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ここ5、6年で先生たちの忙しさは変わったのか?文科省の大規模調査から見えること

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

小中学校の先生がとても忙しいことはよく知られている。過酷な勤務実態を敬遠して教員志望者が減っていることも、いくつかの調査から示唆されている。ただ、ここ5~6年働き方改革が叫ばれ、学校や教育委員会で取り組みが行われているのも事実だ。実際のところ、教員の働き方は変わったのか、よくなっているのだろうか?本日、文科省が大規模な実態調査の速報値を公表した。以下では、このデータをもとに、直近の状況とその課題について解説する。

■記憶より記録

まず、今回公表された「教員勤務実態調査」の特徴について少し触れておきたい。今回は小学校、中学校のそれぞれ約1200校、約1万7千人のフルタイムの教員が回答した(高校教員向けの調査結果も注目だが、ここでは扱わない)。

◎調査結果のURL

https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01232.html

2022年の10月または11月に実施した調査がメインで(これとは別に8月実施の調査もあるが割愛)、どこか1週間を学校が選んだうえで、個々の教員が回答する。しかも、30分ごとに「どんな業務に従事したのか記録せよ」というかなり面倒くさい調査なのだ(例:15:00-15:30は帰りの会などの学級経営、15:30-16:00は会議・・・)。

写真:アフロ

他の教員向けアンケート調査は「1週間何時間勤務しましたか?」などと「記憶」をたよったものが多い。この場合、昨日のご飯のこともなかなか思い出せない人もいるなか(私も含め)、あやふやな回答となる可能性がある。その点、教員勤務実態調査は「記録」をもとにしている点で、信憑性が高いと言える。ただし10月、11月よりも、3月や4月のほうがはるかに忙しいという学校は多いので、今回の数字だけで見えてくるものは限界もある。ものすごく忙しい時期には(貴重だけれども)こんな面倒な調査に協力しようという気になれない人が多いだろう。

■教諭は1日あたり30分短縮、教頭の勤務時間も減少だが

今回の調査は2016年(平成28年度)に実施されて以来、6年ぶりだ。さっそく結果を見てみよう。報道等でも注目されているように、小中学校の教諭の平日1日あたりの在校等時間(休憩や自宅残業を除いた勤務時間)は、2016年のときよりも、約30分短縮している(図1)。土日の勤務も減っている。

図1:教員の1日当たりの在校等時間の平均(時間:分)

出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」
出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」

これをどう評価するかは、見解が分かれるところかと思う。「1日たった30分だけか」と思う人もいるだろうし、「多少なりとも前進している」と見る人もいるだろう。

注目したいのは、教諭だけでなく、副校長・教頭の勤務時間も平日、土日とも少し減っていることだ。とはいえ、副校長・教頭は平均で1日12時間近く在校しているということは、1日約4時間は残業しており、1ヶ月80時間という過労死ラインをゆうに超える働き方をしているので、楽観視はできない。

ただし、多少早く帰るようになっても、自宅等で持ち帰り仕事が増えている可能性がある。この調査では、持ち帰りの仕事時間も回答してもらっているが、平均値でいうと、教諭は平日30~40分(図2)、土日は40~50分だ(1日当たり)。平日の持ち帰りは2016年調査よりも若干増加している。個人情報管理が厳しいので、おそらく採点や機密性の高い事務処理は校内で済ませて、授業準備等を自宅でしている先生も多いのだろうと推察する。週当たりに換算すると小中とも約4.3時間になる。

図2 教諭の1日当たり在校等時間と持ち帰り時間(時間:分)

出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」
出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」

■平均値だけを見ると危うい:健康リスクの高い先生も依然として多い

以上は、小学校、中学校の教員の直近の平均像である。だが、教員の健康保持や過労死防止に取り組んでいる私から見ると、平均値はひとつの目安に過ぎず、あまり大きな意味のあるデータではない(文章末の参考文献も参照)。電通などの過労死等の事案を思い出していただいても明らかだが、過酷な状況にある人の健康、メンタルにとって、平均値がどうなのかは関係ない

今回公表されているデータは限られているが、分布を示すのが図3だ。念のため申し添えると、勤務時間は週38時間45分である。ほぼ定時で帰れている教員(週40時間未満)は2.5%ほどでしかない。おそらく他の公務員や企業人とはかなり違っているのではないか。

図3 1週間の総在校等時間の分布

出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」
出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」

このデータをもとに、とくに過酷な状況にある教員を抜き出してみる。ひとつの目安は過労死等の健康リスクが高いとされている週60時間の人だ(月換算すると、時間外が80時間を超える)。図4のとおり、2016年と比べて2022年は週60時間以上の教員の割合は20ポイントほど減少している。中学校教員はまだ4割近くがこの水準であることは問題視するべきだろうが、働き方改革が一定進むなか、多少はマシになっている、と評価できるかもしれない。

