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なぜ、教師の過労死は繰り返されるのか、誰も責任をとらないまま

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
きょうも各地で朝早くから夜遅くまで頑張っている先生がいる(写真はイメージ(写真:イメージマート)

 「ありがとうございます。食べずに家族に持って帰ります。」

 午後6時過ぎに保護者との面談を終えて職員室に戻ってきたA教諭は、同僚からお菓子を手渡されたとき、そう言って笑みを浮かべた。これがAさんとの最後の会話となるとは、誰も思っていなかった。

 翌朝、2016年7月22日金曜日4時頃、Aさんはうめき声をあげる。目を覚ました妻が様子を見ると、瞳孔が開いており、すぐに救急車を呼んだ。昏睡状態に陥ったAさんは、そのまま目覚めることはなく、8月9日に息を引き取った。40代の若さ、くも膜下出血だった。

 Aさんは富山県滑川市立中学校で、3年生の担任(2年連続)として、授業に加えて、生徒からの相談、進路指導、生活ノートのやりとり、生徒指導などに従事していた。早朝7時40分頃からは(もちろん勤務時間外だが)、交通安全指導を行うこともあった。倒れる約1ヵ月前の6月には1学期末考査があり、問題の作成や採点などもしていた。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:イメージマート

 Aさんにとって、とりわけ負担が重かったのは、部活動だ。強豪校であったため、土日も練習や練習試合、大会等があった。倒れる数日前の7月16日と17日も県大会のため、早朝から生徒を引率した。

 5月30日~7月21日(倒れる前日)までの53日間で休みは1日だけであり、発症前1~2ヵ月の時間外勤務は月120時間前後に及んでいた。ただし、これは少なく見積もってだ。休憩時間をつぶしての業務や自宅残業を加えると、もう数十時間増える計算になる。

 A先生の死は、2018年4月に公務災害(民間でいう労災)に認定された。

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写真はイメージ写真:アフロ

■大勢の教員が健康リスクを抱えて働いている

 Aさんのような教師の過労死は、稀なことだろうか。「いまは、これからはもう起きることはまずない」と言えるだろうか。

 文部科学省が昨年実施した教員勤務実態調査によると、極端に長時間勤務の教員は減少傾向ではある。時間外は留守番電話対応にするところや、部活動に休養日を設ける学校はずいぶん増えた。これらは朗報。だが、「過労死ライン」と呼ばれる月80時間以上時間外勤務をしている教員はまだまだ多い。この文科省調査によると、小学校教諭で約14%、中学校教諭は約37%と推定されるが(週60時間以上勤務の比率)、この数字には自宅残業などは含まれていないので、実際はもっと多く人が健康リスクの高い働き方をしている。週55時間以上の人(≒自宅残業などを含めると、月80時間超の可能性が濃厚)は、小学校教諭の約34.2%、中学校教諭の約56.9%にも上る。

 しかも、文科省の調査は昨年10月、11月のものであり、A教諭のように、1学期のハード過ぎる実態を把握できていない。夏休みを待たず、多くの先生が倒れている。

 なお、誤解されている人も多いのだが、月80時間を超えなければ大丈夫、というわけではない。医学的な知見をもとにした厚生労働省の説明によると、月45時間(時間外)を超えると、徐々に過労死等のリスクは高くなるし(次の図)、実際に過労死や自死は80時間を下回っても起きている。

出所)厚労省「過労死等を防止するための対策BOOK」

■命の大切さを教える学校教育で毎年起きている過労死

 A教諭が亡くなったのは2016年で、文科省や教育委員会で、学校の働き方改革が重要課題と認識され始めた時期だ。この頃にはまだタイムカードすらなかった自治体は多かったし、休養日を取るよう求める部活動のガイドラインもなかった。少しずつであるかもしれないが、社会も学校もよくなっている側面はある。

 しかし、教師の過労死は、ごく最近も起きている。最新の過労死等防止白書によると、令和3年度に公務災害手続きで受理されたもののうち、教職員(義務教育+義務教育以外)は17件でうち死亡が4件(次の表)。令和2年度の受理は20件(うち死亡8件)である。

出所)過労死等防止白書(令和5年版)

 なお、この表にはないが、重い精神疾患や自死に至るケースも多い。

 受理されたものがすべて公務災害として認定されるとは限らないが(業務との関連性が認められないケースなどもあるが)、一方で、公務災害を申請しない、できないケースも多いため、上記の過労死等の件数は氷山の一角と見たほうがよい。深い深い悲しみの中、遺族に手続きを進める余裕がないことも多いからだ。

 学校教育のなかで、子どもたちに、もっとも大切に教えていくことはなんだろうか。

 いろいろな考え方があってよいが、わたしは、数学でも英語、国語でもないと思う。それは、命の大切さ、尊さではないか。

 その教育現場で、毎年、教師の過労死、自殺が起きている。例年11月は過労死等防止啓発月間なのだが、これを知っている教職員がどれほどいるだろうか。学校現場や教育行政で、過労死等について学んでいる例は、管見の限り非常に少ない。Aさんのような犠牲を他人事(ひとごと)にしてしまって、よいだろうか。

■誰も詳細調査もしなければ、責任もとらない(集団無責任体制)

