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教員の残業代、どうするか:給特法廃止案の賛否両論を比較

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
給特法改正を求める署名サイト Change.org

公立学校教員には残業代が出ていない。教職調整額という月給4%分は支給されているものの、残業の多さに見合っていない、実態と乖離している、との批判がある。この特殊な状況は、給特法と呼ばれる法律があるためだ。現在、与野党でも給特法を抜本改正するべきか否かで、検討が進んでいる。この記事では、給特法廃止の賛成派と反対派のそれぞれの根拠、理由を確認したうえで、双方の問題点あるいは限界について解説する。

■給特法廃止を呼びかける8万人もの署名、与野党でも議論

最近の状況について概観しよう。文科省内では識者らの研究会を設けて検討している。

自民党では給特法を含めた教員の処遇のあり方について、有識者にヒアリング等をしながら検討が進んでいる。朝日新聞2月20日によると、3案が俎上に上がっているという。

案1 給特法を廃止し、民間企業等と同様に時間外勤務手当(残業代)を支給する案

案2 給特法を維持しつつ、現在4%の教職調整額を十数%まで引き上げる案

案3 給特法を維持し、教職調整額を数%引き上げたうえで、学級担任や学年主任等への手当を上積みする案

なお、案2と案3は給特法廃止ではない(残業代支給の案ではない)という意味では共通なので、以下では議論の単純化のために一本化して論じる。

一方、立憲民主党は給特法の廃止(時間外勤務手当を支給する案)を訴えており、3月23日の党のワーキングチームの中間報告では、「『定額働かせ放題』を是正するため、給特法を廃止」と明記している。

(※)この記事を含め、私の記事は、特定の政党について支持・不支持等を表明するものではない。

先日(3/16)、現役教員や大学教授らによる有志の会は、給特法廃止を訴える署名約8万筆と要望書を政府に提出している。

写真:イメージマート

■給特法廃止が主張される理由

まず、給特法廃止に賛成派、つまり労働基準法を完全適用して、公立学校教員にも時間外勤務手当を支給するべきであると考える立場について、見ていこう。論者によっても多少のちがいはあるが、おおむね、以下の4点が根拠と言えそうだ。

1)無責任体制

現在の制度では、多くの小中学校、高校等では膨大な残業が発生しているものの、そのほとんどは労働基準法上の「労働」とはみなされていない

こう書くと驚かれる方もいると思うが、これまでの裁判でも、校長の指揮命令の下で行った業務ではなく、教員の自発的なものと捉えられているケースがほとんどだ。たとえば、学校の職務の一環で行っている(もちろん趣味や娯楽ではない)時間外の部活動指導やテストの作成、採点なども、個々の教員による自主的、自発的なものとされている。これはオカシイ、理不尽ではないかという見方がひとつ。

また、「労働」とみなされないし、校長がさせているのではないという建前になっているので、校長も教育委員会も、過重労働の実態にだれも責任を取らない制度となっている、との批判もある。

2)時間外抑制へのインセンティブのなさ

残業代が出ていないので、だれの懐も痛まない。そのため、公立学校では、教育委員会も校長も、残業の削減に本腰を入れないのだ、という見方がある。給特法を廃止して残業代が出るようになれば、財政負担増を嫌って、教育委員会等は教員の業務量削減にもっと動くはずだ、という見立てである。

3)教員志望へマイナス

子ども(児童生徒)のためにと思って尽力している教員は多いが、残業代も出ていないのは、「やりがい搾取」ではないか。また、こうした処遇や政策は、学生らの教員志望にマイナスとなっていることがいくつかの調査で示唆されている(★)。

★たとえば、愛知県総合教育センターの調査などを参照。

参考:妹尾昌俊:教員人気を上げるには?大学生の調査に見る「最も現実的な方法」は何か

4)なぜ公立学校だけ?

公立学校教員だけ特別扱いする理由がない、という見方である。国立大学の附属学校や私立学校では、給特法は適用されていない。教員という仕事が多少特殊な部分はあるかもしれないが、それは公立学校特有ではないはずだ、という意見である。

なお、詳細は省くが、教育公務員特例法もあって、公立学校教員を特別扱いしているのは給特法だけではない。

写真:アフロ

■給特法維持の論拠は?

これに対して、給特法の基本的な構造は維持し、その代わり教職調整額を実態に多少近づけて増額させるか、主任手当などを増やす案では、どう考えているのだろうか。こちらも論者によってちがいはあるが、おおむね共通しているところを3点に整理する。

第一に、教員の仕事には一定の裁量や創造性があるので、「ここまでは校長の指揮命令下の仕事、あるいは拘束性の強い仕事ですが、これはそうでない」などと線引きするのが難しい、という見方だ。先ほどの給特法廃止論の1)に関連する論点である。

また、仮に給特法を廃止して残業代を出すようにしても、「これは時間外勤務に該当する、あれは該当しない」と、校長が区分けできるのかという問題提起がされている。校長、教育委員会は訴訟等のトラブルを抱える(これは時間外なのか、そうでないのかで揉める)、と心配する論者もいる。

確かに、たとえば社会科の先生が歴史に関する本あるいは新聞を読んでいるとして、それが業務なのか、趣味なのかはビミョウだ。家で読めばいい、業務外だという見方もできようが、いやいや授業準備です、というときもあろう。

ちなみに、私の経験の範囲での話にはなるが、いまの小中学校等では、忙しいせいか、職員室で本や新聞を読んでいる教員を見かけることは、ほぼ皆無だ。これはこれで教員の学びや気持ちの余裕という意味では、別の問題があると思うが。

