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「幼児教育・保育の無償化」 その意義と課題とは? 【課題編】

柴田悠京都大学大学院人間・環境学研究科 教授
幼児教育・保育の質が園児の発達に与える影響

主に都市部で懸念される「待機児童の増加」「保育の質の低下」「子どもの発達の悪化」

前回は2つの意義を確認したが、今回は課題を整理したい。

課題はいろいろと考えられるが、最大の課題は、主に都市部で待機児童がさらに増えることだ。

前回岡山市のアンケート調査結果で見たように、保育無償化によって「保育所なら無料でもっと長く預けられる」という状況になることで、幼稚園の利用希望者が減り、認可保育所の利用希望者が増えると見込まれる。

そもそも、「女性の就業率が、今後、国の目標どおりに上がっていくならば、保育の定員は(2018年度から2020年度末にかけて32万人分増やす政府の計画が実現してもなお)2023年には28万人分不足する」と見込まれている。

政府の計画では「保育の申し込みをしたが叶わなかった親の数」(顕在的待機児童数)をもとに32万人という将来需要を想定しているが、上記の見込みでは、「保育(幼稚園の預かり保育を除く)を希望していたが諦めて申し込みをしなかった親の数」(潜在的待機児童数)も含めて将来需要を想定しているため、「待機児童の完全解消に必要な定員数」により近い。

そして、保育無償化によって保育需要がさらに増えることで、とくに待機児童の多い都市部では、待機児童がますます増えると考えられるのだ。

待機児童が増えると、何が問題なのか。

  • 第1の問題は、保育の質が低下し、子どもの発達に悪影響が生じかねないことだ(後述)。
  • 第2の問題は、職場復帰が叶わなかった母親で、孤立育児によるストレスが高まり、虐待リスクが高まる可能性があることだ。
  • 第3の問題は、職場復帰が叶わなかった母親のもつスキルが職場で活かされず、人手不足にも拍車がかかり、企業経営や経済成長に悪影響が生じることだ。
  • 第4の問題は、それらが総じて育児環境の悪化につながり、少子化がますます進行することだ。

紙幅の都合上、以下では、第1の問題に絞って詳述する。

「保育の質の低下」と「子どもの発達の悪化」

待機児童が増えると、「国の基準ギリギリにまで児童を保育所に受け入れてほしい」という厚生労働省から自治体への要請が、これまで以上に強まる可能性がある。

2016年、厚労省は待機児童の多い114市区町村などに対して、「人員配置や面積基準について、国の定める基準を上回る基準を設定している市区町村では、国の基準を上回る部分を活用して、一人でも多くの児童を受け入れる」よう要請した厚労省発表資料)。

それに対して、要請された自治体はいずれも、「保育の質が下がる」という懸念から要請を受け入れなかった(「受け入れ自治体、実はゼロ 厚労省、調査結果を修正 保育士の配置基準緩和」朝日新聞デジタル2017年4月26日付記事)。

しかし今後、保育無償化によって待機児童が増えた場合には、上記のような要請がさらに強まり、「国の基準ギリギリにまで児童を保育所に受け入れる」自治体が増える可能性がある

日本の保育士・幼稚園教諭配置基準(1人の保育士・幼稚園教諭が児童を何人まで見てよいか)は、0~2歳についてはOECD16ヵ国平均(0~3歳:7人)よりも良い(0歳:3人、1~2歳:6人)が、3~5歳についてはOECD19ヵ国平均(3歳以上:18人)よりもはるかに悪く、先進19ヵ国で最悪だ(3歳:20人/保育士、4~5歳:30人/保育士、3~5歳:35人/幼稚園教諭)(“JAPAN policy profileOECD Starting Strong III、2012年、61~62頁)。

保育士の学歴は先進諸国のなかで中程度だが、もし保育所が、3~5歳児童を国の配置基準ギリギリにまで受け入れた場合には、その保育所での保育士の労働環境と保育の質は、先進諸国でかなり悪いレベルになるだろう。

そして、幼児教育・保育の質と園児の発達に関する最新の国際比較研究によれば、そのような質の低下した保育所に子どもが通った場合には、その子どもの発達(認知能力および非認知能力の短期的および長期的発達)は、通わない場合よりも悪くなる可能性のほうが高い(図1)。

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このように、待機児童の多い都市部では、無償化によって3~5歳の待機児童が増えることで、保育の質が低下し、子どもの発達に悪影響が生じかねない

必要な対策と、財源のつくり方

まずは、保育士の給与・労働環境の改善や、待機児童の解消、そして、社会保障・税一体改革で約束されつつも一部先延ばしされてきた「0.3兆円強による保育の質の向上」を、順次進める必要がある。

そのために必要な財源をつくることは、無償化を軌道修正するなどすれば可能だ。

たとえば、幼稚園と同様に「月25,700円まで」を、3~5歳保育無償化の上限額とすれば、0.2兆円ほどの財源をつくれるだろう。あるいは、3~5歳幼保無償化を、0~2歳保育無償化と同様に「住民税非課税世帯」に限定できれば、0.7兆円ほどの財源をつくれるだろう。

そのように無償化を軌道修正すれば、財源をつくれるだけでなく、前回確認した意義(とくに「虐待予防」という意義)を大きく損なうことなく、待機児童の増加や子どもの発達の悪化を防ぐこともできるため、メリットは大きいと考えられる。

京都大学大学院人間・環境学研究科 教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会保障論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

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