 年配の校長等に聞くと、長年の教員経験のなかで「突然同僚、知人が亡くなったことがある、癌などではなかったし、あれは過労死だったのではないか」と述べる人は多い。程度の差はあれ、学校が「死と隣り合わせの現場」であることは、多くの教育関係者(校長、教職員、教育委員会、文科省等)は知っている。

 なのに、なぜ、学校、教育委員会、文科省は、教師の過労死、過労自死を繰り返すのか。

 わたしは、過労死の遺族でもある工藤祥子さん(元小学校教諭でもある)と共同で調査、議論しながら、これまでの過労死等の実例や裁判例を読み込み、5つの背景・要因に整理した(詳しくは、妹尾昌俊・工藤祥子『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』教育開発研究所)。

 本稿では、紙幅の関係もあって、そのひとつについて取り上げる。それは、校長も教育長も、誰も責任を取ろうとしない体制、体質がある、根深い問題だ。

 とても悲しいことだが、児童生徒がいじめなどによって自死することも、毎年のように起きている。そうした場合、まだまだ内容やスピードで十分ではない点も多々あるとはいえ、背景や原因について調査が入ったり、第三者委員会で一定の検証がなされたりする。その上で、学校側ないし教育委員会側が適切な対応を取らなかったと認められる場合には、然るべき処分が関係者に下される。

 ところが、教職員が過労死等により亡くなったり、重大な障害を負う事態になったりしても、裁判で争われた場合など一部の例外を除いて、その背景や要因が調査されることはほとんどないし、検証されることもない。教育委員会から学校へ多少の聞き取りなどはあるだろうが、調査報告書が出されることは非常に稀だ。そして、責任の所在は曖昧なまま、校長や教育長は任期を終えていく。

 わたしたちが知る限り、唯一の例外が、郡上市特別支援学校において、講師が自死した事案で、弁護士による調査報告書の概要版が県教委のウェブページで公表されている。ほかの事案では、調査報告や検証報告書は公表されていない。

写真:イメージマート

 誰も調査もしないし、責任をとらない。

 

 冒頭で紹介したAさんの場合もそうだった。そのため、遺族(妻ら)は裁判で責任を明らかにしたいと考えた。死後約7年経過したが、今年7月5日、富山地裁は、校長ならびに滑川市、富山県の責任を認め、合わせて8300万円余りの支払いを命じる判決を言い渡した(※)。

(※)妹尾昌俊「部活動などが原因「教師の過労死」の責任は誰に、富山地裁8300万円賠償命令」https://toyokeizai.net/articles/-/687825

 証拠書類を集めながら、最愛の人の死を追体験しかねない、つらくてしんど過ぎる裁判をして、やっと、校長と教育委員会の責任が公式に認められたのだ。

 だが、判決が出たあと、滑川市や富山県は再発防止に向けて真剣に動き出したのだろうか。「働き方改革を推進しています」、とは言うだろう。だが、公開されている教育委員会会議(教育長と教育委員が合議する教委で最も重要な会議)の議事録を読むかぎりでは、真摯に反省しているとは思えない。

 滑川市では、教育委員のひとりが「ご遺族の方には心からお悔やみ申し上げる。熱心に教育活動に取り組んだ教諭の遺志を継ぎ、今後、滑川市で勤務する教職員が、健康で生き生きと児童・生徒の教育活動に専念できるように、その教育環境の充実に教育委員会事務局は努めてほしいと思う。」とコメントしただけで、教育長やほかの委員はノーコメントだった。なんら対策も協議されていない(7月定例会滑川市教育委員会会議録、令和5年7月26日)。

 富山県では、ある教育委員が残業時間はどれくらいで、どのような判断で公務災害認定されたのか質問したのみで、中身についての協議は行われていない(令和5年第8 回富山県教育委員会会議録、令和5年7月10日)。

 滑川市と富山県の姿勢、行動のみを批判したいのではない。おそらく他の自治体でも、「お気の毒様でした」程度で、あとは、沈黙で、はれものに触らないような態度の教育関係者は多いのではないか。過労死等の原因はなんだったのか、再発防止には何が必要か、これまでの取り組みで十分なのか。こうした検討はできているだろうか。そもそも、過労死等の疑いがある場合、調査に乗り出しているだろうか。線香をあげに行くことだけが、使用者、責任者の仕事ではない。

 Aさんには小さな娘さんがいた。遺族(妻)によると、娘を膝にのせながら小テストの採点をしたりするときもあり、それほど、家族思いであったのかもしれないが、仕事に追われる日々だった。子どもを寝かしつけたあと仕事をすることもあり、睡眠時間は短かった。

 当時の娘さんが描いた絵が残っている。「あったらいいな、こんなもの」というテーマで、ドラえもんの「もしもボックス」が描かれている。「げんじつにできたらパパもいきかえる」という文が添えられている。

出所)妹尾・工藤『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』
出所)妹尾・工藤『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』

※この記事は、妹尾昌俊・工藤祥子『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』をベースに一部加筆、編集しました。過労死等の防止に私たちは何ができるのか、多くの方と考え、行動したいと思い、作成しました。

☆妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/expert/authors/senoomasatoshi?page=1

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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