もっとも、この1番目の見立てについては問題もある。前述のとおり時間外の部活動指導やテストの作問、採点など、業務性が高いと考えられるものも多くあるので、それほど判断に迷わないのではないか。また、36協定を結んで、時間外勤務がどのような場合なのかを労使で合意しておくことで、校長の判断のゆれやトラブルはある程度防ぐことができる可能性がある。現行制度でも、学校事務職員などは給特法の適用外なので、36協定を締結したうえで、時間外勤務手当を支給する運用がなされている。

第二に、給特法廃止賛成派が言うほど、校長も教育委員会も無責任ではない、という見方だ。給特法廃止論の1)と2)に関する論点である。

学校の働き方改革の推進について、文科省も再三通知を出しているし、ほとんどの都道府県・政令市等の教育委員会はプランを策定している。「労働」時間ではないが、在校等時間ということで、タイムカード等のデータをモニタリングして、時間外が長い人にはヒアリングをしたり、支援しているところは多い。先生たちが忙し過ぎることは、教員のなり手不足を招いているとの危機感のある校長や教育長らは少なくないように、私には見える(データなどで確認できているわけではないが)。

写真:イメージマート

しかしながら、給特法廃止を主張する見解では、まだまだ現状は生ぬるいということだろう。このあたりは、現状をどう観察するかという問題なのだが(価値観の対立ではない)、教員が忙しいのは、校長ないし教育委員会のせいなのか、別の要因なのかを仕分け、分析するのは簡単ではない(おそらく、教員勤務実態調査という国の最新の調査が出ても、明らかにはならないだろう)。

逆に言えば、時間外勤務手当化したら、校長、教育委員会らの本気度がそれほど高まるのか、どれほど時間外抑制の効果がありそうかについても、考えていく必要があるだろう。

第三に、時間外勤務手当化には、副作用、マイナス影響も大きいという見方がある。

一つ目は、いまの働き過ぎの実態を追認してしまうことになる、という見解だ。たとえば、働き方改革等にあまり熱心でない学校、教員で、ダラダラ仕事をしているわけではないかもしれないが、かなり遅くまで残っている人は、残業代がそれなりに支給される。一方で、育児または介護などがあって、働き方を工夫して頑張っている先生にとっては、いまの教職調整額はなくなる分、給与はダウンし(これは退職金にも響く)、かつ残業代はそれほどもらえない。これでは、モチベーションは大きくダウンする人も出てくる可能性がある。

関連するが、二つ目の副作用として、教職員間のチームワークの阻害、言い換えれば「分断」を心配する声もある。先ほどのとおり、教員間でいまより給与格差が開く可能性がある。「遅くまで残っている人は残業代がもらえるからいいでしょ」とか「あいつはそんなに働いていないのに、遅いだけで給与が高い」などと、早めに業務を終える人との関係がギクシャクしてしまう可能性もある。

一方で、こうした問題は、程度の差はあれ、市役所等のほかの公務員でも起きうることで、それなりの対策やマネジメント上の工夫をしていくべきことだ、という見方もできよう。

また、三つ目として、教員の裁量や自律性への影響も考えたい。場合によっては「そんなに時間外しなくていいでしょう。あなたの仕事の仕方をもっと見直してください」とややパワハラ気味になってくる校長等もいるかもしれない。一方で「管理職にごじゃごじゃ言われるくらいだったら、家で仕事する(残業とみなされなくていい)」という教員も出てくるかもしれない(現にいまも自宅残業が多い教員は少なくない)。給特法が廃止された場合、活き活きと仕事がしにくくなる学校が出てくるかもしれない。

■双方の議論に欠けていること

このように、給特法廃止に賛成派にも反対派にもそれぞれに理由、言い分があるのだが、疑問点や検証が必要な箇所もある。それに、いずれの案を採用したとしても、問題や副作用が大きくならないように対策を講じる必要がある

つまり、仮に給特法を廃止する場合は、前述した副作用への対策が不可欠だが、どこまで可能なのだろうか。一方で、給特法を維持して教職調整額の増額などとした場合、それはお茶を濁すだけで、学生らが教職を目指すうえでプラスにはならない可能性が高い。教員不足が深刻な昨今、のんびり構えている余裕はないが。

さて、実は、対立しているように見える給特法廃止の賛否両論だが(今後、与野党の論戦になっていくと、一層そう見えてくるかもしれないが)、両者には共通点もある

それは、言うまでもないが、時間外におよぶ仕事をもっと減らして、多くの教員にとって働きやすい、働き続けやすい職場にしたい、ということだ。給特法廃止賛成派としても、残業代を出すようになることは目的、ゴールではなく、残業抑制の「手段」である。給特法廃止に反対派(維持)にしても、いまの働き方を続けさせてよいと考えているわけではあるまい。また、働きやすい職場にしていくことは、当然、教員人気にも関係してくる。

現在の議論のもっとも大きな問題がここにあるように、私には思える。というのも、残業の抑制や削減(それによって働きやすい職場にしていくこと)を目指すなら、残業代を出すか、手当等を増やすかといった処遇改善だけが解決策、手段ではないはずだ。なのに、政策オプションの検討が残業代の有無などに矮小化されているように見える。

教員アンケートなどをすると、一番多く出てくる要望は、もっと教員や教員以外のスタッフを増やして、現場の負担を軽くしてほしい、という話である。もちろん、前述のとおり、いまの給特法には深刻な問題があり、そこから目をそらしてよいという話ではない。だが、もともとの目的からして、より効果的な解決策はなんなのか、あるいは税負担や費用対効果の点から見てどのような政策が望ましいのかということも、ちゃんと議論していく必要がある。

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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