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「幼児教育・保育の無償化」 その意義と課題とは? 【意義編】

柴田悠京都大学大学院人間・環境学研究科 教授
(写真:アフロ)

2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」が始まる。3~5歳は全員無償、0~2歳は住民税非課税世帯のみ無償となる(ただし幼稚園と認可外保育施設は上限額まで無償化)。

この幼保無償化には、一定の意義があると考えるが、他方で課題も残っていると考える。以下、その意義と課題を整理したい。

意義1:主に地方での虐待予防

第1の意義は、保育の無償提供により、主に地方での虐待予防が進むことだ。

幼児期の早期は、脳が最も敏感な時期で、親に愛着を抱くなど精神面で重要な成長をする時期だ(フランシス・ジェンセン/エイミー・エリス・ナット『10代の脳』文藝春秋、2015年、61、67頁)。

この時期に、虐待などの不適切な育児を、子育て支援(家庭訪問や保育など)によって予防していくことは、子どもたちの幸せのためにも、また将来の日本社会の安定のためにも、極めて重要だ。

保育の虐待予防効果としては、「社会経済的に不利な家庭では、不適切な育児が生じやすく、子どもの社会的発達が遅れやすいが、子どもが(2歳半時に)保育所に通っていると、不適切な育児が予防されやすく、子どもの社会的発達が健全になりやすい」という因果関係が、日本の大規模調査データの分析から示唆されている(Yamaguchi, S. et al., 2018, “How Does Early Childcare Enrollment Affect Children, Parents, and Their Interactions?” Labour Economics 55: 56-71)。

そのため、主に保育所定員に余裕のある地方部では、保育無償化によってハイリスク家庭の保育利用が増えれば、虐待の予防につながる可能性が期待できる。

意義2:主に地方での人手不足緩和と女性活躍

第2の意義は、主に地方での人手不足緩和と女性活躍だ。

3~5歳の保育無償化によって、短時間しか預けられない幼稚園への申し込みが減り、長時間預けられる認可保育所(認定こども園を含む)への申し込みが増えると見込まれる。

実際に、岡山市での未入園1歳児の保護者を対象としたアンケート調査結果によれば、幼保無償化によって、3歳児では、幼稚園と認可保育所の両方で、利用希望者数が現在よりも増える見込みだ(それぞれ1割増、2割増)。また4歳児では、幼稚園の利用希望者数が3割減る一方で、認可保育所の利用希望者数が2割増える見込みだ。おそらく5歳児でも、幼稚園利用希望者は減り、認可保育所利用希望者は2割程度増えるだろう。

もちろん、これは待機児童が全国トップレベルに多い岡山市での調査結果なので、保育所定員に余裕のある自治体では、状況は異なるだろう。

しかし少なくとも「保育所なら無料でもっと長く預けられる」という点で、多くの自治体で幼稚園利用希望者が減って保育所利用希望者が増えると考えられる。実際、日本経済新聞・日経DUALが行った全国主要143自治体へのアンケート調査では、8割の自治体が「無償化によって保育所への利用申し込みが増える」と回答している。

このように保育所利用希望者が増えると見込まれるが、保育所を利用するには、基本的には母親が働くことが求められる。

そのため、主に3~5歳保育所定員に余裕のある地方部では、保育無償化によって3~5歳児の母親の就業が増え、人手不足が緩和されたり、女性活躍が進んだりする可能性がある。

(ただし、保育利用者の増加により、保育士の人手不足や、他業種から保育への人材の移動による他業種の人手不足が、生じる可能性はある。)

少子化対策としての効果は限定的

幼保無償化が「少子化対策になる」(産みたい人が産みやすくなる)と論じられることも多い。

たしかに、全国の50歳未満の有配偶女性を対象としたアンケート調査(2015年)では、「理想の子ども数を持たない理由」の第1位は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(56%)だった。

しかし、全国20~59歳男女対象のアンケート調査(インターネットで全国人口構成比に近似した1万人が2012年に回答)では、「子育て全体にかかる経済的な負担として大きいと思われること」の第1位は「学校教育費(大学・短大・専門学校など)」(69%)、第2位は「学習塾など学校以外の教育費」(49%)、第3位は「学校教育費(小学校・中学校・高等学校)」(47%)で、「保育所・幼稚園・認定こども園にかかる費用」は第4位(45%)だった。

つまり、幼保無償化によって「子育ての経済的負担感が減る」と感じる人は、子育て世代の「半分弱」にすぎない。むしろ、専門学校や大学などの高等教育費を軽減するほうが、子育て世代の「7割」の人々の経済的負担感軽減の実感につながるのだ。

「より多くの人々にとって産みやすい環境を整える」という意味では、幼保無償化よりも高等教育無償化のほうが、効果が大きいといえるだろう(なお根本的な少子化対策としては「働き方の柔軟化」が必要だ)。

【「課題編」へつづく】

京都大学大学院人間・環境学研究科 教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会保障論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

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