県対抗という形になったのが一番よかったですね。個人戦だけでなく、チーム戦を用意したのもよかったと思います。選手たちが喜びを爆発させたり、あるいは泣いたりしているのを見て、これはゲーム大会ではなく、まさにスポーツだなと。苦労は多かったですが、どのメーカーさんからも、『来年もぜひやっていきましょう』と言っていただきましたし、我々としても本当に救われたなという思いです」(大瀧氏)

「試合内容も良かったですし、見ているほうも『面白いな』と思えるところまで実現できましたので、すごく手ごたえがありました。特に、『ウイニングイレブン』の少年の部準決勝のPK戦はすごい熱気でした(※)。eスポーツを開催して、本当によかったなと思いましたね」(瀬谷氏)

※筆者注:双方10人以上のキッカーがPKを蹴り続ける大接戦になった、茨城第一代表VS長崎代表チームの試合を指す。

「ぷよぷよeスポーツ」の会場。保護者や一般の来場者は、メーカーからプレゼントされた応援グッズを手に観戦した(筆者撮影)
「ぷよぷよeスポーツ」の会場。保護者や一般の来場者は、メーカーからプレゼントされた応援グッズを手に観戦した(筆者撮影)
「ウイイレ」の会場では、ゴールが決まるたびに選手の保護者たちも一緒になって喜ぶ姿が見られた(筆者撮影)
「ウイイレ」の会場では、ゴールが決まるたびに選手の保護者たちも一緒になって喜ぶ姿が見られた(筆者撮影)

賞金なしでも意欲を見せたプロゲーマー

一方、選手や来場者の反応はどうだったのだろうか。

「ぷよぷよeスポーツ」の埼玉県代表選手で、一般の部で3位に入賞したJeSU公認プロゲーマー、live選手に話を聞いてみると、本大会を存分に楽しめていたようだ。

「国体でeスポーツを実施するのは賛成か、それとも反対か?」と尋ねてみると、「賛成です。eスポーツを知らない、一般層へのイメージ付けとして大きな効果があると見込んでいます」との回答だった。

都道府県予選に出場したことも尋ねたところ、「埼玉ということで関東圏近郊の精鋭がそろっており、その中で優勝しなければ通過できないというプレッシャーは結構なものでした」と話した。プロでも多大な重圧を受ける、新たな勝負の場が生まれたことも、選手目線では大きなプラス材料となったようだ。

国体には、live選手以外にも多くのプロゲーマーが参加していたが、たとえ優勝しても彼らの生活の糧となる賞金がもらえるわけではない。それでもlive選手は、もし来年も国体でeスポーツが開催される場合は、賞金が出なくても「ぜひ参加したい」と語った。

「年に一度しかない催事であり、その分広告効果も高く選手としてのキャリアにプラスになると考えられますし、全国から分け隔てなく、同じ競技に勤しんでいるプレイヤーと交流できることも楽しく思うからです」(live選手)

事実、選手たちは誰かに頼まれたわけでもないのに、試合終了後は「ありがとうございました」と対戦相手にあいさつをしたり、握手を交わす光景があちこちで見られた。

「ぷよぷよeスポーツ」埼玉県代表として出場した、プロゲーマーのlive選手(手前)(筆者撮影)
「ぷよぷよeスポーツ」埼玉県代表として出場した、プロゲーマーのlive選手(手前)(筆者撮影)
試合終了後、お互いの健闘を称え握手を交わす選手が非常に目立った(筆者撮影)
試合終了後、お互いの健闘を称え握手を交わす選手が非常に目立った(筆者撮影)

「先生にすすめられて」と言う保護者も

会場に来ていた、選手の保護者にも話を聞いた。当初は子供がゲームに夢中になるあまり、学業が疎かになるのではという不安から、本大会にはあまり良い印象を持っていないだろうと思っていた。

ところが、「eスポーツとして、世界的にも認知されてきていますし、(自分の子供が)出場しても別にいいのではないか」「国体に向けて練習をしている以上、『ゲームばっかり遊ぶな』とは言えないですよね」など、返ってきたコメントはポジティブなものばかりだった。さらに、「学校の先生からすすめられて(息子たちが)参加しました」と答える保護者もいたのだから、まさに隔世の感がある。

「グランツーリスモSPORT」少年の部の最年少選手は、なんと9歳だった(筆者撮影)
「グランツーリスモSPORT」少年の部の最年少選手は、なんと9歳だった(筆者撮影)
「ぷよぷよeスポーツ」小学生の部。選手たちは多くの人に注目され、まさに夢の舞台となったことだろう(筆者撮影)
「ぷよぷよeスポーツ」小学生の部。選手たちは多くの人に注目され、まさに夢の舞台となったことだろう(筆者撮影)

正式種目化はまだ先の話だが……

選手にも来場者にも好意的に受け止められたeスポーツ。JeSUによると、大井川知事からも「次回以降の文化プログラムなどにも、この盛り上がりを引き継いでいきたい」との好意的な評価を受け、JeSU自身も「日本におけるeスポーツのすそ野を広げることに寄与する、意義ある大会であると考えております」と本大会を支持する考えを示した。

では、eスポーツは将来的に国体の正式種目となる可能性はあるのだろうか?

国体を主催する、公益社団法人 日本スポーツ協会の国体課に、本大会をどのように評価しているのかと電話で話を伺うと、「文化プログラムは、当協会は関与せずに都道府県主導で行うものなのでコメントできません」とのことだった。今後、正式種目として開催する予定があるのかも尋ねてみたところ、「その前に、まずは競技団体が当協会に加盟することが必要です」と教えていただいた。

よって、JeSUなどのeスポーツ団体が加盟するまでの間は、正式種目になる可能性はゼロというのが現時点での結論だ。また、「第81回(2026年)までの全競技種目は、すでに決まっています」(同協会国体課)とのことなので、その実現はまだまだ遠い先の話だ。

来年の「鹿児島国体」では開催予定

次回の「鹿児島国体」でもeスポーツは開催される予定だが、それ以降も続けられるかどうかは未知数だ。しかし、文化プログラムとしての開催でありながら、第1回大会から選手たちは競技として真剣に取り組み、来場者も一緒になって盛り上がれたという、極めてポジティブな結果を残したのは確かだ。

数千万人のユーザーを抱え、数億~数十億円単位の賞金が用意される世界規模のeスポーツとはまた違った形で、今後も国体という日本独自の場でeスポーツを開催する意義は、大いにあると言えるのではないだろうか。

■参考サイト

・全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2019 IBARAKI

http://culture-ibaraki.jp/esports2019/

・いばキラTV:「【生中継】全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」

https://www.youtube.com/watch?v=Pbh3Hv4LLaM

・いきいき茨城ゆめ国体・大会 文化プログラムで「eスポーツ」開催!

https://www.ibarakikokutai2019.jp/2018/05/2213330.html

・「ウイニングイレブン2019」を使用した国体のeスポーツのプレ大会を開催(拙稿)

https://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1143451.html

・国体史上初のeスポーツ競技がついに開幕!(拙稿)

https://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1211163.html

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は、個人の発信者をサポート・応援する目的で行なっています。】

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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