図4

出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」をもとに筆者作成
出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」をもとに筆者作成

だが、3点、要注意だ。第一に、前述のとおり、10月11月のデータであるため、とても忙しい時期(たとえばこの4月)にデータを取ると、もっと跳ね上がる可能性が高いこと。

第二に、今回のデータは2022年でコロナ下であり、学校行事の縮小の影響がそれなりに見られる(データは割愛するが、文科省資料からも示唆される)。今後、感染症対策はしつつも、保護者の期待を背負って学校行事がかなり派手で、準備がたいへんな状況に戻るならば、状況は変わってくる。また、教員不足、講師不足の状況もここ数年深刻化しており、学校現場をさらに苦しめている。

第三に、上記のデータには持ち帰り仕事が含まれていない。持ち帰りを含めた分布は公表されていないので、現時点では不明だが、前述のとおり、平均値からみると、小中とも週4.3時間程度は持ち帰り残業が発生している。これも個人差があることは推測できるが、この平均値を参考にするならば、週の実仕事時間として、週55時間~60時間未満の教諭も、過労死ライン超である可能性が濃厚と推定しておいたほうがよいだろう(健康経営の観点から)。週55時間以上の比率を集計したのが図5だ。

図5

出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」をもとに筆者作成
出所)文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」をもとに筆者作成

週55時間以上の人(≒月当たりに換算すると過労死ライン超の可能性)が2016年より減少しているのは、一歩前進と言ったところだが、とはいえ、いまだ、小学校では3割強、中学校では6割近くがこの水準で激務である。先ほど、今回の1日30分ほど時短したことをどう評価するかは見解が分かれるとは書いたが、小中学校の教員の勤務実態はまだまだしんどい状況が続いていることは、図5から明らかである。

少なくとも、教員採用試験を受けようかどうか迷っている学生、あるいは転職を考えている社会人にとって、今回の勤務実態が安心材料になるとは、考えられない。企業等で働き方改革に熱心なところは、人材獲得に直結する問題だからだ。今回の調査結果を受けて、文科省や教育委員会、校長等で「多少はマシになったな」という程度の感想の人がいるとすれば、考え直したほうがよい。これまでの頑張り、努力がまったく実を結んでいないという意味ではないが、まだまだ苦しい状況の人は多いということを重く見るべきだ(私も散々教員研修などをしている立場上、反省しなければと思う)。

■なぜ忙しいままなのか、どうしていくべきか

なぜ、学校の先生は忙しいままなのか。この答えは簡単ではないし、別記事にしたいが、ひとつは、正規の勤務時間内に授業準備や事務作業などができる時間が少ないことが問題だ。小学校の先生であれば、朝に子どもたちを出迎え、1時間目~6時間目までびっしり授業が入っている人もいる。教員不足ともなれば、なおさら事態は悪化する。給食の時間も休めない。帰りの会が終わる頃はもう15時30分や16時近くで、勤務時間終了まで1時間~1時間半しかない(この合間をぬって会議が入ったりもする)。中学校であれば、部活動が定時を過ぎるまで入っている。さらに、今回の調査は限られた1週間だけなので、あまり統計上は出てきにくいが、いじめ問題をはじめとする複雑な事態や保護者等とのもめ事が起きると、勤務時間の数値は跳ね上がる。疲弊した先生の中には、精神疾患になったり、辞めていく人もいる。

写真:アフロ

もちろん、これまでのように、あるいはこれまで以上に、カネをかけずにできることはやっていくべきだ。細かいことを言えば、学級通信はそう頻繁に作る必要があるのかとか、宿題や採点はICTにもっと任せたらどうかとか、会議の仕方や事務作業なども改善の余地はまだまだある。前述のとおり、学校行事なども要検討だ(もちろん短ければよいというわけではないが)。

だが、カネをかけない働き方改革、改善だけでは、しんどい状況を大きく変えるのには限界がある可能性もある。先ほど述べたように、そもそも勤務時間内に仕事がおさまりきらない設計・運用になっているのは、教員定数を定める義務標準法をはじめとした法制度と予算の問題だからだ。残業代のことを含めて、公立学校教員の給与・処遇の問題も考えていく必要はあるが、業務負担軽減を抜本的に進めていく方策を講じなければ、教員人気の回復には向かわないと思う。国も各教育委員会も「実態調査をしてから検討する」という言い訳は、もう通用しなくなっている。

(参考文献)

●神林寿幸(2017)『公立小・中学校教員の業務負担』(大学教育出版)

●中澤渉(2021)『学校の役割ってなんだろう』筑摩書房

●妹尾昌俊・工藤祥子(2022)『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』(教育開発研究所)

●妹尾昌俊(2020)『教師崩壊』PHP研究所

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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